第70話 操り人形

 お茶会はその後も和やかに少女たちのさざめきのような笑い声に包まれて続いた。

「では夫人はずっと領地にいらっしゃったんですか?」

「わたし、本当に馬車が苦手で。夫が道を良くしようとがんばってくれてるんですけど」

「うわ、惚気入りましたね!」

 くすくすくす、くすくすくす。

 前ならからかわれたら固まってしまうところだけど、今は楽しいお友達とのおしゃべりの一環だ。惚気話もネタのひとつ。


「⋯⋯わたしは冬の間、アイリ様のようにタウンハウスで過ごしました。いくつかのパーティーに招待されて、断れないいくつかのものに出席しました」

 シャロンはじっと、そこまで言ってわたしを見た。

 わたしは一瞬たじろいだ。

「アントワーヌ様、そこでどなたとお会いしたと思います? 他ならぬアンドリュー皇太子殿下です」

「殿下が!? 陛下が病床に伏せってる時に個人的にパーティーに出ていたんですか?」

「ええ、ミリアム、そうよ」

 ギュッと拳に力が入る。

 わたしの実の父親ではないけれど、それでも父親だ。それを蔑ろにされるなんて――。

「アンドリュー皇太子殿下は率直に言うと皇太子妃候補を探していらっしゃるようです」

「婚約者の南部の方は?」

「さあ」


 アンドリューにとっては実の父親であるはずの国王陛下が、いつ、どうなるのかわからないのに女の品定めをしていたなんて。

 なんて、愚かしい男なんだろう!

 噂では南部の子女と結婚して、南部の勢力を取り込むと聞いていたのに、それは変わったのかしら?

「それでシャロン様、あの~」

「ええ、踊りましたわよ。お断りするわけにいかないじゃないですか」

 いつも冷たそうに見えるシャロンの横顔が、今日は氷点下まで凍っていそうに見えた。


「お兄様のダンスはいかがでしたか?」

 少し場を和ませるように、わたしはのんびりそう言った。

 そう言えばアンドリューと踊った覚えがない。

「⋯⋯流石にお上手でした。わたしはリードされっぱなしで、殿下の思いのままに操られてるようでした」

「操り人形⋯⋯わぁ」

 カタリーナが変なところで変な相槌を打って、ミリアムが肘で彼女を突いた。

「殿下はパーティーになんか出るべきじゃなかったって話をしているのよ! 変なところで妄想膨らませてないで!」

 わたしは不覚にもそこで、あまり上品ではない笑い声を漏らしてしまった! まさにアンの!

「ゲホ、ゲホッ」

「アントワーヌ様、大丈夫ですか?」

「え、ええ、失礼したわね。そうよね、殿方のペースで踊らされるとドキドキするわよね」

「夫人もそうなんですね!? 共感してくださってうれしいです!」


 みんな女の子だな、と思う。

 わたしたちが冬の間、間断なく現れる魔獣に困らされていたことなんて想像もできないだろう。

 でもそれでいいと思う。

 女の子、でいる間は、お花やケーキやドレスに囲まれて育てばいいと思うから。

 現実を知るのは、それからでいいと思う。城外の暮らしはハードモードだ。今くらい、乙女の時間があってもいい。


 こほん、と咳ひとつ。

「それでなにが言いたいかと申しますと、遠回しにアンドリュー皇太子殿下に妃殿下になるつもりはないかというお話をいただいたんです」

「シャロン! そんな個人的な重要な話、しなくてもいいのよ」

「いいえ、夫人にぜひお聞かせしたくて今日もそのつもりでここに来ました」

 焦った。

 高度に政治的な話だった。

 ミリアムとカタリーナはシャロンの女性としての素晴らしさが、婚約者のいる皇太子殿下の心を動かしたんだとはしゃいだ。

 当のシャロンはそれに流されることはなく、お茶を飲んでいた。

 これは大ニュースだ! アンドリューは北部を潰しに本気で来るつもりなのかしら?

 南部の婚約者と別れても大丈夫なくらい、南部は掌握したのかもしれない。


「夫人、わたしは父上の命令があればそれに従うまでです。貴族の娘に嫁ぎ先は選べませんから」

「シャロン様、でもそのような、その、不誠実な⋯⋯」

「わたしだって元は望んだ結婚ではなかったので、シャロンの言いたいことはよくわかります」

「しかしわたしは愚かしい女ですがこれだけはわかります。わたしが嫁いだとしたら、今までに掌握した南部に続いて、広大な北部を掌握することの意味を。⋯⋯女が政治を語るものではありませんが」


 シャロンは思っていた通り、実に冷静で聡明な女性だった。何事もなければ、こんな女性にこそ王妃になってほしいものだけれど。

「今までの婚約者を蔑ろにするのはいただけませんわね。条件が良ければそういうこともあるでしょうが、皇太子殿下ともあろう方がそんな俗物であるのはあまり好ましいものだと思えません。――なによりシャロンが気の毒だわ! わたし、そろそろ王都のお父様のところに行くつもりだったんです。真相を確かめてみるわ」

 ミリアムとカタリーナは身を寄せあってじっとしていた。憧れていた王子様の裏の面を見たことに驚きを隠せないようだった。

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