第16話
ミシュラン
ミシュランと言えば、すでにご存知の事と思う。
店を評価して星の数をつける。
言い換えれば、この店は100点、あの店は50点と評価する。
このようなやり方は日本の文化には無いように思う。
日本人の職人文化を推し量ってみても異質なやり方と思うし、私は気に入らない。
世が世であれば、「しゃらくせい!」と言ってミシュランに殴りこむ者がいてもおかしくない。
しかし、そう硬い事を言ってはこの世は渡れない。
ある町の町外れの目立たないところに小さな小料理屋がある。
店主は70に手が届きそうな小太りの小柄な女性である。
店の客はほとんどが常連。
昼は食事で、夜は酒が出る。
そこそこに評判がいいと本人は思っている。
ある日この女主人にミシュランという名が耳に飛び込んできた。
よく知るとそれは店の格付けと言うことらしい、とこの女主人は理解した。
料理に少なからずの自信のあるこの女主人は「この店にミシュランの調査員が来て星のひとつでも付けてくれたら・・」と心の中で思った。
思い込みの激しいのがこの女の性格なので、この思い込みはどんどん進んでいった。
やがて「調査員は来るかもしれない」から「調査員は必ず来る」と言うところまで進行した。
傍から見ると滑稽だが本人は大真面目である。
がらりと店の戸が開くと先ず、調査員かどうかを見分ける。
「調査員か、どうか」の基準は「見知らぬ客」であること。この女主人にとってこれが唯一の判定基準である。
さて、この女主人は目を皿のように広げて期待しながらも、来る日も来る日も見飽きた客ばかり。
しかし、ついに嵐の夜に見知らぬ客が店の戸を開けた。
女主人は「ピン!」と来るものがあり注意深く観察しながら注文を聞いた。
上等な服と上等なかばんと三ツ星に見える顔(どんな顔かは知らないが)。
この辺の貧乏人とはどこか違うと、この女主人は見た。
やがてこの客は、お酒を一杯飲み干したところで手帳を取り出し何かを書き始めた。
この瞬間女主人名は「ミシュランが来た!」と確信した。
この確信に至るまでが実に早いが、これは期待と思い込みが後押しをしているからに違いない。
自分がミシュランの調査員にされているとは知らない客はぼんやりと店内を見回した。
女主人は、それさえも店を評価していると思い込んだ。
この店はどこにであるごく普通の店である。
客は口を開いた。
突然「おいしいお酒ですね」
ついに来た!女主人は緊張でコチコチになりながら
「これは東北地方で厳選された酒米から醸造され、厳選された日本で一番有名なスーパーで買い求めました」と気取って答えた。
この女主人のちょっと鼻にかけた話し振りがおかしい!
客はつづけて言った。
「旬のかぼちゃはおいしいね」
女主人は答える。
「このかぼちゃは日本一のスーパーの野菜売り場の中央の台に積み上げられていた中で、一番、凛と輝いていた物を手に入れました」
客はほとんど笑いながら聞いている。
「ほとんどがスーパーから仕入れてるの?」
女主人はうろたえて答えた。
「いいえ、水は超一流メーカーの浄水器によって浄水されたものでございます」
客は言う
「今日みたいに蒸し暑い日はビールに限るね!」
女主人が答える
「スーパーの棚の中で一番冷え切ったものを選りすぐって仕入れてきたものです」
客は笑ったが、緊張の極にある女主人は気が付かない。
それから、いくらかの会話が交わされて客は勘定を求めた。
帰り際に、女主人は客に店の名刺を渡し何かあったら携帯の方に連絡くれるようにと頼んだ。
ミシュランに選ばれると前もって電話があるらしい事をテレビで知ったのだ。
携帯と言う言葉に、客は怪訝な顔をしたが笑いながらそれを受け取った。
それからと言うもの、この女主人はスマホを肌身離さず持つようになった。
スマホを首にぶら下げて!ミシュランを待っている!
罪な事するぜ、ミシュラン!
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