第4話 さらば、義務教育







  私、風見 日向子は、最高にご機嫌な日々を過ごしていた中学時代もいよいよ大詰め。


 長いようで短い、憂鬱なイベントの到来だ。


 いわゆる進路の時期はどう過ごしていたかって?


 ああ、私は面倒なのが嫌でね、成績優秀の免罪符を維持することに務めつつ、高校で学ぶ内容も先回り済みなので、相変わらず遊び心と好奇心の赴くままの日々を過ごしたよ。


 この時期だからこそ、例えばそうだね……さながらスパイ映画のように人の悪事、例えば万引きをした同級生がいたとしよう。


 文明の利器で撮影、記録したらそれで十分なんだよ。


 その場で学校には通報せず、被害のあったところに情報を提供して、小さな犯罪者の進路が決まる前にチクってもらう……ああ、最高に気持ちがいいね?


 小さい悪事なんて投げ捨てられた空き缶のように、そこらじゅうに転がっているからね。


 小さな小さな私の中にある、大きな好奇心と小さな正義感、そして一匙のスパイスを添えれば退屈な日常も刺激的で華やかになり、人生の暇潰しが捗るものだから、楽しくて仕方ないよね?


 本当、どんなに小さなことでもさ、悪いことはするもんじゃないよね。


 小さな小さな私が、そう思うぐらいなんだ。


 まるでクソのようなちっぽけな正義感だけど、小さな小さな私の生まれ持った矜持だから譲れなくてね?


 私の両親は、無自覚なまま起こった事故で殺されたからね……それが理不尽な世の中の仕組みなんだ。


 人が人である故に行う自らの罪、過ちが巡り廻る因果応報で不幸のドン底に落とされたその瞬間!……泣いて後悔しても遅いんだよ!


 良い課外授業だろ?


 お前らの進路がどうなろうと私の知ったこっちゃねーんだよ!


 ……あぁ、こりゃあご飯が進むね!


 ご飯がおいしい国に生まれて私は幸せだ!


 だけど、食べても食べてもちっとも成長する気配はなく、それだけがもどかしいばかりだね?


 小さな小さな私の生まれ持った矜持だけど、やっぱり少しぐらい譲ってやってもいいから、どうか私の身長に反映してもらえないかな?


 八百万の誰でもかまわない、独り善がりな徳を重ねた分、願うだけでもいいだろ?……期待はしないけれど。


 そうして私のいた中学校はさ、進路の時期が終わる頃には、どういう訳か高校浪人が過去最多、それもニュースになるぐらいの規模で……教育委員会、もっと警察と連携しながら教育とやらに力を入れようね?


 その一方で私は、推薦入試で面接をして合格、終わり。


 面接官が少し変わっていたけれど、いい男だったから……小さな小さな私の気は大きくなり、最高にご機嫌だったよ。


 たったそれだけで私の進路は決まり、卒業まで好きなように好きなだけ時間を使えた。


 卒業まで特に何も変わらず日々を過ごし、本を読んだり、駆け回ったり、相変わらず自由なボッチライフだったよ。


 卒業旅行なんかも当然ボッチだったし、おかげで自由気ままに単独行動が出来たし、最高に楽しかったよ。


 青春の形は人それぞれ、私は私のあるがまま、何にも縛られず、出来る限りの自由を一人で満喫したものだから、未だに面倒な色恋沙汰なんて一切なし!……ああ、お前ら風情のような恋人、彼氏なんてこっちから願い下げだ!


 恋愛なんて大っ嫌いだバーカ! 畜生めぇ! おっぱいぷるんぷるーん!!……クソッ、何がぷるんぷるーんだ!!


 小さな小さな私の身体は貧相なもので、フィジカルに優れる一方、揺らぐ二つの持ち物なんてさ、私には持ち合わせてねーんだよ! クソッタレ!!


 ……はぁ、ボッチでも楽しかったよ。


 小さな小さな私の身長は相変わらずだったけれど、少なくとも心は大きく成長出来たはずだ。


 もう振り返る必要もない、退屈な義務教育期間だったけれど、今だけは振り返って学舎に一礼。


 心の中で「ありがとう」というおまじないを唱え、普段からすれば珍しく、私にしては律儀なのかもしれない。


 お世話にはなった、好き放題に過ごさせてもらった中学を卒業し……時は流れて高校入学前夜を迎えた。


 さぁ、明日からは真新しい制服に袖を通して高校デビューだね。


 あばよ! クソッタレな義務教育!


 明日から私の輝かしい新生活の始まりだ……ところでさ、おばあちゃん……私の身長が伸びますように……って言う気遣いはとっても嬉しいよ?


 嬉しいけどさ、私は全く成長する気配すらないし、ぶかぶかじゃねーか!?


 ちゃんと採寸した筈だけど、オーダーをミスってるだろ! せっかくの小さな心遣いだけど台無し、大きなお世話だな!


 はあ……私、風見 日向子は、入学前日から前途多難。


 明日からはそうだね、願わくば、平穏無事であることを祈るばかり───。








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