第58話 治癒

 広間に雪かき作業をしていた騎士たちに入ってもらう。雪かきとはいえ、元々騎士たち。みんな防寒具を脱いでも屈強な身体を⋯⋯眼福。いや、違う、違うッ!

 今まで気にしたことがなかったけど、目立った傷を負った騎士も少なくない。

 わたしにはアントワーヌの普通では無い神聖力が備わっているので、ひとりずつこの際、健康診断をやろうと思う。

 雪の中、することもないし。

 ヒューとヨハンお兄様も加わってくださることになった。お兄様と来たら、寒い中、ラカムと一緒に雪かきをしていたらしい。ほんと、ふたりはよく似てきた。お兄様がこんなに活発な方だなんて知らなかった。今まで神殿という名の鎖で縛られていた自由が解けて姿を現していくようだ。


 しかし、一口に雪かきと言ってもそこには大きな意味がある。

 例えば急を知らせる書状さえ届かないような道では困るんだ。必要とあらば本来は馬車も走らせたいとラカムは言っていたけど。

 城までの道が整備されるのはいつのことになるのか、神も知らないに違いない。


 ◇


「奥様に汚い手足を見せるのは気が引けますなぁ」

「いくら湯で洗ってきたからといっても⋯⋯」

 みんなを見回す。今日の主役はわたし!

「大丈夫、領主様からのご提案ですから。わたしの神聖力は国内一と言われております。今まで困っていた辛い症状、諦めていた古傷なども見せてくださいね! できるだけやってみます!」

 ポンポンとヒューに肩を叩かれた。

「アン、ここは戦場じゃありませんよ。肩の力をもっと抜いて。⋯⋯それから、神聖力だからといってその身体が無限に耐え続けられるとは思ってはいけませんよ」

「⋯⋯⋯⋯」

 確かにそうだ。

 それで倒れたら本末転倒。

 話し合って、治すのが難しい患者だけ回してもらうことにした。


「これ⋯⋯あなた、爪が剥がれかけてる。ムキになって働いたらダメよ」

「失礼ながら奥様、騎士ともあれば自分のことは二の次でございます」

「⋯⋯困った人が多いわね。騎士道精神っていうのもギリギリ鎖で締め上げてるみたいなものだわ」

 一部の若い騎士たちが笑った。彼らはまだ騎士になって日が浅いから、戦場の非情さを知らない。

「いい? 爪一枚剥がれてたらいつもの力は出ないのよ? 騎士団で力を合わせて戦ってる時はいいとして、あなたひとりでもしも敵を倒さなくちゃいけなくなった時には大きなハンデでしかないわ。うちの領主様を見てご覧なさいよ。冒険者は荒くれ者だと思うかもしれないけど、みんな自分の身体の小さな変化に気を遣ってる。ウオノメひとつでもね」

 ふふ、とわたしは微笑んだ。

 アントワーヌの顔で『ウオノメ』はなかったかもしれない。けど接戦のさなか、ウオノメが丁度地面に落ちた枝先に刺さってしまったら。馬鹿げてるかもしれないけど、ないことではないんだ。

「奥様、もっと健康管理に気を付けます」

 爪は剥がれずに指に戻った。


 その話が広まったのか、ウオノメどころか足を捻ったままにしていた者、背中の筋肉にひどい炎症を起こしてる者、たまたまついた手のひらに小枝が刺さって放っておいたとかなんとか続々と謎の症例が集まった。もちろんウオノメ患者も。

 さすがに疲れたかなと思った時、お兄様が「酷い顔色だ。少し休みなさい」と言い、スッとヒューが席を替わってくれた。

 そこにタイミング良く見える形でラカムがやって来てわたしを抱きかかえると「はい、うちの奥さんの貸し出し、今日はお終い。またやろう。けど、お前たち、体調に問題があるときにそのままにするな。士気に関わる」と言った。

 騎士たちの顔は一気に引き締まり、騎士は騎士らしい顔になった。


「アン、無理しませんでしたか?」

「見てみろ、この汗」

「神聖力と魔力は回す回路が違うからまだ慣れなくて。魔力なら呼吸するように使えるのにね」

「怖いこと真顔で言うなよー。普通は魔法を使えないんだぞぉ」

 確かに。

 そう考えると、わたしの魔力は本当にどこからやって来たんだろう?

 子供の頃には力はもうあったしなぁ。謎。

「少し気晴らしになった?」

「な、な、なにそれ? 今日のはまるでわたしのための催し物だったみたいじゃない! 騎士たちに失礼だわ」

 ラカムはいやらしくニヤリと笑った。

「みんなすごーく奥様に感謝してたでしょ」

「アンのファンは確実に増えましたね」

「なにッ? 二度目はないと思え」

 冗談ばっかりなんだから!


 ◇


 髪を梳かし終わって、ベッドにごろんと横たわった。まだ身体が重い。

 神聖力の、眩い力が体の中心を通っていく感覚がどうにも慣れない。

 元々わたしは対抗勢力の魔術専門なんだから仕方ないのかもしれないけど。⋯⋯情けないけど疲れた。

「やっぱりファイアーボールの方が早くない?」

「ダメ」

「身体に負担がかかるから?」

「違う」

 ラカムが、わたしとお揃いのムートンのスリッパを脱いでベッドに上がってくる。ぎし、という音がラカムの重みだ。

「雪は溶かすだけじゃダメなんだ。その時だけならいいけどさ。ちょっと通りたい時とか」

「なんで?」

「溶かしたところは次に凍るんだよ。最悪。人間も馬も、もちろん馬車もダメ。アンが誰かに小さな復習をするならバケツでそいつの通りそうなところに水を撒くといいよ」

「⋯⋯なるほど。やってみる」

「やるなぁ~!」

 冗談を言いながらわたしは、炎がダメなら風で動かせばいいじゃない、と性懲りのないことを考えていたんだけど。今日治療した騎士たちの苦労を考えると、とてもそれは言い出せなかった。

 魔術より優れたものがこの世にはきっといっぱいあるんだろう。――例えば。

「アン」

 枕をポンポンと叩かれる。隣に来いの合図だ。これで冬でも温かい。

 この世は愛に満ちている、かもしれない。

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