第15話

A社


A社は日本生まれの世界企業である。今も世界企業であることは間違いないが、以前に比べると元気が感じられない。

つまり人気商品がないということか。

世界を席巻した知らない者は無い程の商品を世に出した世界企業であるが・・・。

社長は元気なのだが会社に元気が無い。

連日の会議も出てくる意見に代わり映えがしない。

出席者は有能、優秀、経験豊富、高学歴、高収入の最高峰の人たちを集めての会議である。

それでも良い案は出ない。

出てくる意見は、横文字、専門用語、高度な分析。そうして情報過多。

社長はあまりの同質な意見に、会議の場が見栄えのしない畑のように見えてしまう。かぼちゃ畑で作られるのはかぼちゃばかりである。つまり優秀なかぼちゃ頭ばかりが並んでいるのである。

そこで社長は気が付いた。

「かぼちゃ畑からトマトはできない」と。

そこで、会議に参加させる新たな人材探しを部下に命じた。つまりかぼちゃ頭に命じた。

人物本位で選ぶ事を、そのかぼちゃ頭に伝えたがその男はやはり学歴と頭脳明晰さにこだわった。

数ヵ月後、かぼちゃ頭ではない大根頭と、ピーマン頭などがかぼちゃ頭によって集められ会議が開かれた。社長の期待は大きかったが、優秀な社員が選ぶ優秀な人間と言うのは「結局その人間のその優秀さから離れるものではない」と言うことであった。出てくる意見は代わり映えのしない優秀な意見ばかりであった。

優秀な大根頭も優秀なピーマン頭も結局ダメか!

そこで社長は気が付いた。

「優秀な人間が選ぶところの人間は、同じような優秀な人間を選ぶ」という当たり前のこと。

まったく異質な優秀さをどこで見つけようというのか?

しかし、A社のような大企業の社長が、その環境からして、優秀でない人間と関わるチャンスはない。

社長が、ウェーターと親しく話す事は無いし、八百屋のおばちゃんと話すことも無い。

安月給のサラリーマンと話すこともないし、貧乏な人間と話すことも無い。

そういう人間達もまた本当の消費者なのだが。社長の周辺にいる人間は常に優秀で立派な家に住み高給を取っている。

そのような人間が、消費者の大多数を占める安月給と質素な暮らしの消費者に物を売ろうとしているのである。その大多数の消費者の意見をどこで拾っているのだろう?

きっと、人任せか、インターネットを駆使した調査に消費者の心を聞いているに違いない!

生の声は聞いていないのである。

どうであろうとなかろうと、会社には常に優秀な人材は欠かせない!如何に人材を確保するか。

かぼちゃ畑からはかぼちゃしか取れないし、水田から麦が取れることは無い。

人を選ぶ方向を変えなければいけない!

このことに社長が気が付くまでに半年を要した。

そこで社長は人材は自分で探そう!と。広い世の中にいるはずだと!

庶民の中に入り込むにはまずは服装からと考え、有名な庶民派の安物衣料品店に向かい、庶民的に身づくろいをした。飲み屋は年老いた主人が細々と営むところを選び、その辺のジジー、ババーと酒を

酌み交わした。

こうなれば時には大工と話すこともあれば、ペンキ屋と話すこともある。

以前勝海舟の「氷川清話」を読んだ事があるが、海舟は植木屋とも話すし、魚屋とも話したようだ。

また、海舟そこから新しい発想を得ようとするのだから立派なものである。

今の立派な人は地位の立派な人とだけ話すようだから、勝海舟も及ばないほど立派なのだろう!

しかし、A社の社長はこの辺りから徐々に変化を見せ始める。

子供の意見に耳を傾け、身体障害者と心を通じ合わせ、主婦の話に相槌を打った。

そこから出てくる発想は今までに無いものであった。

すでにこの社長はA社の社長ではなく意欲満々のアイディアマンになろうとしていた。

A社の社長の身分を隠して色々聞くと相手も家電の不満を言い立てた。それを聞くうちにその社長は自分で理想の家電を作りたいと思い始めた。

この感じ方はA社の創業者発想と同じなことにこの社長は喜んだ。

もう、毎日がアイディアを求めてさまよう毎日であり、会社に行くことよりもアイディアを生み出すことに喜びを見出していた。

会議で出ることよりも、大切なのは画期的なアイディアである。

そうして、終に社長は画期的な商品を思いついた。それは組み立て型電気製品である。たとえば冷蔵庫である。今までのよう一度買ったら長期間買い替えない、と言うものではなく、冷蔵庫部分が取り替える事が出来たり、冷凍庫部分が取り替えれたりとか、その都度華やかな色に交換できるというものである。故障は電気系統を一箇所にまとめておけばそっくり交換も出来る。ドアの交換も出来れば様々な電子製品をその都度取り付けこうかんできるというものである。パソコンもレゴのように組み合わせる事が出来、バージョンも簡単にアップ可能である。音響製品は全て組み立て型である。20数個のコアを組み合わせるスタイルである。

社長は絶対の自信を持っていたので、それを誰かに聞いてもらいたくて心は何時も興奮状態であった。

それが、ある日の会議にほとばしり出たのである。社長が自分のアイディアを言うべきタイミングではないのに、思い余って自分の考えとして例の組み立て型電気製品のアイディアを口に出してしまった。会議は一瞬、静まりかえり気まずい雰囲気が漂った。誰一人そのアイディアに賛同するものも居なかったばかりでなく、馬鹿にしたような軽い笑みが出ていたのである。

社長、思い切って一人の役員を名指して異見を聞いてみた。すると、その返事は軽くいなす程度の小ばかにしたものだった。社長は一言「そうか」と言って、話を変えて次へ進めていった。

それから半年後社長はA社の社長を自らの都合で退任した。皆は驚いたが大体のものは内心喜んだ。

次の社長には「自分が」と言うものばかりである。自分が社長の時だけ会社が良ければよいのである。会社がどうなろうと構わないのである。社長の肩書きと金が欲しいのだ。

さて、社長を辞めるとただの人である。名無しでは不都合なのでB氏としよう。

B氏は自分が暖めたアイディアを実行に移すべくC社と言う企画会社を立ち上げゆっくりと世界に漕ぎ出した。前の会社からは自分の目と耳で選び出した人材に声をかけ今では少人数ながら活気あふれる会社として動き始めている。企画設計は自社で、製造は外国の企業で、と言うスタイルで船は大きく動き出した。社会的な話題は充分にあったが、業界の中では失敗するだろうという意見が大半だったからである。

特に、冷蔵庫は価格が10%程度高く無理だろうといわれていた。しかし、消費者の反応はちがった。主婦にとっては毎日見る冷蔵庫にドアの一つが変えられるだけでもうれしいと思う消費者もいるのである。電気系統の故障でそっくり買い換えなければいけないところを、その故障部分を取り替える事が出来ると聞いただけで喜ぶ主婦も多いのだ。嫌な臭いが付いたら洗浄もしてもらえるのはうれしい製品の出来栄えである。

発売と同時の大ヒットである。

それ以外の様々な電気製品もこの部分箇所交換可能、バージョンアップ容易のコンセプトは消費者の心をグットつかんでしまった。

あっという間の世界企業である。それに引き換えA社は手足を身売り切り売りを繰り返し、才能のあるものは生き残り創業者が作り上げた会社を吸い尽くし優雅な生活を送っているが責めるものもバチを当てるものもいない。

実質的にはA社は姿を消したのである。それに代わるC社。それをめがける優秀な人材。それに引き寄せられる優秀な女性。優秀さの連鎖が企業を停滞させるのだがそれを知っているB社長は幹部会議に出席できるものはアイディアを生み出すことの出来る能力のあるものに限定した。いわゆる優秀な人間はその幹部を助ける側に専念させることにした。

C社は常に生き生きと人々の目に映り、信頼を勝ち得る社会性のある企業えと成長していった。

数年が経ち、B社長が姿を消しC社はゆっくりと変化していった。やがて優秀な人間がリーダーとなりC社は次第にA社の姿に近付いていった。

日が昇り、日が沈むように!

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