004 クソッタレ異世界め
「気づいたら朝か。昨日は良い景色に感動しちまったが、冷静に考えるとかなり不味いんじゃないか……?」
そう、朝になり冷静になってしまったのだ。どこまでも広がる森。時折聞こえる正体不明生物の鳴き声&遠吠え。
「これ、無事に帰れるのか……?」
グゥー、と腹が鳴る。
「腹減ったなぁ。水だけは確保出来て良かったけどよぉ」
腰には葉っぱで作った水筒。中身は樹上で採取した朝露だ。
「2日も無断欠勤か。これはもうクビかもしれんね。転職したいと思ってたし、丁度いいか! 手駒が減って加藤課長ざまぁ!!」
孤独感を振り払うように、強がりを溢す。
大樹からなんとか降り、周囲を見渡すと昨日の食虫植物。そしてゴブリンが持っていた棍棒が落ちていた。
「こんなもんでも、無いよりマシか。思ったより重っ!」
棍棒に蔦を巻きつけて肩から下げておく。重量感から考えて予想以上に威力がありそうだ。
「なんだか分からんが、今日は昨日より調子が良いな! よーし、今日の目標は食料確保だ!!」
俺は気合を入れて歩きだした。
――行動を開始してから6時間。
その間に起こった出来事は次の通りだ。
・見つけた果物をゴブリンに横取りされる
・見つけたウサギをゴブリンに横取りされる
・見つけた魚をゴブリンに横取りされる
・見つけたキノコをゴブリンに横取りされる
「どうなってんだよ! この森はよぉ!!」
この森には食料が豊富に存在する事は分かった。だが、それ以上にゴブリン共が多すぎる。
不幸中の幸い、俺自身がゴブリンに発見されることはなかった。
「あぁー、もうやってられん。煙草でも吸うか」
煙草に火をつける。空腹と疲れた身体に染みる。
「ふぅー、これからどうすっかなぁ」
空気が無ければ3分で、体温が低ければ3時間で、水が無ければ3日で、食料が無ければ3週間で死んでしまう。
幸いな事に空気、気温、水はなんとかなる。あとは食料だけあればいいのだが、全てゴブリンに奪われている。
「奴らと遭遇しすぎなんだよなぁ。食料を嗅ぎつける能力が高いとか?」
待てよ。もし奴らの嗅覚が鋭いのなら、俺が今吸っている煙草の匂いにも反応するのだろうか。
過去に襲われた時の記憶、食料を横取りされた時の記憶が走馬灯のように蘇る。襲われた時、俺は煙草を吸っていた。動かない獲物・果物を見つけた時は安堵感から休憩し煙草を吸っていた。そして、今も煙草を吸っている。つまりは……
ガサガサと目の前の
「……」
おいおい、嘘だろという驚きが半分と、気のせいであってほしいという願いが半分の状態で息を潜めて待つ。
「ギャーッギャッギャッ!」
みーつけたと言わんばかりの勢いで飛び出す緑の奴ら。その数、3匹だ。1匹でも敵わないというのに、3匹。
「やっぱコレが原因かよ!!」
俺は煙草を箱ごと投げ捨てる。ゴブリン達は攻撃されたと一瞬怯んだ。その瞬間を、そのチャンスを逃すわけにはいかない。俺は全力で逃走を開始した。
「ギャギャギャー!」
追いかけろと言うかのように雄叫びをあげるゴブリン。後ろを振り向くと1匹は俺の後ろをついてきているが、残りの2匹は左右に広がりながらついてきている。俺は完全に狩りの獲物というわけだ。
「絶対に逃げ切ってやる! こんなところで死ねるかぁっ!」
決死の逃走劇が幕を開けた。
10分ほど全力で走り続けたが、ゴブリン達はピッタリと後ろをついてきている。重い棍棒はとっくの昔に投げ捨てた。体力的な限界、空腹であることによって力が出ない。もう一度後ろを振り返って確認する。
「まだ奴ら……ハァッ、ハァッ……いるのかっ」
鶴翼の陣とでも言うのか、ゴブリン達は多少疲れは見えるもののまだまだ元気だ。
「おい! 嘘だろ!?」
思わず大声が出てしまった。これはゴブリン達に向けて言った言葉ではない。その後ろから巨大な二足歩行の豚、まるでファンタジーゲームのオークがゴブリンを追いかけて来ている事に対しての言葉だ。オークの手には大振りの斧が握られている。
「ギャッギャッギャッ」
ゴブリン達はまだ後ろのオークに気づいていないらしい。俺が慌てふためき大声を出して逃げる様を見て笑っている。
「後ろだ! 後ろを見ろ! バカ野郎!」
「ギャッギャッ」
俺の言葉を聞いてゴブリン達は更に笑い声を上げる。馬鹿な奴らだ。食われてしまえばいい。だが、絶体絶命な状況は俺も同じだ。
何か隠れる場所はないか、と周囲を見渡す。
「おお! あれは!?」
前方には小さな集落が見える。廃墟のようにも見えるが、いくつかの人影が揺れている。
「村だ! おーい! 助けてくれー!」
村の入り口と思われる場所に向かって走る。人影は俺の声に気づいてこちらを振り向く。
小柄な体格。緑色の肌。
「ゴブリン村かよ!!」
このままでは村に突撃だ。回避しなければいけない。
右を見る。
左を見る。涎を垂らしまくるゴブリンの狂った笑顔。左も駄目だ。
後ろを見る。涎を垂らしまくるゴブリンの狂った笑顔と、鼻息を荒くしまくったオークの凶暴な怒顔。
「コレどういう状況だよ!!」
「ブオオオオオ!!」
「ギャビッ!?」
俺のツッコミに呼応するかのようにオークが叫ぶ。そして背後のオークにやっと気がついたゴブリンが聞いたこともない悲鳴をあげた。そして、左右のゴブリンも、村のゴブリンも、全てのゴブリンがオークに気づく。
「ギャッギャー!!」
ゴブリン村は大混乱に陥った。そこで俺は気づく。これはチャンスだ。さっきまでの俺は生存率3%だったが、今ならば生存率10%くらいだ。ガチャで最高レアを狙うよりは簡単だ。
俺は覚悟を決める。村に突撃する覚悟だ。
「うおおおおおぉぉぉ!!」
俺は大混乱のゴブリン村に突入し、村の中を突っ切る。そして廃墟の影に身を潜める。廃墟の壁の穴を見つけたので覗き見る。
「ブオオオオオォォォ!!」
村の真ん中で立ち止まるオークと、侵入者を囲むゴブリン達。散々追いかけっこを強要させられたオークの怒りゲージは最大になっている。
オークが手に持つ斧を振り上げて、ずっと追いかけていたゴブリン3匹の内の1匹を真っ二つに叩き割る。
「ギャアアア!」
ゴブリンの断末魔が響く。
「ギャッギャーー!!」
ゴブリンの断末魔を皮切りにオークの周囲を囲んでいたゴブリン達が一斉に襲いかかる。
ゴブリンの攻撃はオークに浅い傷しかつかない。しかし、数の暴力は馬鹿にならない。オークが1匹のゴブリンを叩き潰す間に複数のゴブリンがオークに棍棒や錆びた剣を当てていく。
「不味いな……」
俺はこのままでは不味いと感じていた。理由はオークの装備だ。金属で出来た鎧を装備しているのだ。ゴブリンの攻撃はほとんどダメージを与えていない。
そもそも、鎧を着ている事がおかしい。ただの動物ではない。俺は認識を改める必要があるだろう。俺が不味いと思った理由の2つ目がそれだ。なるべく考えないようにしていた事だ。
ここは地球ではない。いや、地球の中の秘境に独自の未発見動物が居たとしても、鎧を着ている事はないだろう。もう認めるしかない。
「クソッタレ異世界め」
平和で退屈で死んだような目で過ごしていた日々よさようなら。危険で慌ただしく見たこともない素晴らしきクソッタレ異世界こんにちは。
もう戻れないかもしれない。いや、そうじゃない。もう戻らなくてもいい。無駄で無意味な世界からの解放だ。この異世界で自由に生きてやる。
「……やってやる! もう我慢はしねぇ!」
俺は廃墟から出て、オークの目の前まで歩み出る。ゴブリンは全滅したようだ。落ちていた棍棒を拾い上げる。
「グフウウウゥゥゥ……」
「次の相手は俺だ!」
俺は棍棒を構える。するとオークはニヤニヤと笑いながら口を開く。
「コノ……ブタ……ヤロウ……」
「お前、言葉がわかるのか!?」
俺は驚き思わず質問してしまった。だが、冷静に考えると俺に向かってブタヤロウと言うのはおかしい。どう考えてもブタヤロウなのはオークだ。
もしかして、とある推測が俺の脳裏に浮かびあがる。もしかして、このオークは自身に向けられた言葉をオウム返しのように話しているだけなのではないか。そして、「この豚野郎」というワードと傷だらけの鎧と斧を見て確信する。
「そうかお前、人間を殺して奪ったな!」
「コロス!!」
「もう我慢はしねぇ! 答えは”NO”だッッ!!」
全身に力が
「勝負ッ!!」
「ブオオオォォォォッ!!」
俺とオークは同時に走り出した
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