第56話 わたしの役目
書状の返事が来たのはそれから数日後だった。
もしかしたらなんらかの話し合いがなされたのかもしれない。
端的に言うと、この領地内に鉱山があること。しかし鉱山はドワーフたちの自治が認められることと書かれていた。
わたしたちの勝利と言える。
アンドリューとキンダー侯の悔しがる顔が目に浮かぶよう。キンダー侯と言えば、シャロンは元気にしてるかしら······?
春になればまたみんなでピクニックをしよう。そんな風に待つ時間が楽しい。
ミルズはラカムの言っていた通り、無傷で帰ってきた。そうしてわたしの目の中に、もうアントワーヌがいないことを確認して、礼を尽くした。
これでなんのいざこざもなく······その手紙はやって来た。
手紙はキンダー侯からで、書状の内容は先日の鉱山の件は皇太子殿下からの命に背くものであるから、云々かんぬんというものだった。
わたしたちはそれを見て、うーんと唸った。
その命は国王陛下によって却下されたのだから、わたしたちに問題は無いと返事を書くことにした。
◇
季節は雪の降り始めだった。
紅葉はもみじなどの照葉樹から始まって、今はもうモミなどの針葉樹の黄金色の葉もパラパラと落ちてしまった。
誰も遠出をしたくない季節だ。
去年の冬は小型の魔獣が餌を求めて数匹山を下りてきたと聞き、今年は出ないといいわねという話になる。
ハイディン卿が「もし出たとしてもご主人様がいらっしゃればどんな魔物も問題ないでしょう。ですから奥様はなんの心配もいりませんよ」と言った。
いや、去年の冬はその魔獣狩りがわたしたちの仕事だったんだけど。雪の中でも何匹の魔獣を狩ったことか! 雪の中ではファイターは足を取られるので、魔法が重宝する。ファイアーボールが炸裂していた頃が懐かしい······なんておかしい?
「魔王を討った直後ですから、それ程心配はいりませんよ。魔獣たちも弱体化しているでしょう」と冷静にヒューは言った。「確かに数は少ないかもね」
わたしは自分が一体なんの心配をしているのかよくわからなくなってきた。
領民の心配なのか、ラカムの心配なのか。
ラカムの援護射撃をするのは自分じゃないと嫌なような、自分じゃないと務まらないような、おかしな気持ちになる。⋯⋯要するに隣にいたいって、そういうこと?
ぼっと顔全体に火がついたような気がして、頬を押さえる。
⋯⋯例えばわたし以外の優秀な女性魔術師がラカムの隣にいたら、わたしは自分を焦がしてしまうかもしれない。
だって、ほら、そういうのって⋯⋯。
「アン、なに考えてる?」
「え? ほら、魔獣討伐には魔法使いが必要じゃないかなって」
「かもしれないな」
ぼふっと、ラカムはクッションの置かれた暖炉前のソファに身を沈めた。
肩肘をついた姿勢で、横目でわたしを見ている。その顔は嫌味なくらいにやにやして!
「この城にはほとんど魔術師はいないんだ。まぁ、ヒューもいるし、どうしようもなければ神聖力で浄化してもらったりもできるし、なにも魔法使いじゃなくても弓兵とかもいるしな」
そう言ってぽんと頭の上に手を置いた。
「お前は何の心配もいらないよ。魔王との対決の時だって、下はマグマだったんだし」
「ほんとに!?」
そんな危ない局面にみんなを助けてあげられなかったなんて、わたし、バカだ。弾け飛ぶよりいい方法があったかもしれないのに。
「アン、ラカムのいつものですよ」
――あ、やられた。隣でお腹を抱えて笑ってるし。
わたしなら
今のわたしはアントワーヌの身体の能力値分しか魔力を使えない。それは神聖力も同じことだ。
⋯⋯身体を鍛えればいいかなぁ?
それにしても、アントワーヌの体力は微々たるものだから、途中で倒れるかもしれない。
冬になって乗馬の練習もできなくなった今、アントワーヌの体力向上はひとつの課題だ。
――わたしだって、みんなが危険な時には並んで立ちたい。もう弾け飛んだりしないから、隣に立たせてほしい。⋯⋯役に立ちたい。それが本音。
でも、身体の中の魔力と神聖力を宥めるだけでも本当は一苦労だった。
わたしの人一倍強い魔力と、アントワーヌの生まれ持った神聖力。相反する二つの力をコントロールするのは普通の人にはできないことだろう。
ある意味、わたしにしかできない、わたしの役目だ。
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