第6話 心の折れる音
家に帰って先生に渡された原稿用紙に向かっても、手なんか全然動かなかった。
だって、わたしは脚本なんか書いたことがない。
小林君は、わたしが読書感想文の賞を取ったことがあるからできるんじゃないかって言ってたけど、別にあれだってスラスラ書けたわけじゃない。
夏休みに読んだ本を何回もめくって、読書感想文の書き方の本も読んで、何回も書き直して、ずっとずっと悩んで、それでようやくでき上がったんだ。
簡単に書けたわけじゃないのに。
今度はみんなが書いている読書感想文じゃない。劇の脚本だ。それに、何を書けばいいのかもわからない。
「もうっ、無理だよ!」
わたしは原稿用紙を机のはじにどけて、日記帳に手をのばす。そして、今日のページを開いたけど、
「あれ?」
手が止まってしまう。いつもなら書きたいことが頭の中に思い浮かんでくるのに。
真っ白なページの前で、わたしはペンを持ったまま動けない。お気に入りのキャラクターが付いた大好きなペンを持っているのに。
こんなところでまで、処理落ちしちゃうの?
楽しくてやっていたことまでできなくなっちゃうの?
結局、昨日は一日の終わりに好きでしている日記すら書けなかった。
一日で書いてこいと言われたわけじゃないから、まだまだ時間はあるんだけど、このままだと今日も進まない気がする。
だって、何も思い付いていない。
クラスの子たちは、わたしが脚本を書くことなんて気にもしていないみたいにいつもどおりだ。
悩んでいるのはわたしだけ。
忘れちゃってるのかな? でも、そんなわけはない。
きっと、そんなに大変なことじゃないって思ってるんだ。
読書感想文で賞を取ったくらい分が書けるなら簡単なことだって、思っているに違いない。
本当は、そんなこと全然ないのに。
でも、読書感想文みたいに一生けんめい考えれば、書けるだろうか。せっかく、わたしに決まったのだから少しくらいがんばった方がいいだろうか。
今になって断ったら、何を言われるかわからないし。
◇ ◇ ◇
やろうとは思った。毎日、帰ってから机にも向かっている。でも、どうしても手が動かなかった。
だって、何をどうしていいか全くわからない。
休み時間にも、ずっと考えているのになにも浮かんでこない。
こんなに悩んでいるのに、それなのに。
「あ~あ、ダンスやりたかったな~」
ひとり言みたいに、小林君がつぶやくのが聞こえた。
考え事をしているときは何も聞こえなくなる時があるのに、こういう言葉だけ聞こえてしまうのはなんでだろう。
ひとり言にしたら声が大きい。わたしに聞こえるように言っているんだろうか。
小林君を見ることができない。
わたしは、ぎゅっとひざの上でぎゅっと手をにぎる。じんわりと、手のひらがしめっている。
席を立って、どこかに行ってしまいたいと思うけど、そんなことをしていたらもうすぐ次の授業が始まってしまう。
「誰かさんのせいだよな~」
絶対にこれはひとり言じゃない。
わたしは、自分の心がぽきっと音を立てて折れた音が聞こえたような気がした。
それなら、わたしがこんなに悩んでいるのも小林君のせいなのに。
劇に決まったのは、わたしだけのせいじゃないのに。小林君がわたしを推薦したりしなければ、こんなに悩まずにすんだのに。
だけど、わたしはそれを口に出せない。やっぱりひざの上で手をぎゅっとにぎって、座っていることしかできない。
どうして、わたしだけがこんな目に合うんだろう。
小林君は、わたしのことが嫌いなのかな。わたしのせいで劇に決まったから嫌いになったのかな。
「なー、お前もダンスの方がよかったよな」
小林君が前の席の男子に話しかけている。あの子は、どっちに手をあげていたんだっけ。
「オレも、ダンスがよかったな。けど、決まったもんはしょうがなくねえ?」
しょうがない。
そう言ってもらえると、ちょっとだけ心が軽くなる。だけど、彼は続けた。
「どうせなら、
元基っていうのは、小林君の下の名前だ。
わたしは、身体中の力が抜ける気がした。
やめよう。
今さら、断るのは怖い。
だから、みんなの前で言うのはやめよう。
後で、こっそり先生に言いにいこう。
わたしには無理だ。
書けないし、劇もできない。
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