第03話 はじめての探索

 ――八王子ダンジョン前。


 見上げると、青空が広がっている。夏休みの初日であったが、この夏休みが素晴らしいものになることを予感させるほど気持ちのいい晴れ模様だった。


 八王子ダンジョンは、山の麓にあり、ダンジョンへの入り口がある場所はコンクリートの壁で覆われていて、部外者は立ち入れないようになっていた。ギルドから委託を受けた探索者と数人の警察官で周囲を警戒している。


 陽介は壁の近くにある元々はアパートだった建物を訪れた。その建物は、ギルドが管理者から土地ごと買い取ったものであり、買収後、受付だけではなく、更衣室やトイレ、休憩場などの機能を有するギルド会館へと改修された。


 受付を済ませると、陽介は更衣室で着替えた。半袖短パンの上から奇術師のスーツとマントを着用し、白い薄めのグローブをはめ、黒いシルクハットを被る。孝彦に対するリスペクトから、奇術師マジシャンとしてダンジョン配信を成功させたい野望があった。


 陽介は、鏡の前でチェックを終えた後、ダンジョンのコンクリートの壁の前に移動し、許可証を見せて、中に入る。壁の中には空き地が広がっていた。こんな場所にダンジョンの入り口があるとは思えない。しかし、受付で借りた<探索者の指輪>を小指にはめた瞬間、空き地の中央に穴が開いている巨大な岩が出現した。これこそ、ダンジョンの入り口である。


「……行きますか」


 中に入ると、うだるような暑さが一転、ひんやりと肌寒い空気へと変わる。八王子ダンジョンは、洞窟型のダンジョンで、周囲は薄暗く、ゴツゴツとした岩肌がむき出しになっていた。


 ダンジョンに入るのは、これが初めてではない。講習で一回だけ入ったことがあるので、勝手は分かっていた。


 まず、「ウインドウ・オープン」と呟く。すると、目の前にウインドウが現れた。


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メニュー


◇装備一覧


◇消費アイテム一覧


◇アイテム化


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 この中から『装備一覧』を選択すると、画面が遷移する。


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◇装備一覧


武器A:


防具A:


装飾品A:


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 何も登録していないので、空欄のままだった。そこで、前の画面に戻り、『アイテム化』を選択し、着用しているスーツなどのアイテム化を試みる。アイテム化したものについては、ダンジョン外に持ち出すことができなくなるが、ダンジョン内ではいつでもどこでも装備ができるといった利点があった。また、アイテム化した武器じゃないと、モンスターにダメージを与えられないため、せめて武器だけでもアイテム化したい。


 数秒の後、アイテム化完了の音が鳴る。再度『装備一覧』で確認すると、しっかり登録できていた。


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◇装備一覧


武器A:奇術師のグローブ


防具A:奇術師のシルクハット


防具B:奇術師のスーツ


防具C:奇術師のマント


装飾品A:


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 陽介はにやりと笑う。奇術師のグローブはタネも仕掛けも無いただのグローブに思えるが、陽介のパワーを支える重要なアイテムだった。


 消費アイテムを確認すると、探索用に開発した特殊なトランプも消費アイテムとして登録できていたので、安心してウインドウを消す。


(ほんと、ゲームみたいなシステムだよな)


 陽介は感心する。ただ、順番が逆で、ダンジョンの仕様が先にあったと主張する人もいる。


 その人たち曰く、今日こんにちのゲームの仕様は、本来は観測できないはずのダンジョンが、偶然観測された際に、脳内で『アイデア』として処理された結果、生まれたものらしい。そして、ゲームにありがちなレベルやステータスといった仕様も、ダンジョン由来の可能性があるため、それらの数値を表示する方法があると彼らは考えている。今のところ、できていないが。


 だから、レベルやステータスなんかに関しては、AIに測定してもらうのが一般的なのだが、陽介はAIに与えるデータが不足しているため、現在は測定できない状態だった。早く集めたいところではある。


(まぁ、いいや)


 陽介は歩き出す。前回、ダンジョンに入ったときは、ただのチュートリアルだったので、本格的な探索はこれが初めてだった。ダンジョン内で遭遇するであろうイベントにワクワクしながら、先へと進む。


 そのとき、前方にスライムが現れた。水色で粘性のある液体。その中心に赤くて丸い核があり、その核を破壊すれば、手っ取り早く倒すことができる。


「せっかくだし、俺の奇術マジックが通用するか試してみるか」


 陽介はスライムに微笑みかけると、素早い正拳突きを繰り出した。空気が爆ぜるような音がして――スライムの核が体ごとはじけ飛んだ。陽介の拳圧である。核を失ったスライムの体は溶け出し、光の泡となって消えた。


「問題なく、俺の奇術が使えそうだな」


 陽介が喜んでいると、さらにモンスターの気配。二体のゴブリンが現れた。


「おっ。君たちも俺の奇術を見に来た感じ?」


 陽介の問いかけに、ゴブリンたちは敵意をむき出しにして、「ききっ!」と答えた。


 陽介はおもむろにトランプを取り出す。折角だし、他の奇術も試すことにした。


「いいね。なら、俺は今からトランプを二枚引くわ。そこに描かれている数の攻撃で、君たちを倒してみせよう」


 陽介はトランプを二枚引く。


「ききっ!」


「ききっ!」


 二体のゴブリンが、駆け寄ってきた。陽介は素早くトランプを確認する。


『♡1』


『♧2』


「おいおい、こいつは厳しすぎるだろ」


 しかし、その顔には余裕がある。陽介は速すぎるフォームで『♡1』を投げた。ゴブリンの一体が、棍棒を振り上げる。その額にトランプが深々と突き刺さり、「ぎゃっ」とゴブリンは後ろに倒れ、後頭部を打った。


「ききっ!」


 もう一体のゴブリンが、棍棒で殴りかかってくる。陽介はその攻撃を『♧2』で受け止めた。


「ききっ!」


 ゴブリンは愕然とする。モンスターながら、薄い紙のようなものに攻撃を受け止められたのが信じられない様子。必死に押し込もうとするが、びくともしない。


「あ、やべっ。これって、攻撃にカウントされる?」


「ぎぎぎっ!」


「ありがとう。なら、これはノーカンで」


 陽介はゴブリンに微笑みかけると、ゴブリンの足を内側から払い、大きく足を開かせた。


「ぎゃっ!」とバランスを崩すゴブリン。その隙を逃さず、陽介は『♧2』を素早く振って、ゴブリンの首筋を切り裂いた。


「ぐ、ぎ、あぁ」


 ゴブリンは首筋からあふれ出る血を抑えながら尻餅をついた。そのまま項垂れ、体は光の泡となって消える。最初に倒したゴブリンの方に目を向けると、こちらも消えていた。


 陽介は一人で拍手して、奇術の成功を祝う。


 そして、ゴブリンなどの人型のモンスターを倒した際、少しでも生理的な嫌悪感を覚えたら報告しなければいけないことを思い出す。その嫌悪感を放置すると、重篤な精神疾患になってしまう可能性があるらしい。


 しかし、とくに違和感のようなものはなかった。モンスターはモンスターと割り切って攻撃できている。この割り切りの良さは、精神試験でも褒められた。


 なので、先ほどのゴブリンを倒した場面を思い返す。


(急所を狙えば、簡単に倒せるな。これを活かして、何か奇術ができないものか)


 数秒の思案の後、思いつく。


(これを配信したら、きっとウケるだろうな……)


 陽介はにやにやしながら頬を撫でた。

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