003 この景色は一生見られなかったんだろうな
「なんなんだこいつ!?」
緑色で二足歩行の動物? そんな動物が現実に居るはずがない。しかし、ゲームやアニメのファンタジー世界にはそっくりな奴が居る。ゴブリンだ。
「ゴブリン……って何考えてんだ俺は。ただの野生生物だろ。そうだと思いたい。そんなことよりも」
「ゲギャー!!」
俺を認識したゴブリン風野生生物は涎を撒き散らしながら鋭い爪の両手を構える。
あ、これ、マズい相手だ。人は武器道具がなければ家畜にさえ殺される事があるのだ。敵意を向けてくる野生生物が相手であれば言わずもがなである。
「に、逃げるが勝ちだ!」
俺は全力で逆方向に走った。社会人になってからここまで本気で走った事はない。脚が、肺が、心臓が、体中が悲鳴を上げている。もう限界だ。
「ゲゲギャー!」
背後で声がする。まだ追いかけて来ている。恐怖心が身体の限界を超える。俺はとにかく走った。
――どれだけ走ったか分からないが目の前に樹齢1000年以上の大木が現れた。幹も太く、右か左に迂回するしかない。どちらも薄暗く、枯れた草木で覆われた道なき道だ。
「ハァ、ハァ……でかい木だな。まっすぐは無理だから右か左かだが、どっちに行くべきか」
俺が迷っていると背後からまたあの声が聞こえてくる。早くしないとすぐに追いつかれるだろう。
「ええい、この際どっちでもいい! 適当に左だ!」
俺が左に向かおうとした時、左の草むらから緑のヤツが姿を現した。
「そんな馬鹿な! さっきまで後ろに居たはずじゃ……」
俺が後ろを振り向くと少し離れた位置に同じ姿が確認できる。つまりは2匹目だ。
「……」
左が駄目なら右だ。俺は声を出さずに右に体を向ける。いつでも走り出せるように覚悟を決める。走る。そしてすぐに止まる。
「シャアアアァァァァァ!!」
大木の右側には巨大な食虫植物が生えており、俺はその横を通り過ぎる予定だった。予定だったのだが、食虫植物が動き始めた事で計画は中断される。
「お前動くのかよ!」
「ギャッギャ!」
俺は食虫植物にツッコミを入れたのだが、応えたのはゴブリンだった。ゴブリン2匹は前後からジリジリと迫ってくる。涎をだらだらと垂らしている。もはや俺の事はただの餌としか思っていないのだろう。
「この俺を食うってのかよ!」
前は食虫植物、後ろはゴブリン、右はゴブリン、左は大木。四面楚歌。
「ギャッギャッ」
もうすぐ獲物にありつけると思ったのかゴブリンは笑い声をあげ、涎が溢れて止まらない。
「クソが! こんな最期なんて絶対に……”NO”だッッ!!」
そう宣言した瞬間、全能感が沸き上がる。今ならなんでも出来そうな気がする。いや、実際に
「今なら、完全に完璧に完全無欠に……逃げることが出来る!!」
そりゃあ逃げるだろう。いくら全能感に浸ろうともこちらは素手だ。凶暴な野生生物に無傷で勝てる気はしない。
「おりゃあああああああああ!」
俺は食虫植物に向かって走る。
「ギャギャギャー!!」
ゴブリン達は俺を追いかける。
「シャアアアァァァ!!」
食虫植物は俺を迎え撃つ。俺はそのまま突撃と見せかけて急停止からの方向転換を行う。大木に向かって跳躍する。
「さすがにここまでは登って来れないだろ!」
「ギャギャー!」
後ろから迫ってきていたゴブリンも俺の真似をして大木に抱きつく。だが、明らかに高さ不足だ。
「残念だったな、ゴブリン君。そこは食虫植物の
「シャアアアア!!」
「グギャー!!」
食虫植物に丸呑みにされるゴブリン達。
「成仏してくれ」
夜の森を歩くのは危険すぎる。さっきのような怪物が他にも居ると思っておいたほうがいいだろう。
「もう日が暮れるし、地上よりも木の上のほうが安全だよな。登るのは決定にしても、
俺は自分でも不思議に思うほど速く気を登っていく。そしてあっという間に頂上にたどり着いた。
「よっと! ……こりゃすげぇ」
どこまでも広がる黄金色の森。夕陽に照らされてキラキラと光り輝いている。死ぬまでに見たい風景100選に間違いなく選ばれるだろう。自然と涙が流れた。
「はははっ。あのまま会社の中に居たら、この景色は一生見られなかったんだろうな」
夕陽が沈むまで景色を楽しんだ。先程まで感じていた全能感はいつの間にか霧散していた。俺は周囲を見渡す。寝床を探す為だ。
「寝床はどこがいいかね。……あれは?」
そして見つけた。
そこには四畳半くらいの大きな鳥の巣があった。かなり前から使われていないようだ。ほとんど朽ちかけている。だが、俺にとっては十分だ。今日の寝床が決定した。
「古い鳥の巣か! 安全確認ヨシ! ここを本日の寝床とする!」
ビシッと指を指しながらしっかりと足場の安全を確認する。かなりの高所である。万が一でも落ちたら即死待ったナシだ。
問題ないと分かったところで、やっと張り詰めていた緊張を解いた。その瞬間、全能感の消失と共に全身に痛みが走る。
「いってててて、筋肉痛か!?」
全身が筋肉痛になったかのような痛みだ。しばらくの間、俺は悶え苦しみいつの間にか眠ってしまったのだった。
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