第8話 日本語の堪能なハリウッドセレブ








  多種多様な制服姿の有象無象でごった返す通りに嫌気がさし、路地へと逃れてご機嫌な私の目の前に現れたのは、身の丈2mもあろうハリウッドセレブのような外人のお姉さん。


 140cm代前半しかない小さな小さな私からすれば、まるで巨人と遭遇したようなものだから思わず足がすくんだけれど、勇気を出して英語で話しかければ、とりあえずは通じたことで一安心。


 もっとも、彼女からすれば、小さな小さな私はなんというか、グレイ宇宙人のようなもので、もしかしたら海の向こうのエリア51へと連れ去られる可能性も否定できない。


 しかし、足を引き摺っていた様子から、手荒なことはされないだろうし、正直面倒なことこの上ないけれど、恩の一つぐらいは売ってもいいかもしれない。


 さっきは大丈夫と言ってたけど……なんというか、困っていないのは嘘だと思うから、めげずに英会話を続けよう。


「Are you hurting leg? can i lend hand with anything?(足を怪我しているようだけど? なにか手伝うことある?)」


「It's all right, umm, please speak in japanese? I speak japanese(大丈夫だよ。うーむ、日本語で話してくれないか? 私も日本語を話せる)」


「Really? have you lived in japan for a long time?(本当に? 日本に住んで長いの?)」


「Year. もう二十年は住んでいるよ。まさかね、いきなり英語で話しかけられるなんて思わなかったよ? お前、なかなか度胸があるな」


「……私より上手いね?」


「ああ、お前と同じ制服を着ている間にマスターしたのさ?」


 英会話が成立して安心したのもつかの間、彼女はいきなり流暢な日本語に切り替えてきたから驚いた。


 私よりも長くこの国で生きている彼女への褒め言葉は、ジョークとして受け取られたようで、本場アメリカ流のジョークを返され、彼女は大口を開けてこれまた気持ちよく笑ったのだ。


 私も釣られるがまま、思わず頬がひきつった感覚を覚えたけれど、不思議と不快ではなく、むしろ心地よかった。


 おばあちゃん以外に人前で笑ったのはいつぶりだろうか?


 ひとしきりコメディのように笑い倒した彼女は、真顔に戻れば思わず心が揺らぐほどに妖艶な美人そのものであり、再び私に視線を合わせてから口を開いた。


「香坂 凪沙(コウサカ ナギサ)だ。あたしのことは『ナギ』と呼んでくれ」


「……風見、日向子」


「風見 日向子か、いい名前だ。よろしくな、ヒナコ」


「……よろしく、ナギさん」


 ボッチな私にとって、しばらく無縁だった久々の自己紹介は、少し無愛想になってしまったかもしれない。


 それでもナギさんは、なんら気にする様子もなく言葉を続けた。


「あたしはさ、お前が今日から通う、東方共栄学園の英語講師だ。そんなあたしは今、道草食ってる生徒がいないか監視していてね?」


 参ったね、よりによって今日から通う学校の関係者だったとはね……今さら踵を返して有象無象でごった返す通学路に行くのはごめんだよ───。








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