010 これから俺は……ノーマンだ!!
「はぁ、最悪な気分だ。だが、もうすぐ夕方だ。仕方がない、飯を作るか」
「ゲコゲコ」
いつの間にかカエルが近くに寄って来ていた。さっきまで全く気配がなかったというのに。
「お前はいつも夕飯になると出てきやがるな」
「ゲコ!」
「痛っ」
カエルの舌が伸び、俺の頬を打った。
「この野郎!」
俺は手に持った包丁を振り上げる。
「ゲコ!」
「痛っ」
カエルは正確無比な舌さばきで俺の手を打ち、俺は包丁を落とした。このカエル、強くね?
「くそっ、夕飯が出来るまで大人しく待っとけ!」
「ゲコ」
カエルは礼儀正しく座り、置物のように微動だにしなくなった。
俺の落ち込んだ気分はカエルのおかげで幾分かマシになった。俺は夕飯づくりに取り掛かることにした。
「いつもは2人分だが、今日は5人分か。今日獲ったばかりのイノシシでも振る舞ってやれば文句は出ないだろ」
今日獲ったばかりのイノシシを倉庫から持ってくる。
「おっと、イノシシ肉を切り分ける前に火を起こしておかなきゃな」
俺がいつも使っている石かまどを見る。
「な、なん……だと……!?」
俺の大事な石かまどは見るも無残な姿に成り果てていた。先ほどまで降っていた雨のせいでグチャグチャの状態だ。日課をこなすことに集中しすぎて、すっかり石かまどの事を忘れていた。
「かまどが雨に濡れていても、火さえ起こせばなんとかなるはずだ……!」
俺は乾いた薪を探した。屋外にある薪置き場は一応屋根があるにはある。しかし、小さな屋根だし、多少の雨は当たるし、湿気はどうしても影響してしまう。
「まさか乾いた薪がないなんてな……仕方がない。とりあえず湿気た薪でも火をつけてみるか。ライターのガスはもう切れちまってるしなぁ」
俺は火打ち石を手に取った。
――小一時間経過した。
「ハァ……ハァ……クソッタレが。全然火がつきやがらねぇ」
俺は火打ち石を投げ捨てた。
「おいおいおい! まだ火を起こせてねぇのかよ! いくら雑魚でも酷すぎるだろぉー!」
「あ”ぁ?」
火がつかずストレスMAXだった俺はグエンだかホイだかを睨みつける。
「何睨んでんだよ! カトゥーさん、こいつどうします? もうぶっ殺してもいいんじゃないですかぁー?」
「ククク、そうだな。もう殺してしまってもいいかもしれん。この村にある金目の物は全て確認した。大量の薬草があったのは想定以上の収穫だ。元々この村の金目の物は全て奪う計画だったのだしな」
なんだ、最初から略奪する計画だったのか。怪しい奴らだとは思ったが、さすがにそこまでするとは思っていなかった。こちらの世界に来てから初めての人間だったので油断していたのかもしれない。
「じゃあ、もう
グエンが鉈を振り上げる。
「まぁ待て、例え虫けらのような者でも最後にチャンスをくれてやろうではないか。跪いて命乞いをし、私の靴を舐めたまえ。そうしたら命だけは奪わないでいてやろう。私は非力な人間が地を這う姿を見るのが好きなのだよ」
普通に考えれば、一般人が生き残ろうとするならば、命乞いをして靴を舐めるしかない。逆らったら、奴らはすぐにでも襲いかかるつもりだろう。俺の本能が、前世でのトラウマが、命令に従えと訴えかけてくる。ガクガクと膝が震えてくる。カトゥーの顔と加藤課長が重なって見える。無意識に地面に膝をついてしまう。
「ククク。そうだ、私の命令に従うのだ、ハイダ君」
俺の視界にカトゥーの靴が入ってくる。俺は前世で加藤課長から受けた様々な嫌がらせや暴力を思い出す。その時の恐怖を思い出す。加藤課長の行為は許せない。許してはいけない。
だが、それよりも何よりも許せないのは、
「どうした? 早く答えたまえ。ハイダ君」
ハイダ君と呼ばれる度に虫唾が走る。その名前で呼ばれていた頃の俺はもう死んだ。その名前は捨てるべきだと俺の魂が叫んでいるようにも思える。イエスマン拝田は死んだのだ。
俺はイエスではなく、ノーを突きつける事が出来る男になる。これからはノーマンと名乗ろう。いつの間にか体の震えは止まっていた。そして、どう答えるかはもう決まっている。
「答えは――”NO”だ。そして、ハイダという男はもう死んだ。これから俺は……ノーマンだ!!」
答えると、全身に力が満ちた。
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