第3話 タケシ君の意思は
「え? 100万? お金取るんですかっ!?」
「え、当ったり前じゃん。オレは復讐代行をヒーロー気取りでやってたり、ボランティアとかでやってる訳じゃないからね。これはあくまでも仕事。お金はきっちりいただくよ」
なんだか一気に胡散臭くなってきた。
まぁ元々半信半疑ではあったんだけど……。
にしても100万円は度が過ぎてるな。
「そんな大金、流石に用意できません」
「タケシ君高校生だよね。ならバイトして貯めれば良いじゃん。全然待つよ」
これは……。
復讐代行という名の、詐欺だったか。
傷心につけこんで金を取ろうとする悪徳商法。
どうせ金だけ貰ってとんずらする気なんだろう。
少し期待してたんだけどな。
時間の無駄だった。とっとと帰ろう……。
僕は財布を取り出して、2000円を机に置く。
奢りは約束だったしな……これはもう勉強代って事で納得するしかない。
「ちょいちょいどこ行くのタケシ君」
席を立ちあがり帰ろうとすると、復讐代行人が腕を掴んで止めてきた。
「はなしてください。僕はもう帰ります」
「なぜ帰るんだい? まだ話は終わってないだろう?」
「話って、これ詐欺ですよね。僕は騙されるつもりないので」
僕は手を振り払おうと力を入れる。
が、復讐代行人の掴む力が異常に強く、一ミリも動かない。
「いたっ! ちょっとまじではなしてください、警察呼びますよ」
半ば焦りながらそう伝えると。
復讐代行人はぽつりと呟いた。
「西谷はるき」
……え?
「急に何言って――」
「西谷はるき17歳。誕生日は6月14日。矢見咲高校2年G組、19番。野球部所属。彼女持ち。ちなみに彼女は同じ高校の1年生」
「――は、誰の情報?」
全く知らない人の情報を急に聞かされた僕は、思わずそう訊いた。
と、復讐代行人はニッコリと笑ってこう言ってきた。
「気になる? まだ続きがあるんだけど」
「……っ」
認めたくないが、気にならないと言えば嘘になる。
なぜなら矢見咲高校は、僕の通ってる学校だからだ。
もしかしたらさっきの情報は、彼女の件と関係があるのかもしれない……。
「大人しく座って聞いてくれるなら、奢りの分くらいは続きを教えてあげるけど。まぁ、このまま帰ってもらっても全然良いよ」
復讐代行人は掴んでいた手をはなす。
僕は……どちらを選ぶ。
話を聞くべきか、それとも帰るべきか。
気持ち的には正直、ここに残って話を聞きたい。
でも、聞いたところで時間の無駄になるのは目に見えている。
彼女の件と関係ある話だとしても、どうせ僕は詐欺師の戯言だと思って信用しない。
だから僕はここで家に帰るべき、だけど。
「続きを……話してください」
目の前に情報をぶら下げられたら、例えそれが偽りだとしても気になるし、聞きたい。
「オッケー」
聞くだけ聞いてみよう。しょうもなかったら帰れば良いし。
そう自分に言い訳をするように納得させ、僕と復讐代行人は席に着く。
そしてそこから1時間ほど、僕は復讐代行人の話を聞いて……
「アイツらに復讐――して下さい。お願いします」
深々と頭を下げ、代行を懇願した。
「いいねぇ〜、さっきよりいい目してるよタケシ君。――ってことで、今日からちょうど1年後の土曜21時に、100万円を持ってここに来てよ。そしたら依頼成立って感じで、タケシ君の願い通り、彼女さんと浮気相手に復讐してあげるからさ」
「分かりました」
「絶対に忘れず来てよ〜。じゃ1年後に」
そこで、その日は解散となった。
*
――次の日の朝。
目が覚めて一番にスマホを確認すると、彼女からメッセージが来ていた。
その内容は、想定していた通りだった。
――――――――――――――――――――――――
ももか:もう別れよう
タケシ君には…
私なんかより良い人がいると思う
今まで本当にありがとう。楽しかったよ
――――――――――――――――――――――――
一方的で自分勝手な別れ話。
卑下している様で、ただ別れる口実にそう書いてるだけ。
はっきり言って虫唾が走る。
(……やっぱ、復讐代行人が言ってた事は本当だったな)
昨日、復讐代行人から聞いた話は、耳を塞ぎたくなる程、吐き気のするものだった。
それを簡単に言えば、謎の人物――西谷はるきは彼女の幼馴染兼浮気相手で。
彼女は脅されたのではなく自ら進んで、その西谷はるきと肉体関係になったらしい。
しかも、もうそろそろ彼女から別れを切り出されるだろうとも言っていた。
『そんな話、信用できない』と僕がハッキリ伝えると、復讐代行人は大量の証拠を見せつけてきた。
メッセージアプリのトークにSNSのDMのスクショ、2人でいるところの写真や動画、録音まで。
復讐代行人は自分でハッカーと名乗ったが、それだけじゃ説明できないレベルで証拠を持っていた。
得体の知れない復讐代行人。
しかしこの人は詐欺師ではない。
そう確信し信用した僕は、2人への復讐を決意。
昨日の最後の流れに至ったというわけだ。
(……にしてもこの文章イライラするな)
『今まで本当にありがとう。楽しかったよ』なんて一ミリも思ってないくせに良い人ぶりやがって。
付き合っている間ずっと僕を騙して裏切り続けたのに、ちゃんとした謝罪もなしに別れようってなめてんのか!
「クソが!」
苛立ちが自然と声に出る。
「……絶対に許さないからな」
僕は自室で一人呟いて、元彼女のアカウントをブロックし。
1年以内に100万円を貯める、そう心に強く決めた。
*
*
*
「ふぅ……」
僕は大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
(ついにこの日が、きてしまった)
時間の流れは早いもので、復讐代行人との話し合いからあっと言う間に1年が経った。
つまり今日は、約束の日。
休日の夜だというのに相変わらず閑散としたファミレスで、僕は復讐代行人が来るのを待っていた。
(もうすぐ約束の21時。はたして復讐代行人は来るのか……。来たとして、僕はちゃんと伝えられるのか……)
スマホの時間と店の出入り口をチラチラと何度も確認する。
そうしていると、21時まであと30秒をきった所で、店のドアが開き店内にチャイムが鳴り響いた。
「っ」
入店してきた人物は、冬なのに半袖半ズボンという季節外れの格好に、黒のサングラスをしているオジサン。
復讐代行人だった。
僕はその姿を見て、一気に心拍数があがる。
(緊張してきた……)
復讐代行人は店員と会話した後、こちらに真っ直ぐ近づいて来た。
そして1年前と変わらない爽やかな声色で話しかけてくる。
「タケシ君久しぶり〜」
「お、お久しぶりです」
「元気してた~?」
「はいっ、一応」
「はは、タケシ君表情硬いな。緊張してる?」
「まあちょっとだけ」
「アハハ、全然ちょっとじゃないじゃん。緊張しすぎだって~。あーてか、めっちゃお腹すいた。メニュー表メニュー表っと」
椅子に座り、メニューを選び始めた。
「迷うなぁ。ねぇタケシ君はどれにするの?」
「えっあいや、僕は食べないです」
「そうなんだ」
復讐代行人は数分間悩んだ後、チーズハンバーグを注文する。
そして、店員が厨房に帰って行くのを見届けて……話をこう切り出してきた。
「それで、お金は持ってきた?」
いたってシンプルな質問で、本題――復讐代行の話に入った。
「……それは……その……」
「ん、どうした?」
つい、言葉が詰まってしまう。
(……なんて伝えたら、穏便に済ませられるだろうか)
実は今、代行依頼費の100万円を持ってきていない。
その理由は明確で、僕は今日、復讐代行をキャンセルするつもりで来たからだ。
自分から進んで復讐を依頼したのに、1年も待たせてキャンセルをする。
それがどれだけ失礼で迷惑な事なのか、理解はしている。
が、この1年間で僕の考えは変わってしまった。
もう僕は元カノにも寝取った男にも興味はない。むしろどうでもいい。
全て、どうでもいいのだ。
「あー……お金、持ってきてない感じ?」
「――っ」
言い当てられ、驚いた僕を見て復讐代行人は言ってくる。
「その顔は、図星かぁ」
「す、すみません……」
「んー。なんで持ってきてないの? まだ100万貯まってないとか?」
「いえ、お金は貯まってるんですけど……」
「けど?」
「今日ここに来たのは、その、依頼をキャンセルする為で……」
「えっ! なんでっ?」
「それは……」
考えが変わったから依頼はキャンセル。
それで復讐代行人が納得してくれるかは分からない。
でも言うしかない。
紛れもない事実なのだから。
「考えが、変わったからです」
「ん? 考え?」
「はい」
「考えって、何が? 何の考えが変わったの?」
少し強い口調になる復讐代行人。
「そ、その、復讐したいって気持ちが変わったというか、なんというか、全部どうでもよくなったみたいな感じで」
「ふーん。もう復讐心はゼロなんだ?」
「は、はい……」
「まじかー。なんでゼロになっちゃったの?」
「……なんでかは分かんないです」
理由は本当に分からない。
ただ時間が経てば経つほど、自然と、どうでもよくなっていった気がする。
「まじかよー。1年も待ったのにー」
「すみません……」
「本当に復讐心ない? ちょっとでもさ」
「多分、ないです」
「くそーまじかぁ……」
「……でも、僕的にはこれで良かったのかなって。復讐はよくないって言いますし……」
不服そうな復讐代行人を見て、なんとなく、そんな言葉が口からこぼれた。
瞬間、復讐代行人の顔が一気に険しくなる。
「それ、オレに言う?」
「っ」
しまった。完全に失言。まずい。
「すみま――」
僕は謝ろうとするが。
「はぁータケシ君さー。言っちゃ悪いけどその発言、他人の受け売りだろ?」
それを遮り、サングラスを下にずらして睨みながら訊いてくる復讐代行人。
「えっ?」
予想外の指摘に少し驚き、声が出た。
しかし復讐代行人は気にせず、続けて言ってくる。
「オレさ、そういうの大っ嫌いなんだよねぇー。他人の価値観に基準を委ねてるって感じの意見? どうせ、その復讐は良くないってやつ、どこかの書き込みか漫画で得た知識だろ?」
「い、いやその」
「別に、復讐をしない選択は、タケシ君の自由だから良いんだけどさぁ。……その選択は、本当にタケシ君自身の心に従って決めたのかな?」
「……それは――」
「世間様の倫理観とか道徳観に踊らされて、自分の気持ちを押し殺して誤魔化してるだけでしょ? 本当は復讐をしたいのに、したくない、分かんないってな」
「……っ」
「言っておくが、それは自分の気持ちから逃げてるだけで、復讐しない選択をしたとは言えない。ただの逃避だ」
「――に、逃げてる訳じゃ!」
上ずった声でつい、言い返してしまう。
すると復讐代行人は、サングラスを元の位置にかけ直し、腕を組みながら落ち着いた声でこう聞いてきた。
「じゃあ、なんで100万円も貯まってるんだい?」
「――っ!」
「復讐する気がないなら、貯金する必要もないだろう? 君の家庭はお金に特段困ってる訳でもないし」
「そ、それは、その、大学に行くための貯金で――」
「大学に行く為かぁ。でもタケシ君、大学に行けるのかな。ここ1年はバイトばかりで、勉強全然できてないでしょ。授業にもついていけてないっぽいし」
「…………」
(僕の状況を、全部知ってるのか……)
復讐代行人の言う通り、復讐の為にバイトを始めてから僕は、勉強があまりできなくなった。
夜遅くまでシフトを入れてるせいで寝る時間も極端に減り、授業中に居眠りする事も多く、全くついていけてない状況だ。
そんなだから多分、行きたい大学への現役合格は厳しい。
それなのに、大学の為にお金を貯めている……は本末転倒すぎて、言い訳にすらなってないよな。
「もう正直になりなよタケシ君。復讐、したいんだろ?」
「……」
「はぁ……。タケシ君の元カノと寝取り男、今どんな状況か知ってんの?」
「……い、いえ」
「2人とも大学への入学が決まっているよ。元カノちゃんは国立大に推薦で、寝取り男はスポーツ推薦で有名私大にね」
「……」
「SNSを見る感じ2人とも凄い幸せそうだよー。お互いに彼氏彼女がいて、大学入学も決まってて、凄い順風満帆。幼馴染のセフレもいるわけだしね〜」
「……」
「対してタケシ君は……ね?」
「対して僕は、何ですか?」
少しイラついて聞き返すと、復讐代行人はにやりと笑って言ってきた。
「負け組♡」
「っ、そんな言い方っ――!?」
そこまで言いかけた瞬間。
急に、机越しに胸ぐらを掴まれ引っ張られた。
そして復讐代行人は顔を近づけ言ってくる。
「お前は、負け組だよ。正真正銘の負け組」
「っ」
「いいか、負け組。オレは決して、浮気されたから負け組って言ってるわけじゃねぇぞ? 自分の気持ち、自分のした判断から逃げてる所が負け組って言ってんだよ。それは分かるか?」
「……」
「1年前、SNSに#復讐代行人を付けて書き込みをしたのは誰だ? 1年前、このファミレスでオレに復讐代行をお願いしたのは誰だ? 1年間、復讐の為に必死にバイトして100万円を貯めたのは誰だ? 全部お前だろ? 自分に正直になれよいい加減」
「……っ」
突然、つーっと頬を伝った雫が机に落ちた。
完全に無意識だった。
「悔しいだろ? 裏切られたお前は未だ過去に縛られてんのに、アイツらは未来を見ながら今日を生きている。いくら時間が経とうとも、忘れようとしても、無理だ。一度傷ついたお前の心は、前の状態には絶対に戻らない」
「……」
「……でもな。戻すことは出来なくても、アイツらの心をお前と同じ傷がついた状態にする事はできる。このオレならな」
「…………」
「このオレを使え。お前には、その権利がある。自分がやられた事を、同じ分だけやり返す。ただそれだけだ」
復讐代行人はそこで、胸ぐらを掴んでいた手を離し、ゆっくりと腰を下ろす。
そして、ニッコリと笑い、僕に言ってきた。
「タケシ君。――安心して、オレに任せろ」
復讐代行人の笑顔が、なんだか暖かく感じられた。
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