第72話 お見合いしたいって!?

 折り入ってご相談が、と堅苦しい手紙が城に届いたのはお茶会から一週間も経たない頃だった。

 手紙の相手はアイリで、彼女らしいかわいらしい文字で手紙は綴られていた。


 手紙の内容は要約するとつまり。

 ⋯⋯⋯⋯。

 マルコとお見合いしたいということだった!


 もちろん、お見合いの申し出を女性からするのは決してないことではない。間を親戚などに取り持ってもらう。結婚は家と家の繋がりでもあるし。

 それならわたしたち夫婦がふたりを引き合わせても問題は無いはず。確かに、形式的に問題は無い。

 無いんだけど、ね。


「ねぇ、なにがどうしてそうなったのかなぁ?」

 ラカムに話すと彼は執務室の机で手に持ったペンを置いて、わたしの顔を見た。

「アンはまだまだ子供だな。こりゃ、俺たちの子供ができるのはまだまだ先かもしれないなぁ」

 はぁ〜、と見事なため息をついた。

「冗談はよしてよね! んもう!」


「紹介してほしいってことはさ、相手を好ましく思ってもっとよく知りたいと思ったか」

「か?」

「事情があるってことだろう?」

「そうなの?」

 はぁ、と今度は本格的なため息が彼の口からこぼれ落ちた。わたしってなにもわからない馬鹿なのかもしれないと少し落ち込んで、クッションをぎゅっと抱く。


「あのさ、まず第一に子供を早く作ることは大事な事だから。今は国が乱れかけてる。今のうち、まだ平和と言える時に子供を作った方がアンも、子供の心の成長も安心じゃない?」

 わたしはクッションについているフサフサした紐タッセルを指で弄っていた。本当のことを言うと、そんなこと、まるで考えたことがなかった。

 わたしたちはまだ恋愛関係になって歴が浅いし、もっと今みたいに甘くて楽しい時間を過ごすものかと思っていたから。


 アホ。


「馬鹿だなぁ、そんな顔をしてさ。別にアンがゆっくりの方がいいなら、それでいいんだよ。俺はアンの考えに一票」

「なにそれ? なんかムカつくなぁ」

「そのまんまだよ。今は楽しいし、ふたりに似た子供ができて三人になるのもきっと楽しいでしょう? まぁ、俺が楽観的で子育ては死ぬほど大変なのかもしれないけどね」

 子育ての手伝いをしたことがある。子供が何人もいる家は本当に大変だった。母親は怒っていると言うより、お手上げという様子で、わたしはずいぶん当たられたけど、とても文句を言えなかった。


「小さな子供を預かれるところか、子供の小さい母親を援助できるようにしたいな」

「お、新しい発想」

「だって母親だって開墾の手伝いをしないわけにはいかないじゃない? でもその間、小さい子の世話をしてくれてた上の子は学校に行くようになっちゃったじゃない? 母親も子供もかわいそうだわ」

 ふぅん、とラカムは言って、にこにこ笑った。馬鹿にされているのかと思って恥ずかしくなる。


「そういう女性特有の悩み事をあげてくれると助かります。次の会議にかけてみよう。小さな子供を預かる人は賃金も与えられるし、そうしたら経済も回るからね」

「そういうものなの?」

「働きます、お金をもらいます、使います、使われたところでは材料を仕入れたり給金を払ったりします。ほら、くるくる回るだろう?」

 わたしのちっぽけな考えが世の中を動かすなんて思ってもみなかったのでドキドキしてきた。


 ◇


「話は戻るけど、アイリ嬢はマルコを気に入ったのかもしれない。まだ、恋とは呼べないかもしれないけど」

 ドキーン、とする!

 誰かの恋の話って、自分の話と同じくらいドキドキしちゃう。わたしって下世話なのかしら?

「恋ってそんなに簡単に落ちちゃう?」

「落ちる、落ちる。その時は一瞬だよ」

「本当に?」

 ラカムの目をジーッと見る。

 わたしたちは形式的には政略結婚で、わたしはまだ誰にも恋したことのない小娘だった。誰かに恋するって経験がない。


「そんな顔するなよ。人生のやり直しはさすがにさせてやれないけど、俺たちだって恋に落ちたんだ。⋯⋯その、アンが俺を好きだと思ってくれているのが前提だけど。くさい言い方だけど、俺はアンを恋に落としたんだよ。それならアンも⋯⋯」

 わたしは答えの代わりに立ち上がって彼の膝に軽く腰をかけて、頬にキスをした。

 よくわからないけど、愛ならいっぱいあるし。


 ラカムは頬を押さえてぼーっとすると、ボソボソと話し始めた。

「ねぇ、ちょっとくらい冒険者の俺、カッコよくなかった?」

 わたしはその頃を思い返してみた。

 イケメンの彼があちこちでモテたのは知ってる。でもわたしは冒険者として駆け出しで、男女の仲について考える余裕はなかった。


 ただ、みんなに置いていかれないように必死に、その銀髪を追いかけていた――。


「いつもわたしの目標だったよ」

 彼はそれだけでも満足してくれたようで、わたしの髪を撫でてくれた。そっと、大切そうに。

 恋をする余裕がなかったなんて、子供だな。人生の隙間に恋なんてものはするりと忍び込んでこなかった。


 とすると、アイリの方がおとなしそうに見えて精神的に大人なのかもしれない。

 お見合いは気に入った相手と結婚を前提に行われるものだし、そこには家の事情も含まれている。

「ロイス侯爵、つまりアイリのお父様ってどんな方?」

「そうだな、領土が北部の資源に乏しいところにあるせいか、少し引いてるところはあるかな」

「貴族社会も難しいのね」

 今回の結婚話にはそれも関係するのかもしれないと思った。

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