第09話 それぞれの事情

 陽介もナイトが転がっていたはずの場所を見て、「あ、本当だ」と他人事のように呟く。


 一花に睨まれたので、陽介は慌てて手を振る。


「いや、俺は何もしてないよ」


「陽介が余計なことをしたから、起きてどっかに行ったんじゃないの?」


「その可能性は……正直、ある。でも、力尽きてダンジョン外に出た可能性もあるよな? いずれにせよ、あの男の動画は残っているわけだから、それで捕まるでしょ」


「……それは、そうね」


 一花はため息を吐いて、絵麻に視線を戻す。


「えっと、流れを説明すると、あたしがダンジョン配信をしていたら、ナイトってファンがやってきて、あたしに【催眠魔法】を掛けて、ひどいことをしようしてしたきたの」


「ナイトって、よくスパチャをくれる?」


「そう。あれは下心だったわけ。ガッカリだよね。まぁ、それはいいとして、あたしがそいつの魔法で動けずにいたところを、彼、水面陽介が現れて助けてくれたの」


「あ、そうだったんだ。その……」と言って、絵麻は陽介に頭を下げる。


「勘違いしちゃって、ごめんなさい」


「うん。まぁ、俺もわかってて、絵麻さんに挑んだところがあるから、むしろ、俺の方こそ申し訳ない」


「本当よ。何で、話をややこしくするのかね」と一花は呆れ顔で腕を組んだ。


「というか、絵麻さんは、状況がよくわかっていなかった感じ?」


「うん。一花に連絡しようと思ったら、配信していることに気が付いて、コメント欄が荒れていたから、それで慌てて。このダンジョンは一本道だから、とにかく先を急いだ」


「なるほど」


 そのとき、「大丈夫ですかー!」とギルドの探索者がやってきたので、一花と陽介が事情を話した。


 ――それから、いろいろあって、三人はギルド会館の会議室にいた。そこで警察の事情聴取や保護者を待っていた。


 先に着替え終えた陽介が一人だけだったが、一花がやってきて、少し遅れて絵麻がやってくる。


「どうだった?」


 一花の問いかけに絵麻が頷く。


「うん。寮の管理人が迎えに来てくれるって」


「そっか。良かったね」


「絵麻さんは寮に住んでるの?」と陽介。


「うん。地元がド田舎で、周りに微妙な高校しか無かったから、大学で東京に出るつもりだったし、前倒しで東京の高校に進学したの」


「へぇ」


 絵麻が一花の隣に座ると、一花が絵麻に抱き着く。


「うぅ~。絵麻~。怖かったよぉ」


 絵麻は子をあやすように一花の頭を撫でた。


「よしよし。怖かったねぇ。それにしても、どうして今日はダンジョン配信をしたの?」


「気まぐれ」


「そうなんだ。これからは一緒にいる時だけにしようね」


「うぅ~。そうだね~」


 対面でいちゃつき始めた二人を前に、陽介は戸惑う。こんなとき、どんな顔でいればよいのだろうか。


「あっ」と一花がそんな陽介に気づく。


「そういえば、まだ、絵麻のことを紹介していなかったね。この可愛い女の子は雷塚絵麻。あたしの大事な親友」


 絵麻が頬を染め、照れくさそうに笑う。


 微笑ましい光景に頬をゆるめながら、陽介は一礼する。


「世紀の大魔術師マジシャン、水面陽介です。以後、お見知りおきを」


「あ、えっと。雷塚絵麻です」


 陽介は改めて絵麻を見る。金髪ツインテールで凛とした顔つき。確かに、絵麻も可愛い女の子だった。


「それにしても」と一花。


「陽介はすごいね。絵麻とあれだけ渡り合えるなんて」


「へぇ。絵麻さんは有名な方なの?」


「いや、そんなことは――」


 絵麻が謙遜しようとするも、一花が遮る。


「数年前、熊を撃退した田舎の女子小学生が、世間を賑わせたわけだけど、覚えてる?」


「あぁ、覚えているよ。もしかして、その?」


「そう! その女子小学生こそ、絵麻なのだ!」


 一花が自分のことのように紹介すると、絵麻は照れながら答える。


「昔の話だよ。それに、お父さんも一緒で、だいたいはお父さんがやったんだし」


「それでも、すごいよ~」


「確かに。絵麻さんは、何か格闘技とか習っていたの?」


「これといった型があるわけじゃないけど、お父さんが元自衛官でお母さんが現役の警察官だから、それでいろいろと教えてもらった感じかな」


「なるほどねぇ」


「むしろ、陽介君の方はどうなの? 何かやっていたの?」


「いや、とくには。ただ、奇術マジックを習得する過程でいろいろとね」


「へぇ。マジックを覚えるのって大変なんだね」


「あ、そうだ」と一花が思い出す。


「絵麻が来る前に何か言おうとしていたみたいだけど、あれ、何だったの?」


「あ、あぁ……。その、二人はダンジョン配信をやっているって言ってたじゃん? それで、俺もダンジョン配信をしているから、どんな感じなのかなと思って聞こうと思っただけ」


「なるほどね。でも、ぶっちゃけ、あたしたちはあんまりやっていないよ。それに、今日ので懲りたから、しばらくやんないかもだし」


「そうなんだ。登録者はどれくらいいるの?」


「5万人くらいじゃなかったっけ?」


 一花の問いかけに絵麻が頷く。


「うわっ、すご。どうやってそんなに登録者が増えたの?」


「んー。これと言って、何かやったわけじゃないから、わかんない。まぁ、あたしが全中のテニスで優勝したことがあるから、ある程度知られてはいたけど」


「全中で優勝したの? すごいじゃん」


「まぁね」と一花は胸を張って答える。


「絵麻さんの知名度も関係が?」


「いや、そっちはどうなんだろう? 配信とかではあんまり絵麻が熊を撃退したことは話してないよ。ね?」


「うん。その、大勢の人に知られるのは、恥ずかしいから」


「そうなんだ」


「だから、あとは単純に、あたしたちが可愛いから増えたんだと思う」


 陽介が渇いた笑みをこぼすと、一花は不服そうに頬を膨らませた。


 だから、陽介は慌てて話を変える。


「……なるほどねぇ。でも、そうか。そういう感じか」


 陽介が思案顔になると、一花は小首を傾げる。


「陽介はダンジョン配信で成功したいの?」


「うん。まぁ」


「どうして?」


「ビッグになりたいから。ビッグになることが、俺を育てくれた人たちに対する恩返しになると思っているんだよね」


「ふーん。なら、あたしたちとパーティーを組む?」


「え、パーティー?」


「そう。パーティーを組めば、ランク戦に出れるようになるし、ランク戦に出れば、それだけである程度注目されるようになる。そして上位ランカーになれば、探索できるダンジョンも増えるから、それでビッグになれるんじゃないかな」


「確かに」


 棚からぼたもちとはこのことか。探索者の実力はランクという指標で評価され、ランクに応じて入構できるダンジョンが変わってくる。そして、ランクの認定を受けるためには、ランク戦に出場するのが手っ取り早いと言われているから、ランク戦でともに戦ってくれる仲間が見つかったことは喜ばしいことだった。


「俺としては嬉しい提案だけど、二人は良いの?」


「あたしはいいよ。あたしも上位ランカーを目指したいとは思っていたから、陽介みたいな強い人が仲間になってくれると嬉しいし。絵麻はどう?」


「私は、一花が良いなら、いいよ」


「にしし。なら、決まりだね」


 一花が右手を差し出す。


「これから、よろしくね。陽介」


「ああ、こちらこそ」


 陽介は一花の右手を掴み、握り返した。


「ほら、絵麻も」


「え、うん」


 絵麻は握手する一花と陽介の手に、自分の手を重ねた。


 そして三人は、互いの顔を見合うと、楽しそうに笑った――。



☆☆☆



 ――同じ頃。


 ナイトは重い体を引きづるように歩いていた。ダンジョン内で怪我はしないが、HPが減ると倦怠感や痛みといった感覚を覚える。ナイトの場合、体中を刺されているかのような激しい痛みを覚え、自身のHPがギリギリであることを察した。


「くそ、くそっ、あのクソガキ。僕と一花を邪魔しやがって」


 しかしナイトには秘策があった。一花のことを諦めるのはまだ早い。


 そのとき、声がした。


「――やぁ」


 ナイトは声の人物を見て、目を見開く。長い黒髪の少女だった。


「あ、あなたは!?」


 ナイトはひれ伏して頭を地面にこすりつける。


「お、お世話になっています」


「うん。それよりさ、さっきのあれは何だい?」


「あ、あれですか?」


「そうだよ。折角、力を貸してあげたというのに、あんなつまらないことに力を使っちゃってさ。僕は今、とてもガッカリしているよ」


「は、ははぁ。申し訳ありません。次は必ずや――」


「いや、次はない。つまらない人間に力を貸すほど、僕もお人よしじゃないんでね」


 少女がナイトに歩み寄って、手をかざした。


「い、いや、しかしぃぃぃいいいあああああ!」


 ナイトの絶叫がダンジョンに響く。


 ――そして、ナイトは素っ裸の状態でダンジョン外に現れ、警察に公然わいせつ罪で逮捕された。その後の取り調べで、一花への嫌がらせ行為を認めたものの、【催眠魔法】に関しては覚えていないと供述している。

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