第2話 復讐代行人が来た
「復讐代行人っ!?」
何度目を擦って確認しても、オジサンは確かに『復讐代行人%※■』と書かれた名刺を手に持っている。
試しに頬を何回か叩いてみても、痛いだけで何も起こらない。
これは寝ぼけてるだとか、夢を見てるとかじゃない。
マジで復讐代行人が来た、来てしまった。
なんで?
どうして?
どうやって?
僕は一切、自分の個人情報はおろか彼女の個人情報も書いてないぞ。
わざわざ書き込みの為に捨てアカウントを用意した位だし、特定できるモノは何もなかったはず。
なのに、どうやって?
どうやって、たった数時間で僕の家まで特定して来てるんだ?
というか、本当に復讐代行人って存在してたの?
あれって単なる都市伝説レベルの噂じゃなかったのか?
もう訳が分からない。
頭の中で疑問符が暴れている。
――そんな中、1つの期待が僕の中に突然現れた。
復讐……してもらえる?
代行人が来たって事は、つまりはそういう事。
どうやってかはさておき、僕の書き込みを見て家に来たんだ。
理由はもちろん、復讐代行をする為。
ここで無視を決め込むのは、申し訳ないだろう。
そう思った時には既に、僕は通話ボタンを押していた。
「あっ、やっと出た。どうもこんにちは~。書き込みを見て来ましたー、復讐代行人の■%※でーす」
想像してたよりも爽やかな声で、そう名乗ってくる復讐代行人。
やっぱ本当に書き込みを見て来たんだ……。
僕は緊張した声で答える。
「こ、こんにちはっ――」
「おっ、キミが寝取られちゃった鶴元タケシ君だね? 合ってる?」
「!?」
急に、被せるようにして本名を言われドキっとする。
当たり前に僕のフルネームを知ってるんだ……。
いやまぁ、家に来てる時点で当然の事なんだろうけど。
「は、はい合ってます……」
「おー良かった良かった。いくら押してもでないから、てっきり死んだのかと思ったよアハハ」
「すみません寝てて気付かなくて……」
「あーそう言う事ね! いやぁ生きてて良かったよ、うん!」
なんか、優しい……?
サングラスしてるし怖い雰囲気だったけど、喋ると凄いニコニコしてて、案外悪い人じゃなさそう。
「――っとそれで、本題。復讐代行の件を話したいんだけどさ、その前に1つ良いかな?」
突然、真剣な顔をして言ってきた。
「えっ、は、はい」
一気に緊張が走る。
驚いた僕は思わず、声が上ずってしまう。
(その前に1つって、一体なんだろう……)
「…………」
嫌に間を置く復讐代行人に対し恐怖を抱く。
その時間、冷や汗が顔を伝うのがはっきりと分かった。
しばらくして、復讐代行人は口を開く。
「――ほんっとに申し訳ないんだけど、飯奢ってくれません? オレ、お腹空いちゃって~アハハハ~」
ビビって損をした。
*
「か~、うまそ~! んじゃ、遠慮なくいただきますっ!」
自宅から徒歩15分の位置にある閑散としたファミレス。そこに僕と復讐代行人は夕食を食べに来ていた。
復讐代行人は、チーズハンバーグに白ご飯と味噌汁、ドリンクバー付き。
僕はフライドポテトと水(無料)。
金欠高校生だから、自分の分はこれだけしか頼めなかった。
それなのに奢られる側の、ましてや大の大人が本当に遠慮なく、しっかり腹一杯になる量を頼みやがった。
しかもちゃっかりドリンクバーまで付けちゃって。
そのドリンクバーがなかったら、僕もメインのおかずを頼めたのに。
まぁいいけど。
フライドポテトを1つ手に取って口に運ぶ。
(……流石にこれだけじゃ、お腹いっぱいにはならないなぁ)
スマホを取り出し、メッセージアプリを開いて母さんとのやり取りを画面に映す。
―――――――――――――――――――
タケシ:ちょっと今から出かけてくる
みき:夕食はいらないの?
タケシ:うん大丈夫
みき:分かった。気を付けてね~。
―――――――――――――――――――
僕は母さんに『ごめん、やっぱ夕食用意して欲しい』と、申し訳ないと思いつつメッセージを送る。
するとすぐに既読がつき、返事が返って来る。
――――――――――――――――――――
みき:了解~。今夜は生姜焼きで~す!!
――――――――――――――――――――
優しさが沁みる。ありがたい。
僕は、ありがとうスタンプを送り、メッセージアプリを閉じた。
「あ~美味しかった! まじ生き返ったわ~!」
急に大きな声をあげる復讐代行人。
それに少し驚きながら、テーブルの方に目を向ける。
「っ」
復讐代行人がいつの間にか、ぺろりとご飯を全部食べつくしていた。
しかも、僕のフライドポテトにまでちょっと手を出していて、量が減っている。
「あ、ごめん。タケシ君、スマホばっかいじってて全然食べてなかったから、ちびっとだけ貰っちゃった」
てへぺろといった感じでそう言ってくる復讐代行人。
許せん。食べ物の恨みは怖いぞ?
「……全然いいですよ」
これが本音と建前。
残念ながら、面と向かって他人に文句を言える勇気を、僕は持ち合わせていない。
復讐代行人は「タケシ君、やっさしぃ~!」とか小馬鹿にしてきながら、爪楊枝で歯に挟まった食べカスを取り始める。
(なんなんだ、この人は……)
あまりに拍子抜け。
このオジサンに対し、家で抱いた緊張感とか恐怖、期待が今は一切ない。
ここに来る途中、どうやって僕の個人情報を特定したのか訊いても「企業秘密」と言って何も教えてくれなかったし、むしろ『本当に復讐代行をしてくれるのか?』と疑っている自分がいる。
ていうかそもそも、いつになったら復讐代行の話をするんだ?
「……あの」
しびれを切らした僕は復讐代行人に話しかける。
「ん、どうした?」
「そろそろ話、進めませんか?」
「話ってなんの?」
「ふくしゅっ……僕が書き込んだやつの話ですよ」
「あーそれね! そうだね、進めよっか」
(それねって、他に何があるんだか)
オジサンは居住まいを正し、残り少ないジュースを一気に飲んだ後、訊いてくる。
「まずは、そうだな。タケシ君の復讐して欲しい相手と被害内容からきこうか」
「……えっと、それなら、SNSに書き込んだ通りです」
「いやいやそうじゃなくて。今一度、タケシ君の口から説明して欲しいなって」
「あ、はい、分かりました。……まず相手は、彼女を寝取った男。被害内容は、彼女を寝取られた事です」
「…………あ、終わり? すごいザックリだね」
簡潔に分かりやすく言ったつもりだった。
「駄目ですか?」
「いや駄目とかじゃないけどさ。なんだろうな。オレはもっとこう、被害を受けたタケシ君の感情を聞きたいんだよね」
「感情……」
「そうそう。別にこれ就職面接じゃないんだから、簡潔にまとめるとかせずにさ。タケシ君の今の思いを、正直に織り交ぜながら詳しく教えて欲しい。ほら、タケシ君目が腫れてるじゃん? それ泣いたからでしょ? そこら辺の話とか聞きたい」
「…………」
急にそう聞かれても、すぐには答えられない。
その訳はもちろん、赤の他人に自分の感情を話すのが恥ずかしいってのもあるんだけど。
それ以上に、実は自分でも今の思い――感情がよく分かっていないからだ。
SNSに被害内容を書き込んでいた時は、悲しいとか悔しいって感情が確かに分かった。
でも今、復讐代行人と話しているこの状況を、変に俯瞰している自分がいて、感情が分からなくなっている。
「……ごめん、流石に難しかったか。SNSに書くのと、直接喋るのとじゃハードルの高さが全然違うもんね。……まぁとりあえず、タケシ君の今の思いは『とにかく復讐したい』って事でいいかな?」
無言でうなずく。
「オッケー分かった。じゃそれで話を進めるとして、復讐内容はどうする? 物理的復讐と精神的復讐の2つがあるんだけど、タケシ君的にはどっちがいいかな?」
「……物理的と精神的、どういう違いがあるんですか?」
「ん、文字通り。物理的にボコボコか、精神的にボコボコか」
復讐代行人はニコニコ話しているが、目の奥が笑っていない。
『ボコボコ』が淡々とした言い方で、なにか含みがあったような気がする。
まさか、ボコボコって殺すって意味なんじゃ。
「ぶ、物理的にボコボコって、し……ぬとかじゃないですよね?」
「いや流石にオレもそこまでしないって。普通に死なない程度にボコボコだよ」
流石にそうだよね。殺すわけないか。
「ちなみに……精神的っていうのは、どういう事をするんですか」
「んー、それは依頼によって変わるからねぇ。……まぁ1つ言えるのは、今まで精神的の方で執行された人たちは皆、立場を失って社会的に死んでるね」
「……なるほど」
死なない程度の物理的ボコボコか、もしくは社会的に死ぬことが確定している精神的ボコボコ。
僕ならもちろん後者の精神的ボコボコの方を選ぶ。
前者だとそんなに、復讐できた感なさそうだし。
「じゃあ精神的の方で、よろしくお願いします」
そう言って頭を軽く下げる。
すると復讐代行人は少し間をあけて……
こう口にした。
「じゃあ現金100万円先払いね。あっ、手渡し一括で頼むよ」
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