第64話 王室の抵抗
ハイディン卿はわたしの護衛から外されて早一週間。先日の働きを認められて、ラカムの代理として砦の守備隊長に任命された。
わたしの護衛の方が安全(?)な任務のため、事実上降格と思われそうだが、要するに「デキる男」と認められたわけだ。気さくでユーモアのあるハイディン卿が近くから消えたのはちょっと寂しかったけど、代わりにいいことがあった。
要するにラカムはふらふら城を出るのをやめた。
領主たるもの、有事の際には城を守らなければいけない。
でないと――わたしが無理をする。
『大迷惑』とみんなに言われてショボンとなる。役に立った部分もあったのになぁ。
あの後、お兄様の神聖力で癒していただいて、三日眠りについた。その間に卿の異動は決まっていた。
卿がわたしに贈った言葉は「お転婆も程々に」。家が家なら首を切られても文句の言えない言葉だ。
やれやれ。
ハイディン卿にはなんだかあれこれお世話になったのにお返しができなかったなぁと少し切なくなる。でも実際のところは、城と砦を行き来するわけだから、この先も会えないわけじゃない。
会いたければいつでも会えるのだから、心配に思う必要はない。
「ハイディンが城を出て一週間かぁ。早いもんだなぁ」
「早速一体
「意外と血気盛んなヤツだ。城に援護も求めてこなかったよ」
デキる男は違うんだな。
あのユーモアセンス抜群の彼が冷静な顔で騎士たちを指示する姿が目に浮かぶ。⋯⋯カッコいいかも。
わたしの大切な友人たちもハイディンには釘付けだった。特にアイリ。彼女は城に彼がいないと知ったらガッカリするだろうなぁ。
物事は上手く行かない。
「それで話し合ったんだけど、今回のことを考えて聖騎士団から魔法と治癒のできる騎士を応援として呼ぼうと思うんだ。ヨハン様が口利きしてくださるそうだ」
「お兄様が言えば断っては来ないでしょうよ。お兄様は実質、聖騎士団長だし、発言権は強いはずよ」
「俺もヨハン様もそう思ってる」
「そうしたら魔獣退治も楽になるね」
ラカムの口が閉じた。
わたしは一、二、三、⋯⋯と心の中でカウントして次の句を待つ。彼はいつも即決即断で、考え込む時は難しいことを考えているときだ。
「記録より、魔獣、多くないか?」
「見ての通りよ」
今日の紅茶は濃く出したミルクティー。身体に沁み渡る。でもマカロンを指でつまんだりはしない。お行儀よく、プレートとデザートフォークを使う。
「魔王、倒したんだけどな。民が困らないように」
「だからこそ狙われてたりして」
「それは否めないけど⋯⋯」
◇
数日後、神殿から正式な書状がお兄様に届いた。中身は驚くべきものだった。
「神殿としては困っている領地に騎士を派遣するのは最ものことだと考えているが、皇太子からの了解が得られないと言う。国王陛下はまるで政治を息子に譲ってしまっているので、この件は知らないそうだ」
「どうして? 国民を守るのが王室の役目じゃないの?」
「⋯⋯こうも記してあった。これ以上の軍備は反乱を企んでいると思われる心配があると」
あ!
わたしたちをそういう形でハメようとしてるんだ。
たかが冒険者上がりに、この領地はもったいないと言わんばかり。でも今までは放っておいたくせに。収穫量が増えて領地が安定したのはひとえにラカムの仕事のお陰よ。
アンドリューがここを手に入れても同じような結果を得られるとは思わないのに。
「あらゆる手を使ってでも、ここが欲しいみたいだな。皇太子殿下は」
「卑劣なヤツだ。自分の利益のために国民を切り捨てるとは」
既存の騎士団はもちろん冬までにできるだけ鍛えられていたけれど、実戦はその時その時で違う。
実戦慣れした者たちがいれば――。
「その、相談しなかったけど冒険者ギルドに魔獣を狩る依頼をしたよ。そんなに報酬は出せないけど」
「いいじゃない! 雪の中、魔獣退治に行くなんて貧乏パーティーだけだもの。少しの報酬でも大いに助かるわよ」
「そうかな?」
お兄様も頷いた。
「上手い策だと思う。そういうのは我々からは出ない発想だし、ラカム殿の経験が活きている」
「お褒めいただき光栄です。アンも賛成してくれて良かったよ」
「私もですよ」
ヒューは紅茶にお砂糖を二個入れた。
◇
空席になったわたしの護衛にはマルコという騎士が着くことになった。
一言でいうとマルコは人懐こいお日様みたいな人だった。赤毛に近いブロンドは強いクセがあり、顔にはそばかすがあった。瞳はハシバミ色で、すっかり城の侍女たちに気に入られた。
「魔獣退治に参加して、ご主人様に抜擢されたんです! ハイディン先輩には劣るかもしれませんが、奥様には魔獣に指一本も触れさせません! 頑張ります!」
⋯⋯何故この人選?
やる気満々なのはいいけど、若干、空回り気味にも見える。彼はわたしの手を取って、その甲に軽い口付けをした。
「美しい奥様に忠誠を誓います」
熱い! まるでロマンス小説のようだわ。
その夢見るような瞳にわたしは「ありがとう」としか言えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます