第9話 わくわくすること

 ネットで脚本の書き方は調べた。というか、それならわたしが脚本を書くことに決まった日の夜には、もうやっていた。

 だけど、書くものが決まってなかったら、そんなもの見たって意味がない。書き方がわかっても、書くものがなかったら何もできない。

 ほんのちょっと、ちょっとだけ。ネットにのっている脚本をそのまま使ってもいいんじゃないかって思った。

 でも、誰かに見つかったら怖い。だって、みんな見ているから。調べればすぐにわかってしまうことなんか、やってもしょうがない。何か言われるかもしれないって不安になって、どきどきするくらいなら、やらない方がずっといい。

 今のわたしは、そんな心配はしなくていい。

 今のわたしには、書くことがある。


「ありがとう、香苗ちゃん」


 昨日までは、何も書かれていない原稿用紙の前に座るのが辛かったけど、今はちょっとだけわくわくしてる。


「かぐや姫、一応検索した方がいいかな」


 子どもの頃に絵本で読んだり、アニメも見たような気がするけど、やっぱりもう一回読んでみたほうがよさそう。

 お父さんもお母さんも仕事でまだ帰ってきていないから、今なら自由にネットも見られる。あんまりゲームとかはしないようにって言われてるけど、学校の調べ学習とかによく使うから自由に使ってもいいことにはなっている。

 昨日まで、何もできなかったのがウソみたい。

 今日は、目の前がパッと開けたみたい。

 ネットじゃなくて、やっぱり本でも読みたい。かぐや姫の絵本は家にはなかったから、明日もう一回図書室に行ってみよう。

 昔話なんて、ずっと読んでない。棚はどこだっけ?

 そうだ。低学年の時に手に取ったことがあるから、窓ぎわの低い棚にあったはず。あれって、小さい子でも手が届くからだったのかな。懐かしい。

 なんだか、ちょっとわくわくしてきた。




 ◇ ◇ ◇




 昨日までは小林君が口を開くだけでびくびくしていた。小林君が何か言っているだけで、わたしに対してなにか悪口でも言っているんじゃないかってずっと気になってしまっていた。

 だけど、今日はそれもあまり耳に入ってきていなかった。

 脚本を書くのは、今まで書いてきた作文とか読書感想文とか、日記とは全然違う。

 セリフを書いて、どの人物が何をしているのかわかりやすく書く。

 舞台の上で何をやるのか想像して、それを紙の上に再現していく。そんな感じ。

 今、わたしの頭の中では劇の登場人物たちが動いている。といっても、最初から最後まで自分で考えているお話ってわけではないけれど。

 わたしが何人もいるみたい。

 あの人がこう言って、この人がああ言って。

 頭の中がふわふわだ。

 気を付けなくちゃ。

 授業中は、ちゃんと先生の話を聞いて集中しないと。

 また、大事なことを聞き逃してしまうかも。

 だけど、止まらない。




 ◇ ◇ ◇




 止まらないはずだったんだけど、いざ原稿用紙を目の前にするとなぜかわたしは止まっていた。頭の中にはできていると思ったのに、書くのは難しいってどういうことだろう。

 原稿用紙のマス目はなかなか埋らない。

 うんうん悩んでいると、ご飯だよってお母さんに呼ばれた。

 ご飯を食べてからも書いていると、今度はおふろだって呼ばれる。

 時間だけが過ぎていく。

 待って、待って。

 手が時間に追いつかない。

 埋らないマス目がわたしのことを笑っているみたい。

 だけど。

 それでも、わたしはわたしが考えたお話を最後まで書きたくて、机に向かい続けた。

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