第15話 幕が上がる

 こんなにどきどきするのは初めてだ。

 学習発表会の時はいつも緊張する。一年生の時からずっとだ。失敗したらどうしようとか、うまくできるかなとか考えて前の日の夜も眠れなくなる。

 それは今年も一緒。

 でも、今日はちょっと違う。違うどきどき。

 係の子が幕のハンドルをくるくると回す。幕が上がっていく。拍手が聞こえてくる。

 今日のわたしに役はない。こうやって、舞台のはしっこで原稿用紙を握りしめて見ているだけ。

 一応、セリフとか忘れそうな子がいたらわたしに聞きにくるから教えるって役はあるけれど。それはちゃんと脚本を持っているからできるはず。うん、できる。

 だけど、今までで一番緊張する。


『五年一組・かぐや姫』


 本当はわたしがタイトルを言うことになりそうだった。でも、わたしができないって断ったから学級委員の佐藤さんになった。

 そうしてもらってよかったと思う。わたしにはマイクを持って、あんなハキハキした声で話せない。きっと、声が詰まったり裏返ったりしてしまう。

 だけど、原稿用紙は離さない。ちゃんと自分の役目はやろうと思う。


「長尾さーん、私のセリフちょっと見せて」

「あ、うん。横山さんのセリフは、ええと、ここだよね」

「ありがとう」


 舞台に聞こえないようにひそひそと話す。ちゃんと、誰がどのセリフなのか練習の時にもしっかり見ていたし、間違えないようにがんばって覚えた。

 舞台の上では、かぐや姫のお話が進んでいる。最初は誰でも知っている、そのままのかぐや姫。

 だけどね。

 ここから。


『美しく成長したかぐや姫の元には、大勢の若者たちが結婚を申し込みにやってきました。しかし、かぐや姫はその中から一人に決めることなんかできません』


 舞台の上で、かぐや姫役の子が困った顔をしている。キレイな浴衣を着ているおかげで、本当にかぐや姫みたいだ。

 若者たちもいい感じ。女の子も入っているんだけど、ずきんでいい感じに長い髪の毛の子も男の子みたいに見える。


「では、こうしましょう」


 かぐや姫が、若者たちに向かって言う。


「わたしの頼みを聞いてくれた人のところにお嫁にいきましょう」


 わあっと、若者たちが声を上げる。


「まず最初の頼みです。わたしに今まで見たことのないような踊りを見せてください」


 かぐや姫は続ける。


「次は、歌です。わたしは感動する歌が聴きたいです。最後に、合奏。たくさんの楽器を使って、聞いたことのないような演奏を聴かせてください。その中で一番わたしを楽しませてくれた人と結婚しましょう」


 客席がざわめく。

 かぐや姫ってそんなお願いしたっけ、と思ってもらえれば成功。

 本当なら、ここでかぐや姫は見つけるのが難しい宝物を持ってくるように言う。この世にあるはずがないもの。

 今思えば、そういうものを探しに行く冒険を劇にするのも面白かったのかな。わたしの好きなファンタジーな物語みたいに。こんなことが思い浮かぶなんて、書いているときは全然思い付かなかったのに不思議。

 焦っているときってダメなのかもしれない。

 でも、今回はこの前思い付いたものにしてよかったと思う。

 舞台では一部の若者たちが舞台の真ん中に集っていく。他の若者たちとかぐや姫、そして姫と一緒にいたおじいさん、おばあさんは左右によけて座る。

 準備完了。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る