第02話 ダンジョンと探索者

 ――200X年。


 アステカの遺跡で、装着すると異次元空間への入り口が見えるようになる不思議な指輪が発見され、世界中に衝撃が走った。


 その指輪を装着した軍の関係者が、探検者として異次元空間に入ってみると、そこにはスライムやゴブリンといった凶暴な生命体モンスターが存在した。


 それらのモンスターから攻撃を受けた探索者は死を覚悟したが、目覚めると異次元空間の入り口前に戻っていた。


 このことから、異次元空間では死なないことが判明する。


 さらに、<探検者の指輪>と名付けられた、この奇妙な指輪は世界中の遺跡から大量に出土し、各国で異次元空間の入り口が発見された。


 各国の政府が軍や警察と連携しながら、この『ダンジョン』と名付けられた異次元空間を探索したところ、ダンジョンには地球とは異なるルールが存在することが明らかになる。


 例えば、ダンジョン内に存在するモンスターが、ダンジョン外には出現しない、というより、出れないことがわかった。このことは、有識者による実験でも確認されている。


 また、ダンジョン内には特殊なアイテムが存在し、探索者はこのアイテムを介し魔法を使うことができた。このアイテムに関しても、ダンジョン外には持ち出すことはできず、無理やり持ち出そうとすると消滅する。そのため、ダンジョン内で発見された資源が、市場に出回ることはなかった。


 そして、前述のように、ダンジョン内でどれほど攻撃を受けても、ダンジョン内で死ぬことは無かった。それどころか、怪我すらしない。しかし、ダメージ自体は存在するらしく、致死的な量のダメージを受けた場合は、ダンジョンの入り口前へ飛ばされた。


 これらのことが明らかになると、世間のダンジョンに対する認識が『恐怖』から『興味』へと変わり、ダンジョンは、宇宙、深海に続く第三のフロンティアとして、活発な議論が起きる。


 ある人は、探索者の指輪による集団幻覚だと言った。宇宙人からの贈り物だという人もいる。その中で多くの支持を集めたのが、『異次元仮説』と呼ばれる仮説だ。ダンジョンは昔からこの世界に存在していたが、人間には認識できない異次元の存在であるため、観測できなかった。しかし、<探索者の指輪>の効果によって、次元処理能力が向上した結果、それに干渉できるようになったというものだ。ダンジョンに魔法が存在し、死の概念が無いのも、人間が認識できない次元のルールによって成り立っているためだとこの仮説の支持者は言う。


 だが、それを裏付ける証拠も無いので、人類は探索を続け、ダンジョンを理解する必要があった。


 そこで問題になったのが、誰が探索をするかということだ。それまでは、危険性を鑑みて、軍や警察の人間が対応していたが、ダンジョン内で死なないなら、他にも仕事があるだろうし、軍や警察の人間じゃなくても良いのでは? という意見が出始める。


 そして、<探索者の指輪>が大量に発見されたこともあり、許可を得た一般人ならダンジョン探索ができるようになった。


 日本でも、政府が内閣府に設置した『迷宮対策委員会』(通称、ギルド)が発行する入構許可証を有する者は、ダンジョン探索ができるように法整備が行われる。


 こうして、一般人にもその門戸が開かれ、許可がある人間ならば誰でもダンジョン探索ができる時代に突入する。


 これが、陽介が生まれた頃の話であった。


 それから15年ほど経ち、現在ではダンジョン内の様子を配信する技術が確立され、そこにビジネスチャンスを見出した大企業が投資したことで、ダンジョン配信は人気のコンテンツになっていた。


 だから陽介も、ダンジョン配信のことは知っており、孝彦からの提案を受けて、すぐに行動することができた。


 ダンジョン配信をするためには、ダンジョンへ入構するための許可証が必要になる。その許可証は15歳以上から取得できるのだが、未成年が取得する場合には、保護者の同意が必要なので、陽介は祖父母に許可を貰うことにした。


 帰宅すると、デリバリー用のリュックを背負い、ロードバイクから下りる祖父の文司もんじがいた。


 文司が陽介に気づき、70代前半であったが、老いを感じさせない若々しい笑みを陽介に向ける。


「おう、おかえり」


「ただいま」


 そこで陽介は、文司の着ているシャツに気が付いた。流行っているゆるいアニメのキャラクターがプリントされていた。


「爺ちゃん、それ」


「ああ、これか。なんか、流行っているらしいな。アニメを見ただけでは、その良さがよくわからんかったから、こうやっていつも一緒にいれば、何かがわかるかもしれないと思って着ているんだ。それに、このシャツを着ていると、子供からよく声を掛けられるんだ」


「へぇ」


「陽介も着るか?」


「いや、着ない」


 陽介はさっさとダンジョン配信の許可を貰おうと思い、続ける。


「話は変わるんだけど、ダンジョン配信をしようと思っているんだが、やってもいい?」


「ダンジョン配信? まぁ、学校をサボるようなことがなければ、いいんじゃないかな」


「わかった。ありがとう」


「一応。婆さんにも確認しておけよ?」


「ああ」



 と言うことで、祖母がいる部屋を訪れる。扉を開けると、猫耳のヘッドホンをつけた祖母の寅子とらこがいた。


「あら、おかえり。ご飯は待ってて。すぐ作るから」


「うん。それはいいんだけど、配信をしていたの?」


「ちょっとだけ、やっていたんだにゃん」


 70代前半の招き猫ポーズを見て、陽介は苦笑する。寅子はVtuberとして活動していた。登録者は1万人程度だが、小遣いを稼ぐのにはちょうど良いらしい。


「そっか。あの、話は変わるんだけど、俺、ダンジョン配信をやってみようと思うんだけど、いい?」


「爺ちゃんには言ったの?」


「許可は貰った。で、婆ちゃんにも確認しろって」


「ふーん。陽介がやりたくてやるの?」


「ああ」


「なら、いいんじゃない。必要なら、配信者の先輩としていろいろ教えてあげるにゃん」


 再びの招き猫ポーズに苦笑しつつ、陽介は「ありがとう」と返した。


 こうして祖父母からの許可を得た陽介は、ダンジョンの入構許可証をとるために必要な体力試験と筆記試験、精神試験メンタルテストに申し込んだ。


 二週間かけて、それぞれの試験を受ける。


 体力試験では、高校年代のスポーツテストでほぼ満点を取るくらいの身体能力が求められたが、難なく合格。


 筆記試験は、そもそも難しい問題が出題されないため、一週間ほどの対策で合格。


 精神試験に関しては、煙草と加齢臭がひどい密室で、強面のおっさん五人と圧迫面接を行った。ダンジョンでは死なないとはいえ、臨死体験を味わうこともあるので、それに耐えうる精神力があるかが問われる。


 ある面接官から、「お前は父親と母親に捨てられたみたいだけど、どう思う?」と質問された。


 陽介はそれに対し、爽やかな表情で返す。


「この世界を楽しむ機会を与えてくれただけで両親には感謝しています。二人の今については知りませんが、もしも会うことができるなら、『ありがとう』と伝えたいです」


 この回答で面接官たちを逆に困惑させた。その後も、面接官からの重圧をのらりくらいとかわし、途中でグロ画像を見せられたり、ハプニングなども起きたが、冷静に対処したところ、圧迫面接に関してはその場で合格を言い渡され、その後の精神科医による診察でも問題が無いとの結果をもらい、精神試験も合格した。


 こうして『迷宮入構許可証』を取得した陽介は、さらに一週間ほど講習を受けた後、ダンジョン配信者としての一歩を踏み出すため、初心者向けのダンジョン『八王子ダンジョン』へと向かった。

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