009 俺はここだ! ここにいるぞー!

 ――そんなこんなで1ヶ月が経過した。


「ふぅ、あと拠点のチェックをすれば、今日の日課は終わりだな。それにしても今日はかなり汚れちまったなぁ」


 俺は手足の泥を水で流す。今日は雨が降っていたこともあって、手や脚が泥まみれになっている。しかし、スーツは意外と汚れていない。魔法のスーツなのだろうか。

 筋トレ、罠確認、畑の管理、拠点のチェックが今の俺の日課だ。日課が終わった後は拠点の外に出て自由に探索を行う予定だ。地図は結構埋まってきたようにも思うし、まだまだ足りないようにも思う。


「よしよし、拠点の壁に変化はないな」


 柵に沿って素人が石を積んだだけの壁だが、割と効果的なのかもしれない。雨が降っても問題はなさそうだ。


「ん?何か聞こえたような?」


 俺が耳をすますと


「おーい、誰か居ないのかー!?」


 人の声だ! ついに念願の人間と会えるのだ。


「俺はここだ! ここにいるぞー!」


 門の方へ全力で向かう。



 俺は門を開けて愕然がくぜんとした。


「か、加藤課長!?」


 開いた門から入ってきたのは3人組だ。その先頭を歩いて来るのは、革鎧を着て異世界コスプレをしている加藤課長だった。

 俺の脚が勝手に震えだし、寒気を感じる。加藤課長がこんなところにまで追ってきたのだ。無断欠勤した俺を探して、こんなところまで。


「カトー、カチョー? 何を言っているのだ、この男は?」


「カトゥーさん、こいつはきっと村独自の挨拶かなんかじゃないですかい?」


「そうそう、こんな辺境の田舎じゃ独自の風習があるって聞きますぜ」


「グエン、ホイ。お前達がそういうのなら、そうなのかもしれんな」


 グエンとホイ、と呼ばれた小物臭がする2人はウンウンと頷いている。加藤課長改めカトゥーはこちらを振り向いた。


「まぁいい、辺境の村の風習などどうでもいいのだ。私はカトゥー。冒険者だ。こちらはグエンとホイ。私ほどではないが両者とも強い冒険者だ」


「か、カトゥー……さん、ですか」


 俺はまだ疑っていた。あまりに加藤課長に似すぎているからだ。

 それに、連中の態度について違和感を感じた。グエンとホイから隠しきれない悪意のようなものを感じるのだ。


「うむ。それで、貴様は何者だ? この村には貴様以外の人間は居ないのか?」


 見た目が加藤課長のカトゥーに貴様とか言われるとイラッとくる。だが、長年虐げられてきた経験のせいか反射的に答えてしまう。


「は、ハイダです……」


「お前の名前などどうでもいい! この村には他に人が居るのか居ないのか! カトゥーさんが聞いているだろう! さっさと答えないか!」


「ここには俺しか居……ません」


「もっと歯切れよく話せないのか!」


「グエンよせ。他の村人はどうしたのだ?」


「俺がここに来た時には、もう無人だった……です。居たのはゴブリンだけで……」


「ゴブリンだと? そのゴブリンはどうしたのだ?」


「オークが来て全滅させてました……」


「ふぅむ、なるほど分かったぞ。貴様はオークが立ち去った後、村に住み着いたというわけだな」


「はい、そんな感じ……です」


 本当は俺がオークを殺したが、それを言ったところで信用されないだろうし、どのよう倒したのか説明を求められたら面倒なことになる。


「ククク、そうかそうか。悪いが少しこの村で休ませてもらうぞ」


 本当は拒否したいところだが、この村は俺の所有物ってわけじゃない。何よりもこいつ等がどこから来たのか。恐らく最寄りの町から来たはずだ。

 まだ俺の地図には拠点以外の町は記されていない。俺が今最も欲している情報が得られるかもしれない。上手く質問すれば場所を聞き出せるかもしれない。

 それに何よりも俺自身がまだショックから立ち直れていない。せっかく異世界を楽しもうという気持ちが芽生え始めていたのに、加藤課長が現れたせいで粉微塵になった。


「わ、分かりました」


「ハイダ! 俺達は腹が減ってんだ。夕食の準備をしておけよ! クソみたいな不味い飯だったら容赦しねぇぞ!」


「グエン! 怖がらせるような真似はよせと言っているだろう。だが、腹が減っているのも事実か。我々の夕食も頼んだぞ、ハイダ君」


「わ、分かりました」


 俺は反射的に答えてしまう。加藤課長の呪縛はまだかかったままということか。

 グエンは黙ったが、奴の目つきからして「後で覚えておけよ」とでも言いたげであることは明白だった。


「では、少し村を見させてもらうぞ」


「そこの家は俺が使っているので、それ以外なら好きに使ってください」


 大事な物は収納革袋に入れてあるので問題はない。倉庫には食料が入っているが、余るほどあるので盗られてもいいと思っている。

 カトゥー達は村を見るために去っていった。

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