第66話 魂と器
「やっぱり、魔法が使えるなんて気持ち悪いかしら?」
俯いた顔で、下からチラッとマルコを見上げる。焦っているマルコをじーっと見る。
「あの、でも、ご主人様たちのパーティーの話は知っています。魔王を討つ前に自分の命を犠牲にしてパーティーを守った魔法使いがいたって」
紛れもないその馬鹿者はわたしだ。
何度も考えてる。ほかにもっといい冴えたやり方がなかったのかどうか。後悔先に立たず。
「だから⋯⋯魔法使いだからって距離を置く必要は無いと思うんです」
「どうして魔法使いだと距離を置くの?」
「神聖力とは反対の力だからじゃないですか? 僕は魔法使いはずっと神を信仰しないのかと思ってましたし。今は違います。アントワーヌ様が魔法使いになっても信仰を捨てていないからこそ、神聖力も使えるわけですから」
なかなか頭のいい人だな、と思う。そして末っ子らしさもちらほら見える。
ハイディンがいなくて寂しい思いをしてたけど、マルコも好きになれそうでちょっとうれしくなる。
真っ直ぐな視線は彼の正義感をそのまま表しているようだ。彼の目の前で嘘をつくのは心苦しい。
純粋な人だ。
「じゃあ、わたしが魔法使いでも仲良くしてくれるかしら?」
「誠心誠意、お仕えさせていただきます!」
「最も、わたしの身体は大きな魔法を使うには弱すぎるから、ここぞという時にしか使わないから心配しないでね」
この前も倒れたし⋯⋯。
「理解しました。奥様が魔法を使わなければならないような状況にならないよう、努めます」
!!!
おおおー!!!
そう来るか! なんかちょっとカッコいいかもしれない。童顔の末っ子体質とか思って申し訳なかったと思う。
「わたしたち、仲良くやっていけそうね」
「奥様と仲良くなんて滅相もございません。なんでも言いつけて下さい」
いつの間にかふわふわちゃんは魔力が切れて消えていた。
◇
「じゃあ、ちゃんと話、できたんだな」
「うん、大丈夫だと思う⋯⋯ていうか、どこで見つけてきたの? あんなしっかりした子」
「アイツああ見えてハイディンと同期だよ。ハイディンの紹介だよ。ハイディン見てて、側仕えをやってみたいって言ってたってからさぁ、じゃあ試しにやってもらおうかって感じ?」
「!? ハイディンと同い年? えッ? ハイディンが老けてるの? マルコが幼いの?」
「どっちもじゃないか?」
ラカムはクッションを抱えてソファの上で大笑いしていた。失礼なヤツ!
ていうか、そういう大切な情報は前もって教えてほしいなぁって。
あああ、今日も失礼なこと言っちゃわなかったかなぁ? 同じくらいの
後悔先に立たず⋯⋯。
「マルコはアンを気に入ったみたいだったよ」
「本当に!?」
「年齢の割にとても聡明な方だって同僚に言ってたらしいぜ」
いや、その、それ程でも⋯⋯。
「アンのアントワーヌぶりも板についてきたな」
クックックとラカムはお腹を抱えて心からおかしそうに笑った。わたしはその仕草にひどく傷ついた。
「ねぇ? それってどういうこと? わたしがアントワーヌになっちゃえばいいってこと? お淑やかなレディになればオールオーケーってこと? わたしは?」
「⋯⋯落ち着けよ」
立ち上がったラカムはわたしの隣の席に腰を下ろしてわたしの髪を撫でた。わたしは惨めで惨めで惨めで、そんな動作ひとつにも泣けてきた。嗚咽が漏れる。口を押さえても涙がぽろぽろ情けないほどこぼれてきた。
「じゃあ、中身がアンである必要、なくない? わたし、この身体にいる意味、全然わからないんだけど。ラカムはいろいろ言ってくれるけど、髪ひとつ撫でてくれたってそれはアントワーヌの髪だってことでしょう? アントワーヌの髪に嫉妬してアイデンティティが崩壊してるわたしっておかしい? さぞかし滑稽よね」
ふぅ、とラカムが息を吐くのが聞こえた。――ああ、嫌われたんだ。わたしはまだ18のヒステリックなただの女の子だった。
「目を瞑るね」
ラカムは自分で言った通りに目を閉じた。そして手を伸ばすとわたしの頬に触れた。
「アンの言う通り、これはアントワーヌの持ち物だったかもしれない。でもこればかりはどうにもしてあげられなくて、俺がもう少し努力すれば――」
「それは関係ないよ。わたしが自分の身体も魂も砕いたんだもの。⋯⋯そもそも、生きてることがおかしいんだよ」
「こんな形になっちゃって、ごめん。勝手な話だけど、魂だけでもこの身体に残って良かったって俺は思ってるんだ。俺の中のアンがここにいてくれて、俺はうれしい。触れられなくても。だって大切なのは身体より魂だよ。ミルズだって、中身がアンの時には見向きもしなかっただろう? 俺だって」
言いたいことがわからないわけじゃなかった。
そんなに子供でもない。
でもわたしは⋯⋯わたしは、わたしの形も愛してほしかったし、なによりラカムの愛するもののひとつがアントワーヌの髪一本でもあるんだとしたら、それは⋯⋯。
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