第5話 どうしよう
どうしよう。どうしよう。
どうして、
『できません』
って、言えなかったんだろう。
たった一言、言うだけでこんなに悩まずにすんだのに。
頭の中がぐるぐるして、考えが止まってしまって、まとまらなくて、思わずうなずいてしまった。
みんなが断ったわたしを責めるんじゃないかと思ってしまって、がっかりさせてしまうんじゃないかと思ってしまって、断ったわたしを嫌うんじゃないかと不安になって、断ることができなかった。
でも、引き受けてしまってから断る方が難しいんだって、いつもあとから後悔する。
◇ ◇ ◇
「……どうしよう」
頭の中で考えていた言葉が、とうとう口からも出てしまう。
そんなわたしの足は、図書室に向かっていた。そこならなんとかしてくれるんじゃないかと思って。
放課後の図書室は、休み時間よりも人が少なくてがらんとしている。そのことにほっとする。わたしはよくここに来ているから知っている。
元々、香苗ちゃんはあんまり本が好きな方ではないから、あんまり一緒には来ない。それに、今日は香苗ちゃんの塾がある日だ。
古い本たちのにおいがわたしをつつむ。わたしはこの場所が好き。いつもなら。
それなのに。
いつもは来るだけでわくわくしてくる図書室なのに、今はなんだか足取りが重い。
オリジナルの劇なんてどうすればいいんだろう。
わたしは動物園のクマみたいに本棚の間をうろうろと歩き回ってしまう。
目に入る本の何冊かは、読んだことがある本だ。背表紙を見ただけで、読んだ時の気持ちを思い出す。
ああ、この本は低学年の頃に好きだったっけ。前は好きだったけど、今読むとちょっと物足りない。でも、たまに読みたくなっちゃうんだよね。どうしてだろう。言葉のリズムが面白いからかな。
こっちは、表紙を一目見て気に入って手に取ったらすごくよかった本。学校から帰って夢中で読んでいたら、お母さんが夕飯だよって呼んでいたのに気付かなくて怒られたくらい。また借りて読もうかな。
うーん、このシリーズは読んだことない。背表紙に付いてる顔が怖くて、試しに手に取ってみたら表紙も怖くて、棚に戻したんだっけ。五年生になった今でも、なんだか手が出せない。でも、クラスの男子が面白いって言ってるの聞いたことがある。読んでみたら意外と面白いんだろうか。
わたしは、はぁーっとため息をつく。
この図書室の中だけでも、こんなにも面白い本がいっぱいある。小学校に入学してからずっと、わたしはこの図書室によく来ている。だから、わたしを夢中にさせてきた本が、この図書室の中にいっぱいあることを知っている。
それでも、まだまだ手に取ったことがない本がこの図書室の中にはいっぱいだ。
そして、わたしは知っている。休みの日に車に乗せて連れて行ってもらえる、少し遠くの図書館。そこにはもっともっとたくさんの本がある。
そこには、もっともっとたくさんの本がある。きっと、一生かかっても読むことができないくらい。
その中には、わたしが何回でも読みたいって思うくらい面白い本がたくさんあるんだろう。
だったら、わたしが脚本なんか書く意味ってなんなんだろう。
面白いものがいっぱいあるんだから。その中からやればいいんじゃないかな。
元々あるものを変えるって言ったって、すでに面白いって思えるお話をどうやって変えればいいんだろう。
いつもなら心地よく感じる図書室の中が、急によそよそしくなった気がする。いつもなら、わくわくしながら読みたい本を選ぶのに。
わたしが断らなかったから悪いんだ。あんなに今度は注意しようって思ったのに、またぼんやりしていたから悪いんだ。
結局、一冊も手に取らないで、わたしは図書室から出ていくことにした。
これ以上、ここにいるのがなんだか辛い。
あの時、ちゃんと断っていれば、いつもみたいに図書室の中で本を読んだり、家に帰ってから読む本を選んだり、楽しい時間を過ごせたのに。
わたしのバカ。
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