第06話 不審者は遅れてやってくる

「な、何を言って」


「一花ちゃん。右手を挙げてよ」


「はっ、何で?」と言いながら、一花は右手を挙げた。一花は混乱する。それは、自分の意思では無かった。


「え、あ、何で?」


「【催眠魔法】を使って、一花ちゃんを僕のモノにしたんだ。でも、意識が残っているのは流石だね。くくくっ、僕としてはそっちの方が嬉しいけど」


 一花の顔が青ざめる。慌てて逃げ出そうとするも、「動くな!」とナイトに怒鳴られ、動きが止まる。


「どうして逃げるのさ?」


「いや、だって、あなたが」


「言い訳かい? やれやれ、これは調教が必要だねぇ」


 ナイトがにやにやしながら近づいてくる。一花は助けが来るまで、何とか時間を稼ぐことにした。


「な、何でこんなことをするの?」


「何で? そりゃあ、一花ちゃんを僕のモノにしたいからさ。一花ちゃん。僕は、初めて一花ちゃんの動画を観たとき、わかったんだよ。あ、この人が僕の赤ちゃんを産む人だって」


 一花は寒気を堪えながら、何とか言葉を絞り出す。


「こんなやり方卑怯よ!」


「仕方ないじゃないか。こういうやり方でしか、女の子と接することができないんだから。でもね、安心して。ちゃんと優しくするから」


 ナイトは止まらない。抗いようのない事態に、じわっと一花の目に涙がにじむ。


「はっ、キモっ。ふざけんな!」


 ついにはただの罵倒を浴びせることしかできなくなったが、その言葉を遮るように、ナイトが一花の口を押えた。


「ふふっ、一花ちゃんのほっぺはぷにぷにだ。それに良い匂いがする」


 ナイトは一花の頭に顔を近づけ、鼻をひくつかせながら、一花の匂いを嗅いだ。そして、顔を離すと、無理やり一花の口をすぼめ、舌なめずりした。その視線は、一花の柔らかそうな唇に釘付けである。


「お、お願い。や、やめてっ」


 一花は鳥のように必死に口を動かし、懇願する。しかし、ナイトは穏やか表情で言った。


「【催眠魔法】を使う上で大事なことは何かわかる? それは相手の精神をとにかく揺さぶることなんだ。一花ちゃんは、メンタルが強いとはいえ、多感な15歳の女の子。僕がキスをしたら、一花ちゃんはもっと僕のことを好きになってくれるかな?」


「な、なるわけないでしょ!」


「そっか。なら、確かめてみよう。お前らも、僕たちを祝福しろ」


 ナイトはドローンに言い放つと、口をすぼめ、一花に口づけしようとする。


 焦るコメント欄。


@nene:おい、やめろ!

@yoxi:誰か早くいっちを助けて!

@aoi:このままじゃ、いっちが!

@pamu:ギルド、さっさと動け!

@aaa:こいつ、無敵の人かよ


 一花は目を強く瞑って懇願する。


(絵麻! 誰か助けて!)


 ――一花が湿った吐息を鼻先で感じたとき、人の気配があって、ナイトの動きが止まる。


 ナイトの顔が離れ、視線が動く。一花もその視線を追った。


 二人の視線の先には、シルクハットを被ったマジシャン風の少年が立っていた。


 新たな不審者の登場である。


 少年はシルクハットを上げて、にやりと笑った。


「こいつは穏やかじゃないですねぇ」


「なっ、誰だ、お前は!」とナイトは目を怒らせる。


「名乗るほどの者じゃないですけど、通りすがりの大奇術師マジシャン、水面陽介です。以後、お見知りおきを」


 陽介の登場にコメント欄でも疑問が生じる。


@yoxi:誰?

@nene:知らん

@ogi:いっち今のうちに逃げて!!!


 ナイトは動揺しつつも、陽介を睨みつける。


「めちゃくちゃ名乗ってるじゃねぇか。それより、邪魔だどっかに行け! 僕たちは今、愛し合っているんだ!」


「……へぇ。残念ながら、そうは見えませんよ。野獣が美女を襲っているように見える。もちろん、悪い意味で」


「だ、誰が、野獣だ!」


「自覚があるなら、すぐにそこから離れた方が良いですよ。じゃないと、俺があなたを攻撃することになります」


「はん? お前にそれができるかな? おい、これを見ろ!」と言って、ナイトはローブの前を広げた。


 再びの精神攻撃。――が、陽介はナイトの一物をじっと眺め、自分のスーツのパンツに手を掛けた。


「ちょっ、ちょっと、何をするつもり!?」と声を荒げたのは、一花であった。


 陽介は涼し気な顔で語る。


「そちらが見せるなら、こちらも見せねば無作法というもの」


「そんなわけあるかぁ! や、やめなさいよ!」


「……わかりました」


 陽介がスーツのパンツから手を放すと、一花はほっと胸を撫でおろした。しかし、それも束の間のこと。すぐに顔を上げて言う。


「気を付けて! こいつ、動揺させて【催眠魔法】を掛けるつもりよ」


「あ、こら、黙れ、一花!」


 ナイトに命令され、一花は口を閉じる。が、忌々しそうにナイトを睨んだ。陽介の登場で、一花のメンタルが回復したのである。


「くっ」


 ナイトは焦る。同性に対し、催眠を掛けるための動揺を誘うような術が思いつかなかった。その顔に、脂汗が浮かんだところで、陽介は言う。


「――あなたも催眠魔法マジックが使えるんですね。奇遇なことに、私も使えるんですよ」


「な、何ぃ!?」


「だから、お見せましょう。私の催眠奇術マジックを」


 陽介は不敵な笑みを浮かべて言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る