第05話 不審者
そのタイミングで、ダンジョン配信用のチャンネルも開設したのだが、地上での雑談配信がメインで、ダンジョン配信は一回だけだった。
それでも、一部の界隈で有名だったことや見た目が可愛いこともあって、登録者はそれなりに増える。
そして今日は、きまぐれでダンジョン配信を行うことにした。
準備を整えた一花は、ドローンを起動し、カメラに向かって手を振る。
「こんにちは~。一花だよ~」
スマホを見ると、黒い<魔術師のローブ>と黒い<魔術師の三角帽子>を被った自分の姿が映し出されており、画面の左下にコメントが流れていた。
@pamu:こんにちは!
@yoxi:ちは!
@nene:今日もかわいい♡
一花はそれらのコメントを眺め、微笑む。
「みんな、ありがとう!」
@nene:今日はどうしたの?
「ん。絵麻がちょっと遅れてくるらしいから、それまでダンジョン配信でもやろうかなと思って。前に要望ももらっていたしね」
@knight:覚えていたんだ!
@yoxi:うれしい!
@pamu:ダンジョンって怖いの?
「慣れれば、そうでもないよ」
@aaa:楽しみ!
@ogi:いっちの活躍が楽しみ
@pamu:女の子一人で大丈夫?
「大丈夫じゃないかな。絵麻もすぐに来るだろうし、皆もいるからね」
@ogi:お~何かあったら任せろ~!
@knight:そうだね。僕もいるから安心して
@pamu:がんばれ~
@knight:とりあえず、これ (`・ω・´)⊃\1,000
@yoxi:ナイスパ
ナイトからのスパチャを見て、一花は思う。
(この人、いつもスパチャをくれるなぁ。大丈夫なのかしら?)
ナイトの懐事情は気になるが、自分が心配することでもないかと思い直し、一花は微笑みかけた。おそらく金に余裕のある社会人なのだろう。
「ナイトさん。いつもありがとう! 大事に使わせてもらいます。それじゃあ、少し探索でもしようかな」
一花は歩き出す。洞窟を歩きながら、ダンジョンに関する知識を話していると、皆が褒めてくれるから、楽しくなってきた。
そして、前方にスライムが二体現れる。
@yoxi:いっち逃げて~
@pamu:大丈夫?
視聴者のコメントを眺め、一花は不敵に笑う。
「大丈夫。これくらいなんてことないよ」
一花は持っていた一メートル弱の<魔法の杖>を構えた。
一花が【火炎魔法】を発動すると、杖先で炎が渦巻き、火球となる。
「いけっ!」
掛け声と同時に、火球が飛ぶ。火球はスライムに直撃し、軽い爆発が起きた。それでスライムの体が溶け出し、光の泡となって消える。
一花はもう一度【火炎魔法】を発動し、もう一体のスライムも倒した。
「ふぅ」と息を吐いて、スマホを確認する。
@aaa:すごい!
@ogi:いっち最強!
@pamu:強い!
自分を称賛するコメントで、一花は鼻が高くなった。
「ふふん。そうでしょう」
しばらくコメントを眺め、一花は言う。
「はい。ということで、今日はこの辺で終わりにしようかな」
@aaa:え~
@ogi:もっとみたい
@pamu:私も!
@yoxi:短いよ~
@nene:もっと~
「……仕方ないなぁ。なら、もう少し続けよう!」
@ogi:やった!
@aoi:最高!
@pamu:ワクワク
一花の顔がにやつく。褒められて、悪い気はしなかった。
「それじゃあ、探索を続けまーす!」
一花が歩き出そうとしたときのこと。じゃりっと土を踏む音が聞こえ、顔を上げる。前方に、<戦士のローブ>を着た太った体つきの男がいた。髪はボサボサで眼鏡を掛けている。鼻息が荒い様子に、一花は顔をしかめる。良くないものを呼び寄せてしまった感覚があった。だから、刺激しないように微笑みかける。
「こんにちは」
「ふ、ふふっ。ようやく会えたね、一花ちゃん」
「えっ」
一花は困惑する。目の前の男とは初対面のはずだ。コメントにも困惑が伝播する。
@yoxi:誰?
@aoi:チー牛?
@aaa:何かやばくね?
「あ、あの~。どちら様でしょうか?」
一花は努めて冷静に対処する。
「僕だよ。ナイトだよ。一花ちゃんが一人で心配だったから、助けに来たんだ」
「ナイト? あぁ……よく、スパチャをしてくださる。いつもありがとうございます。もしかして、配信を見て?」
「うん。一花ちゃんが一人で心配だから。一花ちゃんを助けるのが僕の仕事だし。僕は一花ちゃんの
「そうなんですね。ありがとうございます」
一花は感謝するも、内心では焦り始めていた。かなり厄介なタイプのファンらしい。
(これがあるから、ダンジョン配信はあんまりしたくないんだよね)
一花は嘆く。場所を特定し、突撃してくる迷惑なファンがいることは、他の配信者の話から聞いていた。だから、ダンジョン配信は避けていたのだが、平日の昼ということもあって、今日は大丈夫だろうと思ってしまった過去の自分を殴りたい。
(とはいえ、楽しかったのも事実だし、できるだけ刺激しないで帰ってもらおう)
一花はスマホをチラ見する。
@pamu:やばっ
@ogi:いっち早く逃げた方が良いのでは?
@nene:一応、通報しておくか
視聴者の通報コメントを信じ、一花は視線をナイトに戻す。
「えっと、あたしのために来たってことですよね?」
「うん」
「ありがとうございます。でも、そろそろ絵麻も来るし、大丈夫ですよ」
「ふーん。なら、二人とも僕が守ってあげるよ」
「いや、大丈夫です。ナイトさんもお仕事があるだろうし」
「大丈夫。僕の仕事は一花ちゃんを守ることだから。さぁ、一緒に行こう」
ナイトが一歩踏み出すと、一花は思わず一歩下がる。ナイトがさらに一歩踏み出すと、一花も一歩下がった。それが癪だったのか、ナイトは眉をひそめる。
「どうして逃げるの?」
「逃げてないですよ」
「いや、逃げてるだろ」
ナイトが再び近づく。一花は何とか堪えようとしたが、我慢できずに下がってしまう。
「逃げてるだろ!」
ナイトが怒鳴った。一花はビクッと震えるも、すぐにナイトを睨み返した。一花は理不尽に怒鳴られるのが嫌いだった。
「何だ、その顔は!」
それで怒りのスイッチが入った一花は、臆することなくナイトに怒鳴り返した。
「いい加減にしてください! 迷惑です!」
「なっ」とナイトは面食らう。反撃されるとは思っていなかった様子。
一花はなおも反撃を止めない。
「それ以上、近づいたらギルドに言いますからね! それに、この状況は配信されているんですよ? わかってますか? あなたのやっていることは、動画として残るんですよ!」
一花に怒鳴られ、ナイトは呆ける。
――が、「ふふふっ」と笑い出したので、一花は困惑する。
ナイトはねっとり絡みつくような声音で言った。
「怒ってる一花ちゃんも可愛いな」
「なっ、あなたねぇ」
「これは配信されているんだよね?」
「え? まぁ、はい」
「なら、皆に見てもらおうよ。僕たちの愛を」
「はっ、何を言って――」
そのとき、男が勢いよくローブの前を広げた。それで、一花は言葉を失う。男はローブの裏側に一花の写真をたくさん張っていた。そして、下着はつけておらず、汚らしい下半身がむき出しになっていた。
コメント欄が荒れる。
@yoxi:ぎゃああああ
@pamu:変態だ!!!!!
@ogi:いっち逃げて!!!
@aaa:やばいよ、そいつ!
@aoi:いっち!!!!!
一花は脳の処理が追い付かず、動けなかった。
その様を見て、ナイトは糸を引くような笑みを浮かべる。
「動揺したね。僕はこのときをずっと待っていたよ」
ナイトが勢いよく手を叩いた。
シャン――と鈴が鳴るような音が聞こえ、一花の体がぶるっと震える。
「催眠完了。これで一花ちゃんは僕のモノさ」
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