中編

 家の横にある薬草畑の世話をしていた少女は、名前を呼ばれて振り返りました。声からわかっていたとおり、歩み寄ってくるのは少年でした。


 この春十五歳になった少年は、この一年ほどでぐんぐん背が伸びて、今ではもう大人のような体つきでしたが、微笑みを浮かべているその顔はまだどこか幼くて、昔の面影をはっきりと宿していました。


「狩りはどうだった?」


 少女が尋ねると、少年は歯をのぞかせて笑いました。


「大成功だったよ。ほら、これが僕の分の分け前」


 言って、少年は右手にぶら下げていた肉の塊を持ち上げます。少年は同様に狩りを生業にしている他の男たちと一緒に、大規模な狩りに行っていたのです。


「僕一人じゃ食べきれないから、君の家で料理してもらって、一緒に食べようと思って」


 少年の母親は去年病気で死んでしまったので、少年は一人暮らしをしています。少女の家で食事を取るのも珍しくありませんでした。


 でも、少年がこうして狩りの獲物を持ってきてくれたのは、男手がない少女の家でも肉を食べられるように、という配慮からなのだと、少女は知っていました。


 少年は少女や少女の母親ほどではありませんが料理ができますし、食べきれない肉は塩漬けや燻製にして保存すればいいのですから。


 少女や少女の母親が遠慮しないように気をつかってくれる少年の優しさが、少女は大好きでした。胸がほんわりと温かくなって、大きな笑みが浮かびます。


「じゃあ、私が料理するね」


 少女は手を伸ばして、少年から肉の塊を受け取りました。その拍子に二人の手と手が触れあって、少女はさっと頬を赤らめました。反射的に手を引いてしまったので、肉の塊が地面に向かって落下していきます。


「あ……っ!」


 少女は慌てましたが、肉の塊が地面にぶつかる前に少年の長い腕がひょいっと伸びて、それを受け止めていました。


「危なかったね。はい、今度は落としちゃだめだよ」


 いたずらっぽく笑いながら再び肉の塊を差し出してくる少年に、少女は一層顔を赤くしながら、今度はしっかりと肉の塊を受け取りました。


「落とさないよ。大丈夫。……じゃあ、料理してくるね」


「うん。僕は畑の雑草取りをしているよ」


「お願い」


 少年に背を向けて家の中に入りながら、少女はドキドキと脈打つ心臓を押さえていました。少年の手に触れた指先がじんじんと熱く感じられます。


 そう、少女は少年に恋をしていました。いつからかはわかりません。初めて会った日からだったのかもしれないし、一緒に過ごすうちに少しずつ恋心が育っていったのかもしれません。


 どちらにせよ、少女は少年が大好きで、いつか少年のお嫁さんになりたいと思っているのです。


 でも、少年が少女のことをどう思っているかはわかりません。大事に思ってくれているのは確かですが、それは少女と同じ気持ちなのか、それとも友達や幼なじみに向けるものなのか、少女には判別がつかないのです。


 少年が優しい笑みを浮かべて少女を見つめてくれる時など、少年も自分を想っていてくれるのではないかと思うのですが、それは少女の願望がそう思わせているだけなのかもしれません。


 はっきりと少年に訊いてみればいいのでしょうが、そうすることで今の関係が壊れてしまったらと思うと、少女はなかなか一歩踏み出せずにいるのでした。


「これ、とってもおいしいよ。君は本当に料理が上手だね」


「あ、ありがとう」


 少女が作った夕食を笑顔で褒めてくれる少年に、少女は頬を熱くしながら、うつむきがちにお礼を言いました。


「おいしい料理を食べられるのは、あなたがお肉を持ってきてくれたおかげよ。ありがとう」


 少女の母親が微笑みながら、少年にお礼を言います。


「狩りの最中危ないことはなかった? 最近南の方から残虐な野盗の集団が流れてきたって噂を聞いたから、狩りの途中で出くわしてしまったりしないか心配していたの」


「ああ、うん。そうみたいですね。何でも面白半分に村を焼き払ったり、奴隷として高く売り飛ばせる若い女性をさらってそれ以外の人たちは皆殺しにしてしまったりする奴らだとか」


「そんな人たちが近くに来てるの? 怖いね」


 少女は顔を曇らせました。


「男衆の間では、夜中に見回りをした方がいいんじゃないか、って話が出ているよ。近々会合を開いて話しあおうかって言っていた」


 少年が、安心させるような微笑みを少女に向けます。


「見回りをすれば、野盗が襲ってきてもすぐに気づけて、無事に逃げ延びられる確率が高まるものね。もちろん、何事もなければそれが一番だけど、備えをしておいて悪いことはないでしょうし」


「僕もそう思います」


「でも、見回りって危険もあるでしょう? もし見回りの担当になったら、気をつけてね」


 少年の身を案じてそう言った少女に、少年は、もちろん、とうなずきました。


「大丈夫だよ。無茶なことはしないから。でも、心配してくれてありがとう」


「あ、当たり前のことだよ。だって……」


 少年は自分にとって大事な人だから、と言いたかった少女ですが、口ごもってしまって結局想いを言葉にすることはできませんでした。


 少年はちょっと首を傾けて、少女の言葉を待っているようでしたが、やがて口を開きました。


「そういえばね、狩りの最中に面白いことがあったんだよ」


 少女はほっとしたような残念なような気持ちで、少年の話を聞いていました。少年は少女を気づかって話題を変えてくれたのでしょうが、少女が何と言いたかったのか少年が尋ねてくれれば、少女も思いきって気持ちを伝えられたかもしれないのです。


 いつもは大好きな少年の優しさが、今だけは少し恨めしくて、少女は少年に気づかれないようにそっとため息を吐き出しました。


 その後は他愛もないお喋りが続き、少年は夕食を終えた後いつものように少女と少女の母親と共にくつろいだ時間を過ごしてから、自分の家に帰っていきました。


 時間はもうかなり遅く、とろりと深い闇が支配する中を、手燭を持った少年の背が遠ざかっていきます。


 少年の後姿を見つめながら、少女はまたもため息をつきました。いつかは少年と同じ家に住んで、夜になっても別れなくていい日が来ればいい、と少年を見送るたびに思うのです。


「そんな悩ましげなため息をつくくらいなら、早く告白すればいいのに」


 からかいもあらわな声に、少女は振り返りました。


「ほっといて。お母さんには関係ないでしょ」


「あら、関係なくはないわよ。娘の将来がかかってるんだもの。さっさとあの子とくっついて安心させてほしいわ」


「……あの人と私がくっつくのが決まってるみたいな言い方するのやめてよ。告白したって、振られるかもしれないんだから」


「そんなことないと思うわよ。あなたたち、どう見たって両想いだもの」


「親の欲目でそう見えるだけよ」


 そう言い返しながらも、少女は母親の言葉が真実であってほしいと心の中では願っていました。そんな少女の心境を見透かすような笑みを浮かべた母親は、けれどそれ以上少女をからかうのはやめたようでした。


「もう遅いし、寝ましょうか」


「うん」


 寝支度をして寝台に入った少女は、けれど手燭の火を消した後も、なかなか寝つけませんでした。どうしても少年のことを考えて、どうしたら少年にこの気持ちを伝えられるのか悩んで、目が冴えてしまうのです。


 何度目かの寝返りを打った少女は、ふと耳を澄ましました。遠くから何か叫び声が聞こえた気がしたのです。気のせいかとも思いましたが、続けて何度も似たような声が聞こえてきます。村の方で何か騒ぎが起こっているようです。


(こんな夜中に、何だろう?)


 気になった少女は、寝台から出ると、暗闇の中を手さぐりで歩いて居間に行き、家の扉を開けました。


 そして、目の前に広がる光景に息を呑みました。


 先程までは夜闇に支配されていたはずの村のあちこちが、赤く燃え上がっていたのです。村の反対側で、いくつもの火の手が上がっているようでした。


(な、何これ? 何が起きてるの?)


 呆然と立ちつくす少女の肩を、誰かがぎゅっとつかみました。


「きゃあっ」


 思わず悲鳴を上げて飛び上がった少女は、隣に立っているのが誰かに気づいて、胸をなで下ろしました。


「お、お母さん」


「逃げるわよ」


「え……?」


 母親の言葉の意味がつかめず戸惑っている少女の手を、母親は強い力で引きました。家から出て、ぐいぐいと森の方に引っ張っていきます。


「ま、待ってよ、お母さん。火事が起きてるなら、手伝いに行った方がいいんじゃないの? 怪我人もいるだろうし……」


「ただの火事だとは思えないわ」


 母親は足を緩めず、厳しい声で言いました。


「夕食の時の話を憶えてるでしょう? 例の野盗の集団が襲ってきたのかもしれない」


「あ、あの残虐な……!?」


「そうよ。だから森に隠れるの。そうすれば野盗に見つからずやり過ごせるはずよ」


 母親の行動が理解できた少女はそのまま森の方へ数歩歩きましたが、はっと足を止めました。唇から少年の名前がこぼれます。


「あ、あの人を助けに行かなきゃ」


 少年の家は村の反対側、火が上がっている方にあるのです。


「あの子なら大丈夫よ。機転がきく子だし、無謀でもない。きっと無事に逃げているわ。あなたが行ったって、足手まといになるだけよ。私たちは私たちが無事に生き延びることだけを考えるの」


「でも、でも、もしこの騒ぎに気づいてなかったら? 寝ている間に家が燃えて一人じゃ逃げ出せなくなってたら?」


 少年は眠りが深くて、一度寝るとよほどのことがない限り朝まで目が覚めない、と少女は聞いたことがあったのです。


 襲ってきた野盗や家の壁をなめる炎に気づかずにすやすやと眠っている少年の姿が、少女の脳裏に浮かんで、離れません。


「こんな騒ぎだもの。さすがに気づくわよ。いいから、早く来なさい」


 母親は苛立ったように少女の腕を引きますが、少女はその手を振り払いました。


「私、あの人の所に行く!」


「だめよ!」


 母親はもう一度少女をつかまえようと手を伸ばしてきますが、少女は素早く身を翻して、走り出しました。


 後ろから少女の名前を呼ぶ母親の声が聞こえます。その必死な叫びに心の中で謝りながら、それでも少女は足を止めませんでした。少年のことが心配で、彼の無事を自分の目で確かめたくて、たまらなかったのです。


 村の中心部に近づいていくと、悲鳴や怒声がはっきりと聞こえるようになりました。逃げ惑う村人たちや、それを追いかける見知らぬ男たちの姿が、炎に照らし出されています。


 母親の推測どおり、村が野盗の集団に襲われているのは間違いないようです。


 少女は物陰に身を隠し、息を潜めながら、必死に少年の家を目指しました。


 何とか野盗に見つからずに少年の家にたどり着いた少女は、燃え上がる家を前に、途方に暮れました。少年が中に取り残されていないか確かめたいのですが、炎の勢いは激しく、とても中に入ることはできそうにありません。


 裏側なら炎が少しは弱いかもしれない、と少女は家の裏に回りました。そして裏口の取っ手に手をかけた時、誰かが背後からぐいっと少女の肩を引きました。


 少女は悲鳴を上げましたが、大きな手に口をふさがれたため、くぐもった声しか出ませんでした。心臓が恐怖で縮み上がり、全身からどっと汗が噴き出します。


「静かに。大きな声を上げちゃだめだ。奴らに気づかれる」


 耳元でささやかれた言葉に、少女は一拍置いて体の力を抜きました。安堵が胸を満たします。


 少女が振り向くと、そこに立っていたのは、まぎれもなく少女が捜していた少年でした。


「良かった! 無事だったのね」


「そんなことより、何で君がこんな所にいるんだ!」


 押し殺した声で問いつめられて、少女は目をそらしました。今になって自分の行動がどれだけ無謀なものか実感がわいてきたのです。


「あなたのことが心配で……来ずにはいられなかったの」


「だからって、こんな危険な場所にわざわざ来るなんて……」


 少年は大分怒っているようでしたが、気持ちを切り替えるように一つ息を吐きました。


「今はそんな話している場合じゃないか。早く逃げよう。森に入るんだ」


「うん」


 少女と少年は連れ立って、村の端を目指します。もう少しで森に着く、というところで、二人の前に飛び出してきた人影がありました。


 少女と少年は息を呑んで立ち止まります。人影も二人に気づいたようで、足を止めました。炎の明かりで見えるその顔は、村人の物ではありません。


「ここにもまだ娘っ子がいやがったか」


 にい、と歪んだ笑みを浮かべる男に、少女の背筋に寒気が走りました。


「近づくな!」


 少年が少女の前に立ちふさがって、片手に持った短刀を構えます。


「粋がるなよ。おとなしくその娘を渡せば、見逃してやってもいいんだぜ?」


「そんなのお断りだ。この子は僕が護る」


 少年はきっぱりとそう言います。男はぺっと唾を吐くと、手に持った大剣を少年に向けました。


「ならおまえをぶった切って、娘っ子を貰っていくとするぜ」


「僕があいつを引きつけておくから、その間に逃げるんだ」


 恐怖に凍りついていた少女は、ささやかれた言葉に、思わず少年の肩をつかみました。


「だめだよ。あなたを置いてなんて行けない……!」


「君が無事に逃げたら、僕もすぐ後を追うよ。だから、行くんだ」


「でも……でも……」


「いいから行って! 早く!」


 叫ぶと、少年は男に向かって走り出しました。男がふるう大剣を何とかよけながら、攻撃する隙を窺っている様子です。


 少女はためらいましたが、自分がここに残っていては少年も逃げ出せない、と判断して、身を翻しました。


 来た道を戻って角を曲がろうとした少女でしたが、その時少女の前に燃える家がガラガラと崩れてきました。


「あっ!」


 少女は咄嗟に体をよじって炎と瓦礫をよけました。地面に倒れ込み、その勢いでごろごろと転がります。


 全身を打った痛みに耐えつつ、少女は何とか身を起こしました。そして目に入った光景に、愕然としました。


「そんな……」


 崩れてきた家は道を完全にふさいでしまっていたのです。炎のせいもあって、脇を通り抜けることもできそうにありません。


 つまり、少女と少年は、大剣を持った男と燃える瓦礫の間に閉じ込められてしまったのでした。


 少年が少女の名前を叫びます。


「怪我は!?」


「だ、大丈夫! でも、道が……!」


「はっはあ、これで袋の鼠だ。とっとと諦めて、おとなしく逝きな」


 男が大口を開けて笑いながら、大剣を振り回します。少女の方に気を取られていたせいか、少年はその斬撃をよけそこねてしまいます。


 少年の体から血飛沫が上がります。更に斬撃の勢いで吹き飛ばされた少年は、道の脇の石壁にぶつかって大きな音を立てました。


 少女は大きく口を開きましたが、その口からは悲鳴も少年の名前も出てきませんでした。あまりの衝撃に声を失ってしまったのです。


 石壁にもたれるようにしてぐったりと地面に座り込んでしまった少年に、男が大剣を振りかぶったまま近づいていきます。


「今楽にしてやるぜ、坊主」


「……だめっ!」


 少女の動きはほとんど無意識でした。ただただ少年を護らなければという思いで体が勝手に動いて、気づいた時には、男に駆け寄って体当たりしていたのです。


「お……うわっ!?」


 少女が自分に向かってくるとは考えていなかったのでしょう、男は体勢を崩しました。けれど、大剣を地面に突き立てて支えにして、地面に倒れ込むことは避けました。


 武骨な手が、男の腰にしがみつく少女の頭をわしづかみにしました。ぐいっと頭を引っ張られて、少女は男の体を離してしまいました。そのまま地面に投げ捨てられ、再び全身を打ちつけます。痛みに一瞬息がつまりました。


「危ねえなあ。お嬢ちゃん、横から割り込んでくるんじゃねえよ」


「そ……の人、に……手を出さないで……っ」


 息も絶え絶えになりながら。少女は何とか立ち上がり、男を睨み据えました。少年を護ることに必死で、恐怖はどこかに飛んでいっていました。


 そんな少女を見て、男はにやりと笑いました。


「いいねえ。気の強い女は好きだぜ」


 男は地面に突き立てたままの大剣を手放して、少女に向かって両腕を広げました。


「特別に素手で相手してやる。かかってきな」


「う……あああああああああっっっっ!!!」


 少女は雄叫びを上げながら、全速力で男に向かって走りました。がむしゃらに両腕を振り回して、男を殴ろうとします。けれど、男はあっさりと少女の攻撃を避けると、少女の腕をひっ捕らえ、ぐいっと地面に引き倒しました。そのまま背中にのしかかられて、少女の息が止まります。


「残念。ここまでだ」


 男は少女の耳に顔を近づけて言います。


「お嬢ちゃんじゃ俺らの相手にはなんねえのがよくわかったろ? なら、おとなしくしてるんだな。いい子にしてりゃあ、悪いようにはしねえからよう」


 男は少女より遥かに大きく力も強く、いくらもがいても少女を押さえ込む体はびくともしません。絶望に少女の目の前が真っ暗になった時、ドンッと男の体が衝撃に揺れました。


「な……」


「その、子から……離れ……ろ……」


 耳にこれ以上なくなじんだ声に、少女の胸に希望が噴き上がりました。


 次いで、男が「うわあああああっ!」と悲鳴を上げて、地面に転がります。


「目が……目がああ……っ!」


 急いで体を起こした少女の目が捉えたのは、顔を覆って地面にうずくまる男の姿でした。その指の間から、ぼとぼとと血が滴っています。その背にも短刀が刺さっているようでした。


 そして、少女のすぐ傍には、胸元を苦しげに押さえた少年が立っていました。


「大……丈……夫……?」


 少年がかすれた声で尋ねてきます。少女は何度もうなずきました。


「私は大丈夫。でもあなたが……!」


 よく見れば少年は左肩から胸元までばっさりと切り裂かれ、大量の血が服を染めて流れ落ちているのです。起き上がるのにさえひどい苦痛を伴うに違いないそんな重傷を負っているのに、少年は男を背後から刺し、目を潰して、少女を助けてくれたのでした。


「僕も……大丈……」


 言葉の途中で少年の体がぐらりと揺れました。どさりと地面に倒れ込みます。


 少女は少年の名前を叫んで、その体に取り縋りました。意識を失っている少年の体を何とか仰向けにして、自分の寝巻の裾を破いて少年の傷口に押しつけます。


(とにかく血を止めなきゃ……!)


 ですが、少女の手の中の布はすぐにぐっしょりと血で濡れてしまい、少年の出血は止まる気配もありません。


「止まって……お願い、止まって……!」


 少女は全力で少年の傷口を押さえますが、効果は見られません。少年の体の下にできた血だまりは大きくなっていくばかりです。


 あまりに大量の血を流しすぎたせいでしょう、少年の顔は赤々と燃える炎に照らし出されているのにもかかわらず真っ白です。


 少女が怖々と耳を少年の口元に近づけると、かすかに呼吸の音が聞こえるので、まだ生きているのは確かですが、このままではあと数分も持たないでしょう。


(どうしよう。どうすれば……)


 少女は救いを求めて周囲を見回しますが、助けてくれそうな人も、役立ちそうな物も見当たりません。そもそも少年のこの大怪我では、医者がいてもきっと手の施しようがないと言うでしょう。


「嫌……死んじゃ嫌……死なないで……。お願い、神様、この人を死なせないで……」


 少女の涙混じりの懇願にも応えはありません。魔女の願いなど、神様は聞いてくれないのでしょう。


(魔女……魔法? そうだ……!)


 少女ははっと息を呑みました。少年の命を救うある方法が、頭に浮かんだのです。


(でもこの方法だと私は……。それに、この人だって……)


 少女の考えついたやり方では、少年は命は助かっても、これまでとは全く違う体になってしまうのです。そんなことを少年は喜ぶでしょうか。あのまま死んでいれば良かった、と嘆くのではないでしょうか。どうして自分をこんな体にしたのか、と少女を恨むのではないでしょうか。


(だけど……だけど……)


 先程より更に色を失ったように見える少年の顔を見つめて、少女は新たに涙を一粒こぼしました。


「ごめんね……ごめんなさい……。これは私のわがままだってわかってる。それでも、私、あなたに死んでほしくないの。だから――あなたを呪うわ。それが、私があなたを救うためにできる唯一のことだから」


 少女は少年の胸に当てた両手から、全身を巡る魔力の全てを少年に注ぎ込みました。そして呪いをかけます。少女がかけられる唯一の呪い――不老不死の呪いを。


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