第10話 読んで欲しいけど、読んで欲しくない

 わたしは緊張で顔が真っ赤になっていた。

 わたしの書いた脚本がコピーされてみんなに配られている。朝、先生に渡したらコピーしてみんなに見せるって言われた。

 がんばって書いたつもりだけど、クラスのみんながどう思うかはわからない。

 何か言われるかな。小林君はまた文句を言ってくるかな。それとも、香苗ちゃんが言ってたみたいに悔しがる?

 大人の人が書いたみたいにうまくいっているとは思わないけど。だけど、初めてわたしが書いたお話。

 これから、みんなに読まれるかと思うと緊張して教室から飛び出したくなる。

 これでいいって、このままやろうって言われるだろうか。

 それとも、こんなんじゃ全然ダメだって言われちゃう?

 となりの席で、小林君が配られた原稿用紙のコピーをめくっている。

 わたしは自分の書いた脚本のコピーを目の前にして、手を伸ばすことができない。

 もう何回も何回も読み直して、知っている。読まなくても、全部頭の中に入っている。

 教室の中に紙をめくる音が、かさかさとひびいている。

 なんだか世界が止まったみたい。本当に止まっていればいいのに。そうしたら、誰もわたしの脚本を見て何も思わないまま終わるのに。

 わたしは読んで欲しいのかな、読んで欲しくないのかな。

 読んで欲しいけど、読んで欲しくないのかな。

 なんだろう、この感情は。

 いつもよりも、頭の中がぐるぐるだ。


「本当に書いてきたんだ」


 興味なさそう原稿用紙をめくりながら、小林君が言う。


『せっかく書いてきたのに、なんなの?』


 香苗ちゃんなら、そう言うに違いない。だけど、わたしは何も言えない。

 ただ、心の中ではだまって読んで欲しいとは思っている。

 小林君が推薦したんだ。だから、最後までちゃんと読んでくれるくらいしてくれてもいいと思う。

 わたしがそれを書くのに、どれだけ苦労したと思ってるの?


「このままでよければ、配役を決めようと思います」


 みんなが読み終わったかなと思えるタイミングで、教卓に立った相川君の声がした。

 離れた席で手があがる。


「登場人物、少ないような気がするんですがみんなは出れないんですか?」

「長尾さん、どうですか?」


 急に名指しされて、びくんとしてしまう。

 書いて終わりじゃなかった。お話について何か言われるかとは思ったけど、そこにツッコまれるのは考えていなかった。

 今答えなきゃいけないかな。わたししか答えられない質問だから、答えなきゃいけないんだろうな。ああ、いきなりは声が出ない。


「長尾さん?」

「は、はい!」


 わたしは立ち上がる。椅子が大きく音を立てる。みんなが見てる。

 大丈夫。それは考えてある。答えればいいだけ。

 ごくんとツバを飲み込む。っていっても、のどがかわいてほとんど水分なんてないけど。


「ええと、あの、一応、最後にかぐや姫を迎えに来る月の世界の人達を、人数を増やせばいいかな、と思って書きました」


 椅子に座る。

 ちゃんと言えた。


「他には質問は何かありますか?」


 他にも色々言われたりするのかな。全部に答えなきゃいけないのかな。

 考えてあることだったらいいけど、考えていないことを言われたら、どうやって返そう。

 というか、つまらないって言われたらどうしたらいいんだろう。

 すぐには質問なんか出ないみたいで、手はあがらない。だけど、教室は少しざわざわしている。

 遠くの声も近くの声も、どきどきしているせいか耳がぽーんとなってよく聞こえない。

 そんな中で、わたしの耳に飛び込んできた声があった。後ろの席の高木たかぎさんだ。


「かぐや姫が帰らないっていうのはちょっと面白いかも」


 え、うれしい。その言葉がうれしい。

 頭がくらくらして心臓がはね上がりそう。

 だけど、聞こえてきたのはそれだけじゃなかった。


「でも、他のとことか別に普通でしょ?」

「あんまオリジナルって感じではなくね?」


 これでも元にはないセリフとか入れてるんだけどな。そのままのお話だとすごく少ないセリフでやらなくちゃいけなくなっちゃうから。

 求婚者たちに無理難題を出す理由とか、ちょっと変えてあるんだけどな。

 自分じゃすぐに決められないから、ゆっくり時間をかけて考えるためにわざと無理難題を出すことにしたの。断るつもりではなくて、それでもがんばってやろうとしてくれる人を選ぼうって思ってるんだって。

 誰もそんなの気付いてないのかな。

 気付かれないくらいの、細かい設定だったかな。

 面白く、ないかな。

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