第62話 シンクロする鼓動
薪の炎に爆ぜる音だけが、パチパチと響いた。
ラカムはわたしを膝の上に乗せると、ふぅ、とため息をついた。
「⋯⋯ごめんなさい。あの、やっぱり撃ち落とすより、一撃で仕留めた方が親切だったかな⋯⋯?」
「そんな余力がなかったくせに。あったらやってるだろう?」
「⋯⋯一撃で命を奪う反動は大きいんだよ」
「わかってるよ」
暖炉はわたしたちの間に横たわる沈黙を埋めるように燃え続けた。
「よかった⋯⋯」
ぎゅぅっと抱きしめられる。なにかが上からぽとりと落ちる。
「俺、また後悔するところだった」
「ラカム⋯⋯わたし、まだ生きてるよ」
「知ってる。でも心臓が掴まれたみたいに苦しい。これが今、アンの身にも起こってる痛みだろう?
全然、平気じゃないだろう」
なにも言えなくてまた黙る。だって、なにを言えば。悪いのは独断で動いたわたしで、ラカムが反省することなんてないよ、と言ってあげたかった。でもそれを言える空気では全然なかった。
わたしは彼の心臓に手を当てて、その鼓動を確かめた。間違いなく、二人の心臓は良くも悪くもシンクロしているようだった。これがわたしに与えられた罰則だ。
自分だけが苦しいなら耐えられる。でも――。
「本当にごめんなさい。まさかラカムまで苦しくさせるなんて思わなくて」
「いいんだ、そんなことは。それよりこんなことになった自分が情けない。万全の準備をしたつもりで驕りたかぶってたんだよ」
「ラカムはがんばってたよ」
「アンが黙って安心して城にいられるようにするのが、俺の理想だ」
わたしの、戦闘へのそわそわした気持ちのことはラカムには到底話せないなと思った。
これがもし、昔と同じなら――同じくらい丈夫なら。そしたら一緒に馬に乗って戦うことができたのに。
「どうやってここへ?」
「向こうの魔獣を倒そうと向かったんだけど嫌な予感がしたんだ。俺の予想はよく当たるだろう? それで隊を半分ずつに分けて急いで駆けつけた。その間も嫌な予感はずっと続いてて」
そっと、頬を撫でる。少しでも安心してくれるといい。この人は完璧じゃない。そう見えるけど、実際は心の揺れる繊細な人だ。
「城からは誰が来るかって話になったの。でも、わたしが一番早いと思ったの。だって雪もわたしを邪魔できないし」
「助かったよ。もちろんそれじゃいけないんだけど、俺、もっとがんばるから。アンを守りたい。友だちを守りたい。領民を守りたい。
守りたいものが増えた分、もっとがんばって結果の出せる男になる。⋯⋯だから、キスしてもいい?」
「バカ⋯⋯」
そっと、彼の胸に手を当てて、そんなことをしても意味があるのかわからないけど神聖力を与える。胸の痛みが、少しでも和らぐように。
二人の冷えたはずの唇は、すっかり温かかった。
「んじゃ、行ってくるわ」
「待ってるから帰る方法を考えておいて」
「おう」
◇
ラカムが外に出てから、三十分もかからず魔獣たちは倒れた。
翼を傷つけられても爪や嘴で相当、抵抗したらしく、騎士たちは無傷とはいかなかった。ラカムの連れてきた聖騎士がみんなの傷を癒してくれて、なにも役に立たない自分に少し落胆する。
――夢を見すぎてたかしら?
ずっと戦闘に出られなかったから『戦える自分』像が大きく膨らみすぎてたのかもしれない。そこからアントワーヌというマイナス要素を取り除くことはできないのに。
「ご無事でしたか?」
「ハイディン、あなたは?」
「いやぁ、ご主人様直々に仕込まれてますからね」
ははは、と彼は笑った。まったく飄々として掴みどころのない人だ。そんなところが、ラカムのお気に入りなのかもしれない。
確かにハイディンなら、なんの違和感もなくわたしたちのパーティーに入れそうだもの。
「⋯⋯アン、飛べるか?」
「ちょっと難しいかな? それなら一発に賭けて
「バカ。こんな状態で高位魔法使えるはずないじゃないか。ここは馬車も来れないし」
「じゃあ馬で送って。暖房魔法も使うし」
「乗り心地、良くないぞ」
「雪道で馬がいるだけ上等じゃない? 歩いた時も結構あったし。とりあえず少しずつ回復してきてるし、ほら、瞳の色が⋯⋯」
「戻る前に行こう」
事後処理をハイディンに任せてわたしたちは砦を去ることにした。
新雪の中を馬はうれしそうに走った。その分、揺れて、ラカムが馬を宥める。
いつもわたしたちはこんな感じなのに、なんだか久しぶりな気もする。
「俺たち、忙しかったな」
「そうだね」
「⋯⋯皇太子の仕業だと思ってる?」
「そんな気もするけど、キンダー侯にそんなに力があるのかわかんないなぁ。でもシャロンは警告してくれたし」
木の枝から雪の落ちる音が聞こえる。今日はよく晴れて、木々の枝の隙間から太陽が刺さるように差し込んでいる。
青い空が、見える。
「どっちにしても今回みたいなケースを考えておかないとな。冒険者と違って、パーティーが無事ならいいってわけじゃないんだ」
「そうだね。守るべきものを守るって大変だね」
わたしたちには親もいなかった。
守るべきものはいつしかパーティーの仲間だけになっていた。それはキラキラした日々だったけど、視野は狭かったかもしれない。
白い雪原が、林を抜けると眼前に広がる。
――世界はこんなに広い!
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