史上最弱のパーティは死にゲー世界の住人でした

川西郷授

第1話 酔っ払い。そして、この先自白が有効だ


「かぁあ~! ぬぁんで誰もパーティにならないのよ!」

 人でごった返す冒険者ギルドの酒場。その端っこ席に一人座って、叫んでいるのがこの私——エレナ・シェフィールドだ。

ぐびぐびと発泡酒を喉へ流し込む。喉がかあっと熱くなった。

 輝かしい冒険者を夢見て、この街〈ノヴィス〉に来てからもう十年と少し経った。

しかし現実は非情だ。今の今まで、その仲間が一切見つからない。

「んぐっんぐっ、ぷはぁ~‼」

 ああ、生き返る。この時だけが至福を感じるひと時。

「大体何よ……ぬぁにが、『魔法が使えないから』とか言って適当な理由で追い返しやがって……」

苦々しい記憶の数々と愚痴が押しぬけて出てきやがる。

「んぐっ、ぷはぁ~」

 その愚痴を塞ぐようにまた酒を喉へ流し込んだ。

ギルドの受付の方を睨む。

 あのピンク髪の女だ。無駄な胸の脂肪を揺らして男に媚びた笑顔を振りまくアイツ。

やれ『人手不足で今はどこのパーティも引く手あまたですよ~』とか抜かして、ちゃっかり仲介料取って、挙句の果てに私をこの状況に追い込んだヤツ。

「んぐっんぐっ、がぁ~‼ っざけんじゃないわよっ!」

 思い切り木のジョッキをボロいテーブルに叩きつけた。

「あ、あのぉ~お客様……」

「ああんっ?」

 眉を八の字にさせてこちらを除き込む女。いつも酒を運んでいるウェイトレスのお姉ちゃんだ。

何よ、この肌艶。それにポニーテールにしてうなじを見せている。

ピチピチしやがって。こういう存在は皆私の敵だ。

「その~ あまり大声を出されますと、他のお客様の迷惑になりますので、どうかお控えを……」

「あああんっ⁉ 何よアンタ……これだけがあたしの生きがいなのよ!」

「で、ですから大声は……」

「アンタもアタシから幸せを奪う気⁉」

「何をおっしゃって——」

「こ・れ・が。この時だけがあたしの幸せだっつってんのよ!」

 お姉ちゃんは今にも泣きそうな顔をしている。

よく見ると可愛い。はっ、こいつも男に媚びたツラしやがって。

「アンタもどうせ、歳取ったら捨てられんのよ! こんな肌艶しやがって……!」

 今年で27になった私。まだ若いっていうの。

「ひ、ひぃっ⁉」

「こんな、こんな胸出しやがって!」

 これ見よがしな谷間を露わにさせた。

 何よこのハリ。こんなものをぶら下げやがって。本当に腹立つ。

「きゃああ!」

 手のひらで掴めば、そこに吸いついてきやがる。クソ。

「アンタにも教えてやる……一番断られた理由をっ!」

 だから現実を教えてやる。この女だって、こんなに可愛くたって、どうせ捨てられるって。

 くそ。手のひら全体で思い切り揉んだのに潰せない。なんて弾力をしてやがる。

「んぅっ! や、やめてくださいぃ!」

「みんな! みんら、あたしの……あらしろぉ……」

 情緒が安定しない。

さっきまで怒りに飲まれかけていたのに、今度は泣きたくなるような衝動が込み上げてくる。

「とし、がぁ……だめ、だってぇ……ひぐっ」

歳だ。全てこれが悪い。

最近、もといここ数年はそれが理由で断られ続ける。どいつもこいつも冒険者という職業になるのは十代とかせいぜい二十代前半の若人たちだ。

「お、お客様……?」

「なんれぇ……なんでなのよぉ……」

「お客様……」

 憐れむような顔で私を見下げてくる。くそ。

 なんだこれ。なんで涙が止まらないのだろう。目と鼻の奥が熱すぎて沸騰しそうだ。

「うっ、ぐす……あんた、慰めなさいよぉ」

「へぇ⁉ い、いえ……私はただ注意を——はぅっ⁉」

 その白く艶の良い巨大な脂肪の塊に唇でかぶりつく。

しょっぱいくせに、何かの甘さみたいなのが口の中に広がる。

「あむあむ……ぐすっ」

「ぃやぁ、ぁ……!」

 甘い声で喘ぎやがって。くそ、くそ。

「ぐすっ、ぁあ……。あ、ああ、びゃぁああああ‼」

 ほんのりと感じる母性にたまっていた感情が爆発させられた。

「いやぁ‼」

「あらしらってぇ、きずつくのぉお。ぁぁぁあああああ」

「んぁあ! お、お客様、これ以上は本当に……!」

 色っぽい声。艶やかな肌。透き通るような髪。

 なんで若い女ってこうも完璧なのよ。

「だからぁ……あんらみらいな若い女ぁ、めちゃくちゃにしれやる……!」


 ——きゃぁぁあああああ!


 酒場中に響く若い女の嬌声混じりの絶叫。

 そこから先はまったく覚えていない。私の記憶はぱったり途絶えていた。



 ここはノヴィスの街の教会に併設された取調室の中。

主神たる〈ニウェウス〉の小さな像が、部屋の端で埃を被りながらこちらを見ている。

「はぁ、またお前さんか」

 私が座る木の机の向こう側。そこで、やれやれと肩をすくめながら、目の前に座る初老の男が言った。

この人はノヴィス教区の司教ニンブスさん。この街に流れ着いて途方に暮れていた時、私を拾ってくれた恩師である。そして、最近は悪い意味でよくお世話になっている人だ。

街で起こった重要度の低い事件の解決は教会の管轄として扱われる。そのため、大概の取り調べは司教が行う決まりとなっている。

そして今は、この人から昨日の一件についての尋問を受けているのだ。

「す、すみません……」

「んで、今回は何したの? また男ぶん殴って病院送りにしたとか?」

 淡々と、しかし呆れたで過去に起こした事件を突いてくる。

「い、いえ……そんなんじゃ……」

「じゃあ何って言うのよ」

 すごく言いづらいな、これ。覚えている記憶だけ取っても碌なものが無い。

「その、女の子を……」

「女の子を、どうしたの?」

「お、襲った、みたいです……」

「なるほどねぇ……」

 何か悟った表情で、すごく呆れながら大きなため息をこぼしたニンブスさん。

 今まで何度も尋問をこの人から受けてきたが、一番恥ずかしいパターンかもしれない。

「まあ、酒浸りになって度々トラブル起こすのはこれで初めてじゃないけどさ、まさか行くとこまで行っちゃうとはねぇ」

 襲ったと言っても本当に襲った訳では、無いと思う。しかしそう言い切る自信が無い。

「別に、ただ胸とか触っただけで……そんな、過激な事は……」

「まだそんな事言っちゃう感じ?」

 そう言いながら、ゴソゴソと机の右隣にある棚を手探る。そして、そこから一つ書簡を取り出した。

「……」

「じゃあ簡潔に、目撃者が証言したお前さんの行動を述べますと——」

 あれだけ人が多ければ目撃者もたくさん居るだろう。だが今の私にとって、その言葉は死刑宣告に近しい何かに感じられる。

「まず、過度な飲酒によって酩酊状態に陥り、再三の注意にも関わらず大声による迷惑行為の続行。これは覚えてるね?」

「……はい」

「そんで、その状態からウェイトレスの女の子、名前は……フェイア・セルブさんへのセクハラ行為で、まあお前さんが言っていた通り、胸部を激しく触っていた。これも覚えているね?」

「……はい」

「そして、こっからアンタはフェイアさんの洋服を往来ではぎ取った挙句、そのまま下腹部に手を伸ばして……こりゃひどいな」

 なんだそれ。そんな事全く覚えていないぞ。

「そ、それは……全く覚えてません」

「エレナ、お前さんねえ……」

 凄く蔑まれた目でニンブスさんは私を見つめている。

 だって本当に覚えていないのだもの。思い出そうとしても、あのハリつやのいいピチピチの肌の感触しか出てこない。

 だがニンブスさんは続ける。

「……それで、止めに入った自警団の男性三名に暴行。二人はかすり傷と鼻の内出血で、一人は軽い打撲を顔に負った」

「それも、知りません……」

 私が知りえないもう一つの私。いや、厳密には知っているが。

聞けば聞くほど、如何に自分がしょうもない人間なのかを思い知らされる。

「挙句の果てに自分も服を脱ぎ捨てて、再びフェイアさんへのセクハラ行為の続行」

「……」

 黙り込んでも、ニンブスさんの心底冷たい目が私の心を抉って来る。

「確かにねぇ、アンタが辛い状況だってのは分かってるけども」

 冷ややかな目の奥にかすかに感じる同情心。やめて、これが一番つらい。

「もういい歳だし。それにまぁ……べっぴんさんってわけじゃないけど、それでも女性なんだから、ね?」

 一言、いや二言余計だ。事実だけれども。

「うぐっ……」

「とりあえず、今回の事件も昔からのよしみで、ノヴィス教区教会預かりにはしておいたけど……まあまあ重くなるよ」

 重くなる、とは罪の事だ。それ以外にあり得ない。

「そ、その……どのくらい重いんですか」

「そうだねえ、三か月くらい〝お勤め〟して貰う事になるかな……」

 お勤めとはただ刑務に服役するだけでなく、ニウェウス教関連の施設の建設を奉仕としてタダで手伝うという事。

労働環境も良くて、稼げないことを除けばホワイトな場所だ。それ目当てでわざと罪を犯す輩も居るくらいのものである。

「お勤め、ですか」

 とは言え、三か月は私の人生で経験した中で最も長い刑期。できれば避けたい。

「普通だとそうなる。それでも結構軽い方だからね?」

「それは、承知しています……」

「まあ。でも今回はニウェウス様からは見放されてなかったっぽいよ」

 ニンブスさんは声色を少し明るくして言った。一体どういう事だろう。

 ちらりと、あの小さな像に目をかけたがそんな寵愛なんて微塵も感じない。

「どういう事ですか?」

「請願書だよ。アンタの減刑を求める」

「は?」

「本当に感謝しなよ、それを書いてくれた人たちにさ」

 人『たち』? どういう事だ。知り合いなんて居ない私にそんな事あるはずがない。

「いや、誰が請願書を?」

「まず、最大の被害者であるフェイアさん」

「いや、え? な、なんで?」

「えっと……調書によると『本人が〝責任〟を承諾してくれたので、不問にしてあげてください』と書いてあるね」

「責任? なにそれ?」

 本当に覚えていない。どういうことだ。

「酔っぱらっている時に、本人と何か個人契約でもしたんじゃないの?」

 存在しない記憶だ。今思い出せる事全てを以てしても、皆目見当もつかない。

「まあ、とりあえず一番の被害者当人から請願されただけでもデカいんだけど——更にあるのよね」

「それはどういう……」

「匿名だけど、ある貴族様も減刑の請願書を出してたみたいだよ」

 本当に訳が分からない。そんな事が出来る貴族のコネなんて無いそ。

「俺は知らんけど、凄い偉いっぽいよ」

「凄い……偉いって?」

「俺は正直、お前さんにはしっかりお勤めしてもらおうと思ってたけど、教区長様が偉い形相ですっ飛んできて『その女は減刑』だって言ってきてさ」

 何から何まで理解できない。正直、ニンブスさんの言葉はちょっと冷たいと思ったけど、それ以上に一体何が起きているのかが気になる。

「まあ、ともかくなんやかんやあって、お前さんの量刑は一日の禁固刑って事になったのね」

「一日の禁固刑?」

「そうそう。これは異端審問会の決定ね」

 異端審問会。字面だけ聞けば物騒だ。実際は民事事件の裁判所として機能している場所で、名前ほどヤバイ場所ではない、らしい。

「まあ、とりあえず今から入っとけば、明日の朝には出られるから」

「わ、わかりました……」

 ニンブスさんは席から立ち上がると、後ろにある鉄格子の扉を開けた。

「あと、出たらちゃんとお礼回り行くんだよ? 貴族様はともかく、あのウェイトレスの子とか、自警団の方々には必ずね」

「は、はい……」

「何だったら、俺もついて一緒に頭下げるから」

 ニンブスさんのこういう所は本当に尊敬するし、おそらく人が目指すべき人と言うのはこういう人を差すのだろう。ぶっちゃけタイプの男じゃないけど。

「……いつも、すいません」

「はあ……まあいいよ」

 やれやれと首を振りながら手錠に繋いだ紐を引いて私を引っ張っていく。そうして、私たちは取調室を出ていった。



 ジメジメとした石レンガ造りの小さな牢屋。その真ん中で膝を抱えて座る私。

埃と湿った土の臭いが鼻の中に充満している。

 はあ。酒は飲んでも飲まれるな、なんてよく言われるが、今回ばかりは本当にどうしようもない。まあ、これまで酔っ払い過ぎていい思いをした記憶が一つも無いが。

 ともかく、明日の朝までここで過ごしていれば良い。

 それだけなのに、いつもよりゆっくりと時間が進んでいるように感じられる。

もう夜だ。とうとう鉄格子の向こうの空は暗くなっているが、そこから時が動いている気がしない。

 こういうのは考え事をして気分転換を図るのが定石だろう。

 しかし、何かに逃避しようと頭を動かすと、謝罪回りをどうしていくかという懸念が徐々に頭を埋めていく。

 どうやって謝ろうか。菓子折りと土下座は当然として、他に何があるのだろう。記憶が無い分、余計にあの子と顔を合わせるのが本当に気まずい。

 一番怖いのは「責任」とか言う単語だ。あんな可愛らしい見た目しておいて、ヤバイ奴らと関わりでもあったのだろうか。本当に怖い。

「はぁ……」

 ため息をついて顔を上に向けた。

 ここに来てからと言うものの、何もかも上手く行っていない。

 私の生まれはすごく卑しい農家の家だった。親父が蒸発したその日の翌日に馬小屋で産み落とされたらしい。そして、私が六歳くらいの時に母親も死んだ。

何も分からないまま色々な町を物乞いとして彷徨っていたが、十四になった頃に冒険者という存在を知った。その出自に問わず、誰もがなれて誰もが大金持ちになれる生業だと。

そして、一番大きな冒険者ギルドがあるこの街へ流れ着いた。

相変わらず物乞いとして何とか飯にありついていたが、そんな時に手を差し伸べてくれたのがあのニンブスさんだった。

 そこから十数年と少し経った。だが、何も変わっていない。

 結局冒険者には成れていないし、金も無くて毎日ギリギリの生活だし、酒におぼれて暴力沙汰ばかり起こしているし。

 いずれにせよ、何も上手く行かない。やることなす事全て。

「あーあ、アタシの人生どうなってんのよ」

 天井に向かって吐き捨てた。そこには顔の形のように生えている苔が見える。

 それだけでなく色々な苔がある。しかも、一個一個細かく見ていとバリエーションが多くて結構面白い。

 その中で一つ白っぽいのを見つけた。白い苔なんて珍しいな……いや、カビの類か。

 でもそういう訳でも無い。何か、光のようなものだ。

もしかすると天井に空いた穴?

 服役中の犯罪者がこう言うのもアレだけど、ここのセキュリティは大丈夫なのだろうか。

 しかし、様子がおかしい。

 その穴はポロポロと欠片を落としながら、どんどん広がってゆく。

なんだろう嫌な予感がする。そう思い、座りながらも端の方へそろりと身体を寄せた。


 ——ドォォォオオオオン‼


「ヒィっ⁉」

 予想的中。いや、それ以上か。

 どうやら「何か」が落ちてきたみたいだ。あろうことか、私がさっきまで座っていたど真ん中に。

「げほっ、ごほっ」

 立ち込める土煙に視界と鼻をやられながら、落ちた場所を確認する。

「!」

 騎士だ。騎士が落ちてきた。

 鈍く輝く銀色の甲冑に身を包んだ騎士。よく見ると所々ぼろいし、布が多いデザインが主流のこの辺では全く見ないタイプの鎧だ。

 鎧だけ落ちてきた可能性もあるが、この形は明らかに人が入っている。背の高い男と変わらない程の背を持つこの私と同じくらい。つまり、まあまあのデカさだ。

「ちょ、ちょっと? アンタ、大丈夫?」

 一応声をかけてみるが、この勢いで落ちてきて無事とは到底思えない。

「もしもーし?」

 応答はない。やはり死んでしまったのだろうか。

 過去に特殊清掃のバイトをやった経験がある。だから、死体自体はあまり気味悪いとは思わないが、死体が目の前に落ちてきて狼狽えない人間などこの世に居るのだろうか。

 しかも、よりによって何で私の牢屋に落ちてくるのだ。

 こういうのにはあまり触らないのが鉄則だがやむを得ない。

恐る恐る、角張った方の肩のプレートへ手を伸ばす。

「うわぁ⁉」

 その瞬間。私の手が触れる手前で、ギロッと兜がこちらを向いた。

 明らかに私と目が合っている。最も私の目に映るのは、こちらを見つめる兜。

「あ、あの~ だ、大丈夫?」

 一応声をかけてみる。すると、人形のように半身だけをぐっと起こし、膝立ちになりながら私をずっと見つめている。

 この状況は一体何なのだ。白馬の王子様ならぬ、落下の甲冑男とでも言うのか。

 そのまま見つめ合って束の間、その騎士はおもむろに腰のベルトの方へ手を伸ばすと、何かを取り出した。

「何よそれ……石?」

 白い石のようなもの。それを使って、地面へ字を書き出す。


——《落下! そして、到着。つまり、出会いの時間だ……》——


 それは少ない単語を羅列したものだ。だが、何となくその意味を掴めた。

「えっと……つまり、アンタは上から落っこちてきて——」

 その騎士はコクコクと首を縦に振る。

「そんで、ここに着いて——」

 コクコク。

「——アタシと、その……出会った、って事?」

 ブンブン。最後の首振りは兜が脱げそうなほど大げさな縦振りだった。

 状況は把握した。いや、厳密に言えば全く出来ていないが、少なくともこの騎士が上から落ちてきたという事だけは分かった。

「まあ、何となくアンタの事は分かったわよ……」

 だがさっきから言いたかったことがある。

「ていうか——口を使いなさいよ!」

 さっきから何故こんな状況に追い詰められておいて、何故口を使って説明しない。

それこそ、確かに鎧はショボいけど、立派な騎士様なら教養は少なくとも私以上にあるはずだ。それなのに、話せない上に書いている単語もちぐはぐだ。

しばらくして、また騎士は地面に文字を書き始めた。


——《騎士は、口。つまり、沈黙》——


「騎士は口……沈黙……。ああ、つまり話せないって事?」

 またブンブンと勢いよく首を縦に振った。

「はあ……なるほどね」

 何で私もこんな短い単語の羅列で理解できてしまうのだろうか。

「それで、なんでアンタは落っこちて来たのよ?」

 そして、単純にして最も気になる疑問点をぶつける。どうしてこの騎士は勢いよく落下してきたのか。


——《悪人、そして穴。すなわち、落下攻撃》——


「えっと、つまり……悪い奴が居て、それで、穴?に……落下攻撃……あ、落とされたって事か」

 もう見慣れた感じで首を振る騎士。

 意外とこの謎解きは楽しいかもと思ってしまった。けど、きっと気のせいに違いない。

「って、いやいや。おかしいって」

 よく考えれば違和感しかない。

 ここはノヴィス教区教会が保有する牢屋。教会の敷地内の端っこを間借りして作られた場所だが、平屋になっているので地上階以外に存在しない。

つまり、この上にあるのは空だけだと言う事だ。

 そうなれば、この騎士は空中から落ちてきたという事になる。これは一体どういう事だ。

「この上には何も無いのよ? それなのに、落ちて来たっどういう事よ」

 騎士は分かりやすく肩すくめた。自分も分からないと言わんばかりに、

 何よそれ。やっぱり訳が分からない。だが、余計な詮索をしたところでしょうがない。

 本当に、私の人生の呪うわ。

「はあ……」

何か言いたげにその兜は私を見つめている。

「何よ。なんか文句あ——」


——ザシュッ‼


 突然騎士の首元へ何かが落ちてきて、ぶっ刺さった。

 それは剣だった。鉄製の長い刀身に木製の無骨な柄。恐らく、ロングソードと呼ばれる類のものだ。

「ちょ、いや」

 それが、目の前の騎士の首へ刺さっている。いや、正確に言えば右側に刀身がずれて刺さってて、文字通り首の皮でつながっている状況と言うべきか。

「いやいやいやいや、ちょっとアンタ!」

 何を言っても応答が返ってこない。

 茫然とその鎧を見つめる。

 だが束の間だった。今度は騎士の死体が消えていった。まるで乾いた砂が風に吹かれていくみたいに。

「は?」

 もう訳が分からない。私の目の前で一体何が起こっているのかが。

 ただ地面に突き刺さった剣だけがそこに残された。

天井の大穴から降り注ぐ月光は、まるで天使がその騎士を迎えるようだった。なんて、詩的なフレーズが思い浮かんだがそんな事を考えている場合ではない。

目の前で人が死んだ。しかもその死体が跡形も無く消えた。魔法の類か何かかもしれないが、いずれにせよ今まで体験した事のない状況である。

「いや、うそ……なんで」

 部屋の真ん中で狼狽える私。

 しかし、間髪入れずに次の事件が起こった。

 白いモヤの光のようなものが剣の周りを包み込んで、

 立っているのだ。さっき、確かに私の目の前で消えていった騎士が立っている。それも、首も繋がっていて、何事も無かったかのようにピンピンと。

「え、いや……」

 またおもむろにしゃがみこんで、何事も無かったかのように地面へ文字を書き始めた。


——《理解が必要、そして死。つまり、復活の時間だ……》——


 訳が分からない。訳が分からないが、とりあえずコイツは死んで復活したという事だろうか。不死身ってやつなのか。

 だがもはや、何も考えたくない。考えたところで何も進まない。とりあえず、すべてを受け入れよう。

「……はいはい。もうツッコむのも疲れたわよ」


——《不死! しかし、この先理解が有効だ》——


 何回理解を求めてくるのよ。

 だったら《理解》してやろうじゃないか。それが一番手っ取り早く何も考えずに済む方法だ。

「分かったわ。つまり、アンタは不死身で、よくわからないけど復活できるって事。そうでしょ?」

 その騎士は首を大げさに縦に振った。なんか犬をしつけているような気分だ。

「はあ……」

 一息ついてぶっ刺さった剣の隣に座り込む。それにつられて騎士も座った。

二人して月明かりに照らされ、膝を抱えて地面に尻を着けている。

「まあ、アタシはしばらくここ出られないし、アンタも同じ」

 吐き捨てるようにヤツの方を向いて呟いた。そしたら、ヤツは何も知らないように首を傾げた。

「明日までアタシと二人っきりって事よ」

 これ、場面によっちゃ最高にロマンチックなムードなのかもしれないけど、絵面が絵面だけに最悪だ。

「しっかし……なんか寒いわね」

 私はそう一言漏らした。

空きっぱなしの天井から入り込んでくる隙間風に晒されて、身体が暖を求めているのが分かる。

 なので、パチッ、と右手の指を鳴らして火をつけた。

物乞いをしていた時に、色んな書物を盗み見してやっと覚えた低級魔法。

 だが、それをさも何かの奇跡が目の前で起こったかのように、コイツは両手の拳を顎の下で揃えて見つめている。ほんの少しだけ可愛いらしさを感じる。

「何よ。アンタも魔法使えないの?」

 少し興味深そうに訊くと、ヤツは首を縦に振った。

「はあ……アンタもそうなのね。アタシもこれしか使えないのよ」

 ゆらゆらと人差し指の先で揺れる小さな炎。それをじっと見つめていると、徐々に弱まっていく。所詮、私の魔力じゃこれくらいの灯りが限界だ。

 ほんの少しだけスカートの端っこをちぎって、そこに火を点けた。その火種をゆっくりと突き刺さった剣の下へそれを運んでゆく。

 小さな炎がロングソードの刃と、ヤツの鎧の兜鈍く照らす。

 少し幻想だな、なんて思った。


——《おお、火よ……。しかし、神》——


 そんな事を地面に書き残すとヤツは立ち上がった。そして再び剣の前に右膝をつけて、その首を垂れた。さながら、何かの儀式で神を崇め奉るように。

 そんな大げさな。たかだかこんな低級魔法をこんな風にありがたがるかね。

 でもまあ、悪い気はしない。

 徐々にその火は刀身の部分へ広がっていく。暖められた鉄が熱気を放って心地が良い暖かさを放っている。

 段々と眠くなってきた。

 アイツも私の真正面に座りなおした。そして、片膝を持って首をかくんと上下に動かしている。どうやら、寝たようだ。

 そうしたら、私も寝るかな。

未だ肌寒さを感じつつ、徐々に意識が落ちていった。

 


「——んで、この状況になった、と」

 腕を組みながら肩をすくめるニンブスさんに事の顛末を説明した。十数時間前に見た光景だ。唯一違うのは隣に居る騎士の存在か。

「この人が上から降って、ねぇ」

 さっきから何度も説明しているが、やはり信じてもらえない。

「本当です! コイツがいきなり降ってきて、天井に穴空いてて、それで——」

「落ち着いて」

「でも!」

 ニンブスさんは隣にいる騎士に目をやった。

「それに、この人の証言も証拠能力としてあるかどうかは正直怪しいよね」


——《女、真実。すなわち、解放》——


 例のごとく、たった数個の単語で構成された供述書。それを指でトントンと叩くニンブスさん。

 確かに、こんなの誰がどう見たってでたらめに書いているようにしか見えないだろう。

「大体、なんでそこの人は話せないの? 本当は話せるんじゃないの?」

「アタシだってその事は何度も疑いましたよ! けど、全然話さないんですよコイツ!」

「はあ……まあそうだろうね」

 コクコクとやはり大げさに首を振っているコイツ。いかにも「話せませんよ」と言わんばかりだ。

「その上、身元不明と来たもんだから、やっぱりこの人の証言を証拠として機能させるのは難しそうなんだよね」

「それは……分かっています」

 ニンブスさんは手元に抱える資料をちらりとやった。

「壊れた屋根の損害賠償として、ざっとこれくらい」

 そう言いながら二本指を私に向けた。

「二十万フェルーゴ程かな」

「に、二十万⁉」

「そりゃあ、そのくらいかかるよ。歴史あるノヴィス教会の牢屋を壊しちゃったんだから」

 二十万フェルーゴ。この世界でその金があれば、大体普通の家を二件ほど買える額だ。

「いやいやいやいや‼ 払えませんよそんなに!」

 上段じゃない。屋根の破壊まで私の責任になった挙句、そのとてつもない賠償をさせられるなんて。とてもじゃないが、一生かかっても払えない。

 全く。何もかもコイツのせいだ。

コイツがここに降って来さえしなければ、私は刑期満了で晴れてシャバに戻れたし、こんな多額の賠償をさせられる事も無かっただろうに。

 じっとコイツの兜を睨みつける。それはもう仰々しく殺意を込めて。

しかし、何も知らなそう顔しやがっている。顔なんて分からないけど。

「けどね——」

 ニンブスさん口を開いた。その声色は少し明るい感じだった。

「もしお前さんが、その人の身元引受人になるというのなら、話は別だけどね」

 全然話が見えてこない。どういう事だ。

「身元引受人? それは、どういう……」

「今のところ、この人は住所不定かつ出生届無しの人間で、異端審問会としては直接この人に請求する訳には行かないんだよね」

「は、はあ……」

「そこで、お前さんが身元引受人になる事で、この人のノヴィスへの市民登録を助けてあげる。そうすれば、晴れてお前さんは無実の身。審問会はこの人に対しての直接的な請求権を獲得するって算段よ」

「……大体話はつかめました。けど、具体的にどうすれば?」

「それはお前さんが自分で考える事だよ」

「そんな事言われたって、分からないです……」

「まあヒントをあげるなら……冒険者とかね」

「冒険者、ですか?」

「あれならガラ悪くても頭数さえ揃えてしまえば万事解決だし」

「いや、アタシ、その頭数を揃えられなくて今まで困ってたんですけど……」

「でも一人出来たじゃない」

「はい?」

「その人だよ。その甲冑の人」

 コイツが私のパーティメンバー? いや、冗談じゃない。

「いやいや! それだけは無いでしょ! だって、コイツのせいで今があるんですよ!」

「とは言えどもねえ……」

 あの冷ややかながら、どこか同情心を感じさせる目で見てくるニンブスさん。

「行き遅れの27で現在無職。何の能力も無ければ、魔法も使えない脳みそ。おまけに毎回酒場で酔っては問題を起こして、そのほとんどは暴力沙汰」

 やめて、すごく胸が痛い。チクチクとかそんなレべルじゃなくて、グサグサ来る。

「ぐっ……うう」

「そんな人間について行こうなんて考える人、一人でも見つけるのは至難の業だと思うけどねぇ」

「……やめてください。そんなのはアタシが一番分かってます……」

「なら、少なくともその人を連れて行くのは決定じゃないのかな」

 あの憎たらしい兜を再び睨みつける。でも今度は、何とも言えない感情で。

 相変わらず何も知らなさそうな雰囲気で首を傾げてやがる。全く犬か、アンタは。

 だが段々、少しおびえた様子で首を下げ始めたコイツを見て、同情心のようなものが湧いてきてしまった。

 このまま離してしまえば、昔の私みたいに路頭に迷うのかもしれない。そんなお節介な心配。

 全くしょうがない。

「……分かりました。コイツの身元を引き受ければいいんですよね」

「とりあえず、やってくれるのかな?」

「不本意ですけど、凄く気分悪いですけど……やります」

「よし、契約成立だね。とりあえず——」

 ニンブスさんは机の隣にある棚に手を突っ込んでごそごそと何かを手探り、それを取り出した。

「はい、これ身元引受人の書類ね。とりあえず、お前さんのサインとその人のサインがあれば大丈夫だから、書いといてね」

 一番上にはでかでか「身元引受人契約書」と書かれ、その下には細かい文字でずらっと要項について書かれている。

見ているだけで頭が痛くなる。

「ほら。これアンタも書きなさいよ」

 肘で突っついて俯いてしまったコイツを起こさせようとする。

 だがなかなか戻ってこない。ずっと俯いたまま、何も反応を示さないのだ。

「ちょっと、アンタ」

 それだけ不安になったのだろうか。

まだコイツと出会って数時間だが、やっぱり少しだけ同情してしまう自分が居る。

「ちょっと!」

 どれだけ強く突いても反応が無い。左の肘が少し痛んだ。

「……はあ。まあ気持ちは分からない訳でも無いけど、アンタのサインが必要なのよ。だから——」

 クカー、クカー。

 たまに首を揺らしながら、いびきのような音を兜の中に反響させている。

「あ、アンタ……まさか」

「あっはっはっは! こりゃまた良く寝る騎士様だな」

 少し神妙な面持ちだった表情を変えて、目じりに涙を浮かべてニンブスさんは笑っていた。おまけに膝まで叩きながら。

 あーだめだ。身体が怒りで震えてくる。さっきまでコイツに少しでも同情した自分に怒りが湧いた。

「アンタねぇ……!」

 クカー、クカー。

 だが、怒りに震える拳を膝の上に置いた。もっとも、こんな硬そうな鎧をぶん殴ったら、全治一か月コースかそれ以上だろう。

「……まあ。寝ている人を起こすのは良くない。なので、お前さんが書いてあげればいいんじゃないのかな」

「私が、ですか?」

「ここだけの話、本当は駄目なんだけど、俺も居る事だし、それに——」

 私とコイツに目線を振りながらニンブスさんは続けた。

「面白いもの見せてもらったお礼として、特別にお前さんがこの人の分のサインを書く事を許してあげるよ」

 この私の必死の状況をもってして「面白いもの」と断言してしまうその性格はどうなのだろう。

 だが、この話には明確な欠点がある。

「まあ、五千歩くらい譲って、それは飲みますけど……」

「けど?」

「コイツの名前、アタシ知らないんですよ」

 そういえばそうか、とばかりの表情で頷くニンブスさん。

だが束の間。何かをひらめいた顔に変わった。

「なら、お前さんが名付けしてあげればいいじゃないか」

「それはどういう事ですか?」

「そのまんまの意味だよ。書類へのサイン用の名前は必要なんだから」

「そんな適当で大丈夫なんですか?」

「正直、この手の契約書のサイン欄なんて便宜上の話だからねえ。とりあえずって事で書いてあげなよ」

「いや、でも——」

「それともこの契約書を反故にして、あの賠償金をお前さんが被るかい?」

「そ、それだけはマジで勘弁して下さい……」

「なら、決めてあげるんだね」

 という事で、コイツの名前を考えなくてはならなくなった。

 そうは言われたとしても、何が良い名前なのか。

大体、ペットすら飼ったこと無い私に名付けるなど無茶を言う。ましてやそれが人の名前と来たものだ。

 一方、そんな事で悩んでいる私を差し置いて、ニンブスさんはニコニコとこちらを細目で見ている。早く決めろ、という圧を感じる。

 うーん。どうしようか。

パッと思いたのは、ランスロットとかアーサー、あるいはリチャード。

その名の持ち主がどんな人間かは全く知らないけど、なんとなく「騎士」というイメージに結びついている名前な気がする。

 でもコイツなんかには絶対もったいない名前だ。もっとこう、普通のものが良い。

 タロウ、ジロウ、カズマ……何を考えてもしっくりこない。

 大体、名無しの騎士にどう名付けろと——。

「!」

 そうか、名無しだ。これをそのままつけてしまえばいい。

「……ナナシ」

 ぼそりと呟いた。

「お、決まったかい?」

 名前と言うにはあまりに適当過ぎる。けど、まともな名前を付けろという注文も無いのだから、これでいいだろう。

「ナナシ、にします」

「ははは、そりゃまた面白い名前だ。その適当さだけは伝わってくるよ」

 褒めているのかそうじゃないのか分かりにくい。まあ、適当なのはその通りだが。

「ど、どうも……」

「それじゃ、お前さん——もとい、エレナ・シェフィールドと、この人……ナナシさん両名の記名をこちらに」

 事務的に口調を変えて淡々と述べ、ずいっと私の前に契約書と羽のペンを差し出した。

 エレナ……シェフィールド……ナ、ナ、シ。二つの記入欄にそれぞれの名前を書いた。

グズグズの汚すぎる字で二人の名を書き記した。

「……よし、これで終わりだね」

 ニンブスさんは両手で丁寧に私が書いた契約書を胸元へ抱えむ。

 これにて、不本意だが私はこの甲冑野郎の身元引受人となってしまった。

 どうやってコキを使ってやろうか。不死身だと言うのならば、あんな仕事やこんな仕事だって国はならないはず。

「ぐへへ……」

 未だ眠りこけるコイツを見ながら不敵に笑う私。

 前の席の方から、またあの冷たい視線を感じたが、気のせいのはずだ。


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史上最弱のパーティは死にゲー世界の住人でした 川西郷授 @kawaumi_gouju

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