パワー系奇術師、ダンジョン配信中の美少女を助けたら、バズってしまう

三口三大

第01話 恩返し

 ――ある日の夕方。


 水面孝彦みなもたかひこは自身が経営するマジックバーの裏で煙草を吸っていた。家では煙草が禁止されているため、孝彦にとっては、その時間が何事にも代えがたい至福の時間であった。


「今日も頑張りますか」


 孝彦が紫煙を吐き出した瞬間――店内から雷鳴のような大きな音が聞こえた。


「な、何だ!?」


 孝彦は慌てて店内に入り、ステージ上の惨劇を見て、口をあんぐり開ける。


 木の机が真っ二つに割れ、その上にあった箱とその中に入っていたと思しきマネキンも真っ二つになっていた。しかもその断面は、刃物で切断したようなきれいなものではなく、何かで叩き割ったとしか思えない荒々しいものだった。


 孝彦の脳みそが理解するのを拒んでいると、そのステージ上にいた甥っ子の水面陽介みなもようすけと目が合う。黒髪で野性味がある少年は、焦った様子で言う。


「安心して、タカにい。この箱とかは自分で用意したやつだから」


「いや、おまっ、これ、えっ、何をしたの?」


「人体切断奇術マジックだけど……」


「いやいや、えっ、どうやって切断したの?」


「こうやって」と言って、陽介は手を縦に振った。


「もしかして、手刀?」


 陽介はこくりと頷く。


 孝彦は口を開けたまま言葉が出てこなかった。手刀でこんなことができるはずが無い――と言いたいところだが、目の前の甥っ子ならそれができるだろう。陽介は線が細いように見えるが、見た目からは想像できないほどのパワーを有し、これまでも不可能を可能にしてきた。


「……タカ兄?」


「ん? あぁ」


 孝彦は壊れた箱を見て、頭が痛くなってきた。こめかみを抑えながら言う。


「その箱とマネキンはどうしたの?」


「廃品として貰ったやつ」


「で、その箱に仕掛けは?」


「タネも仕掛けも無いよ」


「で、それを手刀で切断する、と……。切断マジックは、仕掛けのない箱でやるもんじゃないよ。それに、何で手刀なんだよ。普通、ギロチンとかの刃物を使うだろ」


「でも、俺、高校生だし、刃物を使うのって危なくね? だから、刃物を使わずに、刃物を使うことが推奨された奇術をするとなると、手を使うしかないじゃん」


「そりゃあ、まぁ、本物の刃物だったら危ないだろうけど、マジックで使う刃物なんて実際おもちゃだったりするから、陽介でも使えるぞ」


「そうかもだけど、それならこっちの方がウケるじゃん」


 孝彦はため息を吐きそうになる。陽介が言っているウケはお笑い的な意味だろう。そして、マジックはウケ狙いでやるものではない。壊れた箱に視線を戻し、眉をひそめる。


「その机は、貰いものじゃないよね?」


「それは……すみません」


 陽介の申し訳なさそうな顔を見て、孝彦は気難しい顔で頭を掻く。陽介も悪気があってやったわけではないことが想像できるだけに、厳しく叱りつけることができなかった。そもそも、他人に怒るのが苦手というのもあるが。


(でも、このままだと、店が破壊されかねないぞ)


 孝彦は考える。陽介がバーを手伝いたいと言い出しのは、陽介が高校に入学した三ヶ月前のこと。最初は掃除だけお願いしていたのだが、ショーをやりたいと言い始めたので、試しに常連客の前でやらせてみた。


 そして、陽介が披露したマジックが、『リンゴ消失奇術マジック』と称し、握力でリンゴを握り潰すものだった。これが思いのほか客に好評だったので、それ以来、ショーも任せていたのだが、最近は力業が過ぎるパフォーマンスに、客も引き始めていた。


 それで、陽介も焦っているのか、さらに過激なことをやり始めるし、店を物理的に壊すのも時間の問題な気がしていた。この間も、『痛み消失奇術マジック』と称し、火の上を歩こうとしていたし。


(今が良い機会かもしれない)


 孝彦は前々から決めていたことを陽介に伝えるため、心を鬼にして、陽介に向き合う。


「陽介」


「何?」


「今後、ショーへの出演は禁止な。だから、もうマジックの練習はするな」


「えっ」と陽介は驚き、右の拳を握った。


 孝彦は慌てて身を引く。


「お、おい。暴力は止めろ!」


「いや、べつに殴る気はないけど。それより、何で出演が禁止なの?」


「方向性の違いだ」


「方向性?」


「ああ。うちは本格的なマジックを楽しめる店にしたいんだ。でも、陽介のそれは本格的とは言い難い。だから、禁止」


「俺の奇術も本格的だけどなぁ」


 孝彦が冷めた感じを出すと、陽介は首を竦めた。


「ただし、本格的なマジックをする気があるなら、ショーへの出演も認めよう。というか、その気になれば、本格的なマジックもできるだろ?」


「まぁね。でも、それじゃあ面白くないじゃん」


「うん。まぁ、陽介のやりたいこともわかるよ。本格派をフリにすることで、力業によるウケが欲しいんだろ? でも、それはうちの客が望んでいることじゃない。だから、本格派のマジックができないなら、ショーへの出演は禁止」


「……わかったよ。でも、それじゃあ、俺はこれからどうやって皆に恩返しをすればいいのさ」


 陽介の母親、つまり、孝彦の姉は昔から奔放すぎる人物だった。陽介に関しても、出産していたことを両親にも知らせず、二人に赤子の陽介を預けると、そのままどこかに消えて、現在も音信不通である。そのため、両親が親代わりとなって陽介を育て、当時大学生だった孝彦も、弟だと思って陽介に接した。陽介はそのことに恩を感じているらしい。


「勉強を頑張って、良い会社に入って、良いお嫁さんをもらって、爺さんと婆さんにひ孫でも見せてあげたらいいんじゃねぇの?」


「タカ兄は、人のお嫁さんの心配をしている場合じゃないでしょ?」


「う、うるせぇ。いいんだよ、俺は。そういうんじゃないから。とにかく、普通にしてくれれば、それで喜ばれると思うぞ」


「でも、それじゃあ、俺は納得できないというか、もっと大きなことで恩返ししたいんだよね。ここの仕事を手伝っているのも、ここからビッグになるつもりだったからだし」


 陽介の拳を握る力が強くなる。その姿に、姉の面影が重なった。天邪鬼というか、奇をてらうところは姉に似ている。


(そんなところまで遺伝しなくていいのに)


 孝彦は呆れながら言う。


「何で大きさにこだわるの? 大事なのは気持ちじゃね?」


「それくらいのことをやってもらったと思っているから。だって、爺ちゃんも婆ちゃんも、年金暮らしを楽しむ歳だろうに、毎日働いているじゃん」


「まぁ、あの人たちは好きでやっているところがあるから」


「タカ兄も俺のことが心配で結婚できないんでしょ?」


「ばっ、おまっ、俺が結婚できないことをいじってんじゃねーぞ」


「とにかく俺は、自分の行動で感謝の気持ちを表したいと思っている。そして、俺の感謝の気持ちは『普通』ではないから、大きなことでその感謝の意を示したいんだ」


 陽介が真っすぐな瞳で見つめてきたので、孝彦は困り顔で頭を掻く。陽介がマジなのはわかった。だから、少し変わった提案をしてみる。


「なら、ダンジョン配信者でもやってみたら?」


「ダンジョン配信者? 何で?」


「これは俺の勘なんだけど、陽介のファンタジーめいた才能は、ダンジョンでこそ活きると思うよ。それに成功すれば、間違いなくビッグになれる」


「ダンジョンか……」


 ダンジョンは20年ほど前に発見されたもので、当時はかなり混乱したものの、今では普通に受け入れられている。


 陽介もその存在は知っていて、数秒の思案の後、頷いた。


「……まぁ、タカ兄がそう言うってことは、そうなのかもな。わかった。なら、少しやってみてから考える」


「ああ。それが良いと思う」


「安心してくれ、タカ兄。もしも、俺が有名な配信者になったら、この店の宣伝もちゃんとするから」


「いや、それは遠慮する」


「何でだよ」


「うちは本格派だからな」


 孝彦はからかうように笑った。


 ――そして、孝彦は後に知ることになる。このただの思い付きで、とんでもない化け物が生まれてしまったことを。

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