第69話 花の咲く頃
「ごきげんよう、伯爵夫人」
意外なことに一番はじめに現れたのはキンダー・シャロンだった。大人っぽく洗練された臙脂のドレスで現れた。いつ見ても、美しい人。
彼女は扇子で顔を隠しながら、わたしを見た。見間違いでなければ赤い顔をしたいた。だからいつも憎めない。
⋯⋯ただ、一連の出来事に侯爵が関わっていなければいいのだけど、と願う。
そして、もう少し春めいたらお父様、つまり陛下のご様子を見に行こうと思った。
「夫人!」
ミリアムとカタリーナはいつも通り元気に馬車から飛び出してきた。仲のいいふたりは領地も隣同士で相乗りしてきたらしい。
その後に少し小ぶりの馬車に乗って、アイリがやって来た。まるで春の妖精のような花模様のドレスで、みんなの目がアイリに集まる。いつもはどちらかと言うと地味で物静かな彼女が、自己主張したドレスを着ているのは不思議だった。
「あの、少し派手でしたでしょうか?」
「いつもが地味だったんですよ。少女らしいあなたによくお似合い」とシャロンが微笑んだ。アイリは真っ赤になってしまって「自分のようなものが⋯⋯」と繰り返していた。
「よろしければ教えてくださいな。そちらのドレスはどちらで?」
「そうですわ! どこで仕立てられたのですか? マダム・サシュのところでもそんなかわいらしいスタイルのものは見かけませんでしたわよ」
「教えてくださらない? きっと流行るわよ」
アイリはかわいそうなくらい赤くなって俯き、小さくなった。わたしは助けを入れてあげようと口を開きかけた。
「王都です。王都のマダム・アリスのお店のものです」
「まぁ!!!」
少女たちの声が重なった。
「マダム・アリスと言えば王室御用達でこそありませんが、流行の最先端じゃないですか? まさか、冬の間に王都に?」
「はい。我が領地は本当に雪深いので、父が冬はタウンハウスで過ごすようにと言ってくれたんです。なので、そこで身分のある方とお会いするためにマダム・アリスのドレスを何着か作らせていただいたんです。
これはそのうちの一着で、春になったら皆さんの前で着ようと⋯⋯」
アイリは顔を覆って黙ってしまった。
みんな口々によく似合っていると言ったし、彼女を席につかせてお茶やケーキを並べてあげた。
そこにマルコがすっと横からやって来て「奥様、お嬢様のご気分が優れないのでしたら少し別室で休まれてはいかがでしょうか?」と言ってきた。
マルコはそこにいるだけでタンポポや向日葵のようなムードメーカーではあるけれど、いつも自分から前に出ようとはしないので、わたしは少し驚いて、返事が遅れてしまった。
「奥様、差し出がましい口を」
「いいえ、マルコの言う通りだわ。気持ちが鎮まるまで静かな部屋にいるといいと思うわ。マリア、ご案内して差し上げて」
マルコは顔を下げてすっと、定位置に戻って行った。
なにそれ!!!
カッコいい!!!
マルコにそんなところがあるなんて、今まで微塵も感じなかった。
今度ハイディンに会ったら、絶対報告しないといけない。
心なしか、マルコの横を通るアイリの耳が色づいていた。うーん、罪なヤツ。
「アイリ様は冬の間、タウンハウスで、つまり王都で過ごされたってことですよね?」
「うらやましいですわ。王都は雪が少ないから冬でもパーティーがあるとか」
「夢の世界ですわね」
扇子をそっとずらして、シャロンが呟いた。
「いつものパーティーとあまり変わりませんわ」
みんなは突然の発言に驚いて、一瞬言葉が止まったけれど、どっと言葉は決壊した。
「シャロン様も出られたんですか?」
「ええ、うちは比較的、王都に近いですし、父がうるさいんです。今のうちに人脈を作れと」
「まぁ~、お父様が人脈がおありだからそう仰るんですよ。うちなんて父も人脈が少ないですから、年中通してパーティーのご招待も少ないですわ。こうして夫人と親交ができて、少しずつわたしにも招待状が増えてきたところです」
女の子の賑やかなのっていいな、と思いながらお茶を飲んでいる。タルトひとつ食べる仕草もかわいらしい。
わたしにとっては憧れてた物語の中の世界のようだ。
「ああー、王都に行って素敵なドレスを買ってパーティーに招かれて恋したい⋯⋯」
ミリアムは目をうるわせてそう言った。うんうん、女の子なら誰でも憧れるシチュエーションよねぇ。ダンスをして、ヒールの踵が折れてしまったり。
「何の話?」
ギョッとするのはいつものことで、ラカムがわたしの椅子の後ろに立っていた。この男、気配がない。
「えーと、アイリが気分悪くなっちゃって」
「ああ、大丈夫。アイリ嬢ならマルコが話し相手になって向こうの部屋でお茶をしてるよ」
「マルコが!?」
わたしは思わず立ち上がりそうになった。
「確かにマルコはアントワーヌの護衛なんだから席を外すのはまずいのはわかるけど、マリアに頼まれてたみたいだから許してやれよ。アントワーヌの護衛も確かにもう一人増やさないとなぁ」
ラカムはブツブツと自分の世界に入ってしまった。
わたしは恥ずかしがり屋のアイリが気がかりで仕方なかった。
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