第05話 不審者

 綿雪一花わたゆきいちかが、友達の雷塚絵麻らいつかえまとともに『迷宮入構許可証』を取得したのは、二か月ほど前のことである。


 そのタイミングで、ダンジョン配信用のチャンネルも開設したのだが、地上での雑談配信がメインで、ダンジョン配信は一回だけだった。


 それでも、一部の界隈で有名だったことや見た目が可愛いこともあって、登録者はそれなりに増える。


 そして今日は、きまぐれでダンジョン配信を行うことにした。


 準備を整えた一花は、ドローンを起動し、カメラに向かって手を振る。


「こんにちは~。一花だよ~」


 スマホを見ると、黒い<魔術師のローブ>と黒い<魔術師の三角帽子>を被った自分の姿が映し出されており、画面の左下にコメントが流れていた。


@pamu:こんにちは!

@yoxi:ちは!

@nene:今日もかわいい♡


 一花はそれらのコメントを眺め、微笑む。


「みんな、ありがとう!」


@nene:今日はどうしたの?


「ん。絵麻がちょっと遅れてくるらしいから、それまでダンジョン配信でもやろうかなと思って。前に要望ももらっていたしね」


@knight:覚えていたんだ!

@yoxi:うれしい!

@pamu:ダンジョンって怖いの?


「慣れれば、そうでもないよ」


@aaa:楽しみ!

@ogi:いっちの活躍が楽しみ

@pamu:女の子一人で大丈夫?


「大丈夫じゃないかな。絵麻もすぐに来るだろうし、皆もいるからね」


@ogi:お~何かあったら任せろ~!

@knight:そうだね。僕もいるから安心して

@pamu:がんばれ~

@knight:とりあえず、これ (`・ω・´)⊃\1,000

@yoxi:ナイスパ


 ナイトからのスパチャを見て、一花は思う。


(この人、いつもスパチャをくれるなぁ。大丈夫なのかしら?)


 ナイトの懐事情は気になるが、自分が心配することでもないかと思い直し、一花は微笑みかけた。おそらく金に余裕のある社会人なのだろう。


「ナイトさん。いつもありがとう! 大事に使わせてもらいます。それじゃあ、少し探索でもしようかな」


 一花は歩き出す。洞窟を歩きながら、ダンジョンに関する知識を話していると、皆が褒めてくれるから、楽しくなってきた。


 そして、前方にスライムが二体現れる。


@yoxi:いっち逃げて~

@pamu:大丈夫?


 視聴者のコメントを眺め、一花は不敵に笑う。


「大丈夫。これくらいなんてことないよ」


 一花は持っていた一メートル弱の<魔法の杖>を構えた。


 一花が【火炎魔法】を発動すると、杖先で炎が渦巻き、火球となる。


「いけっ!」


 掛け声と同時に、火球が飛ぶ。火球はスライムに直撃し、軽い爆発が起きた。それでスライムの体が溶け出し、光の泡となって消える。


 一花はもう一度【火炎魔法】を発動し、もう一体のスライムも倒した。


「ふぅ」と息を吐いて、スマホを確認する。


@aaa:すごい!

@ogi:いっち最強!

@pamu:強い!


 自分を称賛するコメントで、一花は鼻が高くなった。


「ふふん。そうでしょう」


 しばらくコメントを眺め、一花は言う。


「はい。ということで、今日はこの辺で終わりにしようかな」


@aaa:え~

@ogi:もっとみたい

@pamu:私も!

@yoxi:短いよ~

@nene:もっと~


「……仕方ないなぁ。なら、もう少し続けよう!」


@ogi:やった!

@aoi:最高!

@pamu:ワクワク


 一花の顔がにやつく。褒められて、悪い気はしなかった。


「それじゃあ、探索を続けまーす!」


 一花が歩き出そうとしたときのこと。じゃりっと土を踏む音が聞こえ、顔を上げる。前方に、<戦士のローブ>を着た太った体つきの男がいた。髪はボサボサで眼鏡を掛けている。鼻息が荒い様子に、一花は顔をしかめる。良くないものを呼び寄せてしまった感覚があった。だから、刺激しないように微笑みかける。


「こんにちは」


「ふ、ふふっ。ようやく会えたね、一花ちゃん」


「えっ」


 一花は困惑する。目の前の男とは初対面のはずだ。コメントにも困惑が伝播する。


@yoxi:誰?

@aoi:チー牛?

@aaa:何かやばくね?


「あ、あの~。どちら様でしょうか?」


 一花は努めて冷静に対処する。


「僕だよ。ナイトだよ。一花ちゃんが一人で心配だったから、助けに来たんだ」


「ナイト? あぁ……よく、スパチャをしてくださる。いつもありがとうございます。もしかして、配信を見て?」


「うん。一花ちゃんが一人で心配だから。一花ちゃんを助けるのが僕の仕事だし。僕は一花ちゃんの騎士ナイトだから」


「そうなんですね。ありがとうございます」


 一花は感謝するも、内心では焦り始めていた。かなり厄介なタイプのファンらしい。


(これがあるから、ダンジョン配信はあんまりしたくないんだよね)


 一花は嘆く。場所を特定し、突撃してくる迷惑なファンがいることは、他の配信者の話から聞いていた。だから、ダンジョン配信は避けていたのだが、平日の昼ということもあって、今日は大丈夫だろうと思ってしまった過去の自分を殴りたい。


(とはいえ、楽しかったのも事実だし、できるだけ刺激しないで帰ってもらおう)


 一花はスマホをチラ見する。


@pamu:やばっ

@ogi:いっち早く逃げた方が良いのでは?

@nene:一応、通報しておくか


 視聴者の通報コメントを信じ、一花は視線をナイトに戻す。


「えっと、あたしのために来たってことですよね?」


「うん」


「ありがとうございます。でも、そろそろ絵麻も来るし、大丈夫ですよ」


「ふーん。なら、二人とも僕が守ってあげるよ」


「いや、大丈夫です。ナイトさんもお仕事があるだろうし」


「大丈夫。僕の仕事は一花ちゃんを守ることだから。さぁ、一緒に行こう」


 ナイトが一歩踏み出すと、一花は思わず一歩下がる。ナイトがさらに一歩踏み出すと、一花も一歩下がった。それが癪だったのか、ナイトは眉をひそめる。


「どうして逃げるの?」


「逃げてないですよ」


「いや、逃げてるだろ」


 ナイトが再び近づく。一花は何とか堪えようとしたが、我慢できずに下がってしまう。


「逃げてるだろ!」


 ナイトが怒鳴った。一花はビクッと震えるも、すぐにナイトを睨み返した。一花は理不尽に怒鳴られるのが嫌いだった。


「何だ、その顔は!」


 それで怒りのスイッチが入った一花は、臆することなくナイトに怒鳴り返した。


「いい加減にしてください! 迷惑です!」


「なっ」とナイトは面食らう。反撃されるとは思っていなかった様子。


 一花はなおも反撃を止めない。


「それ以上、近づいたらギルドに言いますからね! それに、この状況は配信されているんですよ? わかってますか? あなたのやっていることは、動画として残るんですよ!」


 一花に怒鳴られ、ナイトは呆ける。


 ――が、「ふふふっ」と笑い出したので、一花は困惑する。


 ナイトはねっとり絡みつくような声音で言った。


「怒ってる一花ちゃんも可愛いな」


「なっ、あなたねぇ」


「これは配信されているんだよね?」


「え? まぁ、はい」


「なら、皆に見てもらおうよ。僕たちの愛を」


「はっ、何を言って――」


 そのとき、男が勢いよくローブの前を広げた。それで、一花は言葉を失う。男はローブの裏側に一花の写真をたくさん張っていた。そして、下着はつけておらず、汚らしい下半身がむき出しになっていた。


 コメント欄が荒れる。


@yoxi:ぎゃああああ

@pamu:変態だ!!!!!

@ogi:いっち逃げて!!!

@aaa:やばいよ、そいつ!

@aoi:いっち!!!!!


 一花は脳の処理が追い付かず、動けなかった。


 その様を見て、ナイトは糸を引くような笑みを浮かべる。


「動揺したね。僕はこのときをずっと待っていたよ」


 ナイトが勢いよく手を叩いた。


 シャン――と鈴が鳴るような音が聞こえ、一花の体がぶるっと震える。


「催眠完了。これで一花ちゃんは僕のモノさ」

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