第68話 クローバーの手紙
せっかく春がやって来たというのに、みんな城から出て行ってしまった。
それもこれもあのお忙しい領主様のお陰だ。
騎士たちはまず、砦の番の交代をして、それから地方の視察に向かわされた。うちはブラックだ。
せっかく慣れたマルコはどうなるのかと思ったけど、まだわたしの護衛として残ることになった。
でも残念なことに要職に就いてしまったハイディンはたまにしか城にやってこない。
そんな時、わたしはハイディンをお茶に呼んで、砦でどんなことが起きているのかを聞かせてもらった。別に政治的な質問じゃなくて、砦のみんながどんな風に暮らしているのかとか、何が流行っているのかとか、そういうたわいもないこと。
でも真面目な話をすることもある。
やはり今年の冬は例年に比べると魔獣が多かったこと。代わりにそれほど凶悪なものではなかったこと。だとすると――向こうには
このことはもちろんラカムにも報告済で、わたしも話は聞いていた。ビーストテイマーなんて稀な職業だなぁとお茶をすすりながら思っていた。
裏切るかもしれない魔獣より、自分の攻撃魔法の方が余程あてになるだろうと。
それをポロッと口にするとハイディンは「奥様以外にそんなことを考える者はいませんよ。普通は生身で戦うと自分が傷つく可能性がありますからね」と言った。
確かに。
わたしは歯が立たなかったキメラのせいで、つまるところ肉体を失った。
それを代わりに魔獣が受けていてくれれば⋯⋯。やっぱり「ダメよ、そんなの」。
「そうですか?」
「魔獣にだって命があるのよ!」
ハイディンは膝を叩いて大きな声で笑った。
「いやなに、私たちは冬の間、その命を屠ってたもので。奥様はやはり慈悲深い方ですね」
⋯⋯ああ、アホなことを言ってしまった。確かにわたしだって躊躇いなく魔獣の命を奪ってきたんだもの、今更ってことだわ。
「そんな奥様がご主人様のハートをしっかり掴んでるんですよッ」
余計なお世話だわ〜!!
◇
「ああ、ハイディン、来てたのか」
「はい、このところ魔獣もめっきり減ったので」
「雪解けと共に魔獣が減るなんて変だよな。もしけしかけてるヤツがいるんだとしても、なんで冬限定なんだ?」
「仕返しが怖いからですよ」
「なるほど」
今日はどこに行ってきたのか、ラカムの靴は泥だらけだった。農村の見回り、といった具合だろうか?
今のところ、冬が越せなかった村はないらしい。
貧しい村には備えのある村が援助をしたという美談もあった。
それ以前に、城からも不足しているものは送っていたけれども。
「冬を越したら誰もいなくなってた集落があったりしたらどうしようかと思ったよ。ギリギリのところももちろんあったらしいけど、今回困ったなら、来年は蓄えを増やすことにするだろう。俺は税を増やすつもりはないし」
「そもそも税を増やして何に使うの?」
「個人的にってことだろう? 俺みたいな庶民にはわかんないな。でもアントワーヌが持っているような装飾品が欲しかったりはするのかもな」
アントワーヌは王女らしくたくさんの装飾品を持ってお嫁に来た。なので、そこを突かれると痛い。
「そんな顔するなよ。陛下だって
「お父様のお気持ちなのだとすると⋯⋯売り払うようなことになったらダメだよね」
「そうさせないのが俺の仕事! なんて言ったって王女の最高のパートナーだからね」
言ってる、言ってる。まったく鼻高々なんだから。
でもラカムのお陰でこの領地の経営は上手くいってるわけだし、ラカム様々だ。
◇
「この橋が今回壊れたんですよ。雪解け水を食らって」
「なるほどな、水がこの川に一斉に入る作りの土地なのか」
「しかし交通の要所でもあるわけで」
キートンが来ると、執務室の大テーブルの上には大きな地図が広げられる。この地図も古いとやらで、今年、描き換えることが決まっている。測量、というのを大掛かりにやるらしい。
土木、というのはさすがにわたしにはよくわからない。
ここにパン屋さんが欲しいわ、とかせいぜいそんなもので。
そういうわけでいつも除け者だ。⋯⋯欠伸。
「アン、春になったんだからパーティーでも開けばいいじゃないか。いつものメンバーなら気軽だろう? 北地の男爵領もさすがに雪解けしたさ。みんな心待ちにしてるんじゃないのか?」
背筋がシャキンとする。
そうだ! 忘れてた!
「ラカム、ありがとう! すっかり忘れてたわ。親交を深めるのも女主人の仕事のひとつなのに。手紙、書いてくる!」
言うなりわたしは自室に戻り、エイミーにレターセットの用意をするようにいいつけた。
わたしの大切なお友達。みんなかわいい女の子で、冒険中には考えられなかった。
手紙には去年作ったクローバーの押し花をつけた。
わたしたちの友情の再開に、ワクワクした。
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