第07話 水面流催眠奇術

「さ、【催眠魔法】が使えるだと。そ、そんなわけない。これは、選ばれた人間にしか使えないはずだ」


 ナイトが声を荒げると、陽介は涼しい顔で答えた。


「ええ。だから私は、催眠が使えるんです。百聞は一見に如かず。早速、私の奇術マジックを見せてあげましょう。その名も、『水面流催眠奇術みなもりゅうさいみんマジック――右の拳スリープ』」


「スリープ?」


「はい。まずは私の右の拳をご覧ください」


 陽介が右の拳を突き出した。ナイトは訝しみながらその拳を眺める。


「いいですか。よーく、この拳を見ていてください」


 ナイトは胡散臭そうに、白いグローブがはめられた拳を眺める。


「――すると、どうでしょう」


 ナイトはハッとした。陽介の声が間近で聞こえたからである。そして、拳が目の前に迫っていた。


「――あなたはすぐに眠くなる」


「ふげぇらっ!?」


 陽介の右の拳がナイトの顔面にめり込み、陽介は躊躇うことなくその右腕を振り抜いた。重々しい一発。ナイトは吹き飛び、毬のように跳ねて、壁にぶつかった。そして、うつぶせに倒れたまま動かなくなる。


 呆然となる一花と視聴者。


 そんな静寂を破るように、陽介はドローンのカメラに向かって、両手でスペードのマークを作る。


「はい! このように催眠術で相手を眠らせることができました! マジッ~~~ク」


 数秒の後、コメント欄が動き出す。


@pamu:マジック?

@nene:殴っただけじゃねぇかw

@aoi:でも、ありがとう!

@yoxi:ありがとう。見知らぬ人!

@ogi:いっち大丈夫?


「ふわぁぁぁ」


 安心したのか、一花は腰が砕けた様子でその場に座り込んだ。


 陽介は一花に歩み寄って声を掛ける。


「大丈夫ですか?」


「は、はい。ありがとうございます」


 そのとき、一花の頬を涙が伝った。その様を見て、陽介は同情する。彼女も怖かったのだろう。だから、スーツの内ポケットを探り、ハンカチを一花に差し出す。


「どうぞ。これを」


「ありがとうございます」


 一花がハンカチで涙を拭う。


 その顔を見るに、まだショックを引きずっているように見えたから、陽介は片膝をついて、右手を差し出す。


「良かったら、これも」


 右手に一輪の赤い花を咲かせる。


(決まった)


 陽介は、気障な顔で前髪を掻き上げてみせる。


 ――が、花を受け取る様子が無い。


(あ、あれ?)


 陽介が確認すると、目の前に一花はいなかった。


 そして、「こんのぉぉぉ、キモ野郎がぁぁ!」と怒り狂いながらナイトを蹴り上げる一花の姿が。


 陽介は呆れた顔で立ち上がり、そばにあるドローンに気づく。


(これは見せちゃいけないやつだろ)


 陽介は素早い手つきで、ドローンのスイッチを押し、配信モードを終了させる。


 しかし、一花のこの様子はコメント欄で盛り上がっていた。


@nene:いいぞ、もっとやれw

@aoi:いっち、こわーい(笑)

@yoxi:これはネキ誕生の瞬間

@pamu:あれ? 画面が暗くなった

@ogi:配信終了?


 陽介は一花に歩み寄ると、ナイトを蹴り続けている一花の肩に手を置いた。


「その辺にしておいた方がいいんじゃないですかね」


 一花にキッと睨まれるも、陽介の呆れ顔で冷静になったのか、一花は「あ、うん」と恥ずかしそうに頷いた。


「ごめんなさい。普段は、もっとお淑やかなんだけど」


「さいですか。それより、大丈夫ですか? 何かトラブルに巻き込まれていたみたいですけど」


「うん。あなたのおかげで何とか。それより、あなた、強いんですね」


「はい。大奇術師マジシャンなので」


「ふーん。あんまりマジックって感じはしませんでしたけど」と一花は苦笑し、じっと陽介を見つめた。


「あの、何か?」


「もしかして、高校生ですか?」


「はい。高一です」


「……え、マジ? あたしと一緒じゃん!」


「そうなんですか?」


「うん。あたし、綿雪一花。あなたは……陽介、だっけ?」


「はい。水面陽介です」


「そっか。じゃあ、陽介って呼ぶね。あたしは一花で良いよ。同学年同士、仲良くやろう! よろしくね、陽介!」


 一花に微笑みかけられ、陽介も微笑み返す。一花の明るい笑みを見たら、自然と口元がゆるんだ。


「……わかった。こちらこそよろしく、一花」


「ん。いやぁ、でも、本当に陽介のおかげで助かったわぁ」


「何があったの?」


「あたし、ダンジョン配信をやっていたんだけど、そこに厄介めのファンが来てね。【催眠魔法】が使えるらしく、それで酷い目に遭うところだった」


「そうなんだ。一花の危ないところを助けることができたんなら、何よりだよ」


「陽介はどうしてここに?」


「ん? ああ、それは」


 一花の配信を見て、ここに来た。なんてことは口が裂けても言えない状況である。だから、「最近、ダンジョンの入構許可証を取ったばかりだから、それで探索をしていた」と答える。


「ふーん。そうなんだ」


 そこで陽介は、一花と自然な形で知り合えたことに気づく。この流れでダンジョン配信について相談できるかもしれない。一花に先の件でナイーブになっている感じが無いし、軽く触れてみることにした。


「一花は、ダンジョン配信やってるの?」


「やってるけど、それがどうかした?」


「ああ、実は――」と言いかけたところで、陽介は鋭い殺気を感じ、振り返る。


 洞窟の向こうから強いプレッシャーを感じる。


 薄闇の中で青白く光る物体が見えて、闇を裂くように銀色の軽鎧ライトアーマーを装備した金髪ツインテールの少女が現れた。


 少女は叫ぶ。


「一花から離れろぉぉぉぉぉ!」


 少女が青白く光る剣を振るう。


 すると、青白い光の斬撃が陽介に向かって飛んできた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る