第13話 少し悔しい

「……おい」


 小さくとなりの席から声がする。


「当てられてるぞ」


 また呼ばれてた?

 全然気付いていなかった。見れば縦に同じ列の子が、みんな黒板の前にいて計算を解こうとしている。

 空いている一つがわたしのかな。

 わたしはあわてて席を立つ。当てられたのがわたしだけじゃなくてよかった。一人で何かするのってすごく緊張する。みんなの中にまぎれていたほうが楽。

 って今、わたしが当てられてるって教えてくれたのは小林君だよね? この前からわたしの悪口ばっかり言っていると思ったのに、急にどうして?

 そんなに難しい問題ではなかったので、とっさのことでも計算することができたのはラッキーだった。

 色々考えちゃって止まることはよくあるけど、計算は答えが決まってるからありがたい。難しい問題は苦手だけど。


「はい、ありがとう」


 先生に言われて席に戻る。

 小林君にありがとうって言うべきかな。でも、さっき教えてくれたこと以外だとずっと嫌なことばかり言われてるし、どうしよう。

 そんなことを思っている間に、お礼を言うタイミングがなくなってしまった。席に戻ったときすぐに言わなかったから、後で言っても何のことで言ってるんだかよくわからなくなっちゃうし。

 いつもいつも、どうしようって思っている間に時間が過ぎる。

 せめて、ちゃんと授業を聞いていなくっちゃ。さっき当てられたばかりだから、今日はもう当てられないとは思うけど。

 目の前のことに集中しなくちゃいけない。

 そう思ってはいるのに、どうしても考えてしまう。

 小林君のことだけじゃなくて、かぐや姫のこと。先生はあれでいいって言ったけど、やっぱり気になる。

 わたしは、書いているときに楽しかった。でも、他の人には楽しいって感じられなかった。

 どうしてだろう。どうして?

 黒板には先生の手で計算式が書かれていく。

 いつもならそんなに楽しいとは思わないけど、なんだか今日は算数っていいなと思う。だって、答えが決まっていて正しい答えさえ出したら誰にも文句は言われない。

 そんなことを考えているわたしは、本当は国語の方が好きなんだけど。

 国語だって、テストの時は答えが決まっている。だけど、不思議だなって思うこともある。


『主人公がどう思っているか答えなさい』


 こういう問題の答えは、先生が授業中に言っている。聞き逃さないで、思い出して書けば正解。

 だけど、時々考えてしまう。

 本当に主人公は本当にテストの答えと同じことを思っていたのかなって。

 同じお話を読んだって、感想はそれぞれ違う。さっき、みんながわたしのかぐや姫を読んでいたみたいに。

 もちろん、すごくていねいに主人公の気持ちが書いてあるお話もある。でも、想像しないとわからないように書かれているお話もある。

 そんなとき、わたしは主人公と一緒に考え込んでしまう。

 その答えって、みんな一緒なのかな。算数と同じみたいに。

 それは、違う気がする。

 なら、きっとみんなが納得するものを書くのもすごく難しいんだ。まず、クラスのみんなが劇をやりたかったわけじゃない。

 小林君が文句を言っていたみたいにダンスがやりたかった子も、楽器を演奏したかった子も、歌いたかった子もいる。

 だからきっと、納得するのは難しい。

 それなら、わたしががんばっても意味がない?

 これ以上悩んでも意味がない?

 他のもっとできる子なら、みんなが納得できるような面白い劇を作れたかな。今から代わって欲しいって言う?

 でも、少し悔しいな。

 あんまり自分ではこういう気持ちを持ったことってなかったけど。

 わたしが書いたものが、納得してもらえないって悔しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る