第63話 留守番の意味
城に帰った時、わたしは眠っていた。馬の揺れ具合とラカムの腕の中の居心地が良かったから。
でも、迎えてくれた城の者たちは誰一人そう思ったわけではなく、エイミーとマリアは大騒ぎだった。
いつも通り、ラカムがわたしをベッドに下ろし、階下に向かう足音が聞こえた。リズミカルな、聞き慣れたその足音⋯⋯。
「ラカム! 貴殿を見損なった!」
突然、語気の強い荒々しい声が城を響き渡った。
「⋯⋯申し訳ありません」
動くことのできないわたしは様子を見に行くこともできず、ただ耳をすませた。
「アントワーヌが大丈夫だと言うから行かせたのに、あの青白い顔とぐったりした身体。城にいた頃に戻ってしまったかのようじゃないか!」
「⋯⋯すべては俺の采配ミスです。こんなことがないように砦の防衛をもう一度見直します」
はぁっ、と大きなため息が聞こえる。
コツコツと落ち着かず歩き回る足音。
お兄様はとてもラカムを許す気になれないらしい。
「ラカム、この際、はっきり言おう。政治も軍事も君より私の方が深く学んでいる。かと言って秀でているかと言うとそれは違うと思う。
君は勇者だけあって天性のカリスマと、戦闘センスを持っている。
どうだい? 手を組んでやってみないか? なんだって補い合った方が良い結果に結びつきやすいだろう。一緒に軍備を考えよう」
「⋯⋯ヨハン様」
「私はずっと王室から逃げていた。遠ざかっていれば災難は降りかからないと信じていた。しかしそれは間違いだ。君たちだけならここまで執拗に仕掛けられたりしないだろう⋯⋯。私が邪魔なんだよ、連中は」
柱時計が鳴る間、みんなは一様に黙った。
マリアも、エイミーも。
「そんな顔をしないでほしい。ずっと考えていたんだ。ここに置いてもらってる恩を返す方法を」
高らかなお兄様の声に、抑えたラカムの声が掛かる。
「ありがとうございます。俺には政治の経験が足りません。たくさんの人を動かす上手い方法を知らないんです。ご助力いただけたら、いっそう努力します」
「それならアントワーヌを二度とこんな目に遭わせないこと。君も、私も」
◇
ラカムはその晩、砦に戻らなかった。ハイディンが上手くやってくれるらしい。腹心の部下というのは頼もしいものだ。
「ヨハン様はいい男だな」
「今更!?」
「だって、俺は男だもん。男の外見とか色気には釣られないだろう?」
まぁそうだけどさぁ、とラカムの胸の中でブツブツ言う。わたしの頭はすっぽり、彼の腕の中だ。
「あー、俺も学があればなぁ! そうしたらアンがなにも心配なく、よその貴婦人みたいにパーティーやアフタヌーンティーに夢中になってられるのに」
「そんなこと思ってもみないくせに!」
「まぁ、そういうのが好きじゃないならそれは仕方ないじゃない?」
フフッ、とふたりで笑ってしまう。ラカムのダンスパートナーはわたしが独占したいところだけど、ダンスの機会は少なくていい、というのが今のところの本音だ。
春になったら、ちょっとがんばってパーティーを開いて、友だちも呼んで、ドレスも新調したらどうかしら⋯⋯。
ラカムと踊って、今度はお兄様とも踊るの。揺れるように、風にそよぐ花のように。
「それで、久しぶりのファイヤーボールはどうだった?」
ドキーン、と口から心臓が飛び出しそうになる。ラカムはやたらにやけてる。
「問題なかったわよ。ほら、コントロールも完璧で撃ち落としてあったでしょう?」
「騎士たちが騎士団に招くべきだって騒いでたよ。なんてったって稀代の魔法使い様だからなぁ」
「もう! 魔力底なし、神聖力底なしでも体力底すぐじゃ意味が無いじゃない~」
「なくはない。すごく助かった。良い手ではなかったかもしれないけど、負傷者は少なかった。今度、色んなパターンの戦闘についても練習しないとなぁ」
ふぁー、とそこで我が勇者様は大きな欠伸をした。働きすぎなんだ。
冒険者だった時は、飛行系の敵は魔法で一撃もできたし、撃ち落としてラカムとガイが処理してくれた。引っ掻かれてもヒューがいれば癒してくれたし、パーティーって便利なんだなぁ。
明日はまだ隣に寝ててほしいと思う。
明日には現場をまた見に行かないといけないと言う。
意見が噛み合わないのか、気持ちが噛み合わないのか。
それとも素直に「そばにいてほしい」ってこんな時くらい言うべきなのか⋯⋯。言葉が喉に詰まる。
「眠れないの? 大丈夫、いつでもそばにいるよ⋯⋯」
嘘つきー!
って言えたらなんか本物の夫婦っぽい。けど言わない。もうひとりの自分が「邪魔したらダメだよ」って言うんだもん。
内助の功。
パーティーもいいけど、留守番も大事な仕事なんだと今回は大いに思い知った。
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