第8話 わたしにもできるかな
「真衣ちゃん!」
元気な声がして、とぼとぼと歩いていたわたしは顔を上げた。後ろから走って追いついてきたのは香苗ちゃんだ。
「係の仕事してたらちょっと遅くなっちゃってさ~。真衣ちゃんはどうしたの? って、大丈夫? また何かあった?」
香苗ちゃんが心配そうにわたしの顔を見る。元気がないのが丸わかりだっただろうか。
「ちょっと」
「もしかして、またこの前言ってたやつ? 劇の」
「うん、あのね」
香苗ちゃんに言ったら、なんて言うかな。言わない方がいいかもしれない。言ったら、悪いことがあったんだって確定してしまう気がする。
「あのね。わたし、劇の脚本を書くことになっちゃって……」
だから、そっちが出てしまった。
ちらりと横目で香苗ちゃんを見る。
びっくりしたような顔をしている。
「ええと、わたしなんかがそんなの書くなんておかしいよね。できないって言おうと思ったんだけど、言えなくて」
あはは、とわたしは笑ってみせる。ちゃんと笑えてるかな。
香苗ちゃんはぽかんと口を開けている。
香苗ちゃんが、にっと笑った。
「すごい! すごいよ!」
香苗ちゃんの足取りがスキップみたいになる。わたしは全然喜べないのに。
「みんなの前でやる劇を作れるなんてすごい! あたしはそういうのダメだからさ」
「わたしもだよ! わたしもそんなの書いたことないし、無理なのに……。なんか、勝手に決まっちゃって……」
「そうなの?」
「……うん。となりの席の子がいじわるでわたしのこと推薦して。ダンスがやりたかったみたいだから、わたしのことわざと困らせようとしてるんだと思う……」
「あ、この前言ってたやつか!」
「そう。で、わたしが読書感想文で賞取ったことがあるから脚本も書けるんじゃないか、なんて言って。クラスのみんなも賛成しちゃって……。さっき、先生にも断ろうと思って言いに言ったんだけど、言えなくて。……どうしよう」
心の中につかえていたものが、どっとあふれてしまう。
「それなら、わたしが一緒に言いにいこうか? というか、文句言いにいきたい! そいつに! あ、先生じゃなくて男子のほうね」
「それは、ありがたいけど……」
思わず本音が出てしまう。
でも、そんなことをしてクラスで気まずくなったらどうしよう。香苗ちゃんは同じクラスじゃないからいつも近くにはいられない。一人の時に、もっとひどいことを言われたらどうしよう。それに、香苗ちゃんまで巻き込みたくない。
「よし、じゃあ!」
「大丈夫だよ。そこまでしてくれなくても」
「ええー、そう?」
「……うん」
何が大丈夫なのか自分でもわからないけど、とりあえず頭を縦にふってみる。
「なんか心配だけどなあ」
うなった後で、香苗ちゃんが続ける。
「でもさ、脚本を書くって決まったことはすごくない? 決め方はムカつくけど!」
「それは……、そうなのかなあ」
「そうだよ! せっかくだから書いてみたらいいんじゃない? というか、もう書いてたりするの?」
わたしはぶるぶると首を横にふる。
「でも、実はもう考えてたりするんでしょ」
「全然!」
「え、そうなの?」
「うん!」
思わず声に力が入ってしまった。今まで誰にも言えなかった分だろうか。
ああ、香苗ちゃんが同じクラスにいてくれればよかった。そうしたら、きっとわたしの言葉をこうやって引き出してくれるのに。同じクラスだったときは、いつもいつも助けられていたっけ。
「それって、どういうの書くの?」
「まだ全然決まってなくて」
「えー! 真衣ちゃんに全部任せっぱなしってこと?」
イジメじゃない? とか言われちゃうんだろうか。落ち着いて考えると、そんな気がしてきた。
だけど、
「なら、好きにできるってことだよね! もう、好きなやつ書いちゃえばいいんじゃない? そんで、文句は言わせない!」
香苗ちゃんは目をキラキラかがやかせる。
「でも、だからどこから始めていいか全くわからなくって」
わたしは慌てて言う。だって、そんな簡単なことじゃない。
「どんなの書けとか全然言われてないの?」
「う、うん。あ、ええと、元からあるお話をちょっと変えるとか、そういうのがいいかなってのは言ってた」
「へー、そういう感じなんだ。でも、何にするかは自由なんだよね」
「一応」
「それなら、真衣ちゃんにならできそうじゃない?」
香苗ちゃんもクラスの子と同じように簡単に言ってくれる。
みんな、そんなに簡単なことだと思っているのかな。
「だってさ、真衣ちゃんよく本読んだ後とかで言ってるよね」
「え、何を?」
「この話、もっと別の終わり方ならよかったのにって。あ、そうだ。かぐや姫! まだ低学年の頃だったと思うんだけど。真衣ちゃん、かぐや姫がなんで月に帰っちゃうんだろうって、ずっと言ってなかった? わたしならずっとおじいさんとおばあさんの家で一緒に暮らすのにって。そういうのでいいんじゃないのかな」
「あ」
そうだ。確かに、そんなことを真衣ちゃんに話していた気がする。そんなこと、もう忘れていた。
「ね、ほら、できそうじゃない?」
「でも、かぐや姫とか子どもっぽくないかな」
「いや、でも、なんでもいいとか言ったのは向こうなわけだし、なんでもいいでしょ! それに、そのままやるんじゃなかったらいいんじゃない? それにどうせなら、自分が書きたいって思ったお話の方が楽しいだろうし」
楽しい。
そんな風に思いながら書けるかな。
何日か悩んで、ずっと原稿用紙は真っ白なままなのに。
だけど、何も思い付かなかったさっきまでとは少しだけ心の中が変わっている気がする。
それでも不安でいっぱいだけど。
「わたしにできると思う? そんなのやったことないし」
「せっかくだから書いてみたらどうかな。その男子、いじわるで言ったはずなのに、真衣ちゃんのことすごいって悔しがるかもよ」
そうかもしれない。
小林君はわたしが困るだろうと思って、推薦したのかもしれない。だったら、逆に悔しがらせようなんてわたし一人では絶対に思わなかった。
まだ、できるかどうかなんてわからない。
やってみなくちゃわからない。だけど、
「わたし、やってみようかな」
「うん! 真衣ちゃんならできると思う!」
「ありがとう」
わたしは、ちょっとだけ光が見えてきたような気がした。先生もクラスの子も誰も言ってくれなかった。わたしならできるって言ったけど、わたしなら何ができるってことを、ちゃんとわかってくれる香苗ちゃんが教えてくれた。気付かせてくれた。
「って、あたしはそういうの苦手だから手伝えないんだけどさ」
えへへ、と香苗ちゃんが照れくさそうに笑った。
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