第65話 魔法が使えるんですか?
マルコに『
わたしたちの事情は複雑で、王室のことを含めるともつれた糸のようだった。
ましてわたしが『生き返り』だと聞いたら卒倒してしまうかもしれない。
ラカムが言うのは彼は、幼い頃から憧れて若くして騎士になったらしい。そんなところが、ラカムの若い頃の夢に重なって見えたとしてもおかしくなかった。
「王室との確執のようなものはおいおいバレるだろう。でもアントワーヌの秘密を全部教えるのはまだ早い」
「確かに彼はアントワーヌに仕えられることに誇りを持っているみたいだったからなぁ」
それはそうだ。アントワーヌみたいに見目麗しい美姫の護衛ができるなんて、騎士としては願ったり叶ったりだろう。
「⋯⋯魔法が使えるようになったという話だけしておいたらどうでしょう? いざと言う時に混乱しないように」
「確かにその時、マルコにアンを連れて逃げられたら大きな戦力の喪失だもんな。いくらアンがたくさん撃てないと言っても」
「あら、まだお役に立てるわよ。邪魔にならない程度に」
手のひらにふわふわちゃんを乗せてみせる。マリアとエイミーには既に見慣れた光景だ。
「ヒューの案に賛成! この件はヒューに任せるということで」
話し合いは終わった。
◇
暖炉の前でお茶をしながら編み物をしていたわたしに目をとめて、マルコは一瞬固まった。話し合い通りに聞いたんだな、と察する。
魔女が近くにいるなんて、あまり気分のいいものじゃないかもしれない。魔法使いだと言うと、昔からあまりいい顔をされたことがない。みんなそっと顔を伏せて、わたしを窺った。
だから、マルコの思うところはわからないわけではないし、まして尊敬していた女性が魔女だったというのは怖いことだろう。
⋯⋯かわいそうに見えてきてしまう。
チラッとまた、彼はわたしを覗き見た。
「マルコもお茶をいっぱいどう? まだわたしに慣れないかしら?」
「いえッ、そんなことは! しかし高貴な方と同席するのは」
「うちでは関係ないの、そういうの。エイミーもいらっしゃいよ」
「あら奥様、うれしいです。では喜んで」
ね、と微笑んで見せる。マルコは咳払いをして座った。
「最近わたしはミルクティーにハマってるんだけど、マルコはどうする?」
「はいッ、自分はストレートで」
「かしこまりました」
彼はわたしの編む靴下の網目をじっと見てる。どんどん形になっていくのが面白いのかもしれない。
「ご兄弟は?」
「⋯⋯兄が二人、姉が二人です」
「まぁ、五人兄弟ね、うらやましいわ」
編み針はすいすい目を拾っては糸を繋いでいく。
「ずいぶん手慣れていらっしゃるんですね。私の姉とは腕前がかなり違うみたいです」
「ほかにすることがなかったの。聞いてると思うけど、激しい運動なんてできなかったから、未だに乗馬も習っても乗れないし、ちょっと無理をするとへたりこんじゃって。情けない話」
「あ! マルコ様、そういう時は絶対奥様を抱き上げたりしてはいけませんよ! ご主人様のいない時だけにして下さい。ご主人様は奥様を抱き上げるのが喜びなんですから」
エイミーがカップ片手にそう言って、給仕をしていたマリアもくすくす笑った。
「お二人はそれはもう仲がよろしいんです」
「憧れちゃう」
あーあ、二人とも夢みる乙女モードに入ってるし。
こほん、と咳払いをする。
「まぁ、そういうこともあるわね。でも大丈夫、あの人が真っ先に走ってくるから、ほかの人が先に抱き上げるのは難しいと思うの。気にしないでいて」
「奥様、そういうのを惚気、って言うんですよ。ほら、マルコ様ったら真っ赤じゃないですか」
いや、からかってるのはあなたたちだから。
まったくもう!
肝心な話ができないじゃない。
「マルコとちょっと話がしたいの。お菓子はふたつずつ持って行っていいから、下がってくれる?」
「いつもありがとうございます、奥様!」
ふたりは年相応の娘、という感じで部屋を賑やかに出て行った。
さて、どうする。
「あの、奥様は豊富な神聖力をお持ちだとお聞きしたのですが」
「ええ、古傷とかある?」
「えーと、新人の時に怪我した傷跡がこの辺に」
マルコは腕を差し出した。わたしはいつものように彼の腕に手のひらをかざして、回路を開く。白い、眩い光の流れ。これはイメージだ。
「うわ、傷が消えた!」
「肌を再生しただけよ」
にこっと、なるべく怖がらせないように微笑む。ヤバい、わたしの方が緊張してきた! いい奥様面なんてそんなに長く続かないってー!
「でも聞きたいのはこっちでしょ?」
今度は手のひらを上に向けて、ポンッとふわふわちゃんを出す。マルコが仰け反る。
「そ、それが魔法ですか?」
「まぁ⋯⋯ごく初級のだけど。あのね、わたし結婚前に死の淵をさまよって、目を覚ましたら魔法が使えるようになってたの」
ずいぶん適当に聞こえるけど本当の話だから仕方ない。信じられない、という顔をして、マルコはふわふわちゃんを見ていた。
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