第55話 冬が来る
陛下からの返事を待つ間に、ガイの方が早くやって来た。まったく、ひとの言うことを聞かないドワーフたちだ。
「剣をぶら下げた人間たちがたくさん来たんだよ。だで『なんか用か?』って聞いたら『書状が来てるだろう。大人しく鉱山を明け渡せ』って言うから、ミスリルのグレートアックス持って出たら『また来るぞ!』って逃げてったわ」
ガハハハハ、じゃない!
話をややこしくしないで~。
「ガイ、約束しただろう? 籠城するって」
「だってよ、お前。ひょろっちいのが二、三十人来たところでワシの方が強かろうよ」
ガハハハハ、じゃない!
とは言え実際に鉱山に現れたとなれば由々しきことで、恐らく相手はキンダー侯の騎士団だろうと推測した。
「侯爵の騎士団て強いの?」
「練度がどうかは知らないけど、うちの騎士団はそもそも元は王宮騎士からの抜擢だからなぁ。素が違うよなぁ」
「奥様、その上、鬼教官にしごかれていますから安心してください」
ハイディンはすらすらっとラカムが口を開く間もなくそう言った。ラカムはムッとした顔をした。
「それを言うならふたりだな。最近、恐ろしい手練が入っただろう?」
確かに、とハイディンは笑った。この人もいちいちよく笑う人だ。主人の言動に軽はずみに笑って大丈夫なのか、心配になる。
「ご主人様! 大事な書状が来る前に仕事を!」
補佐官のリーアムが走ってやって来て、ラカムの首根っこを捕まえて走り去った。
「ラカム様に比べると、奥様はお仕事が本当にお早いですね。刺繍の腕も最近はめきめきと上がって」
「だってこの寒さじゃなにもできないじゃない? 暖炉の前で刺繍してるくらいが丁度いいわ」
「確かにそうですわね」
エイミーがその通りだと言って、なにかを思い出した顔をした。エイミーは気の利く子なので、なにかを忘れるなんて珍しい。バタバタと部屋を出て行くエイミーを見送った。
「これです、これ。ご主人様からのプレゼントですって。ご自分で渡されればよろしいのに」
ふふふ、とエイミーは箱を渡してくれた。わたしはその大きいのに軽い箱を受け取った。
わざわざリボンがかかってるなんて、いつもとちょっと違う。いつもならポーンと渡してきたのに。
「さぁ、開けてください」
真っ赤なリボンをするりと解くと、そこにはムートンのコートが入っていた。
「まぁ、奥様、これなら城の中でも着てもおかしくないですよ。軽いし、ふわふわですわ」
「こっちは?」
「これはルームシューズじゃありませんか?」
そろっと足を入れてみる。柔らかい毛が足に当たってこそばゆい。
「暖かいわ」
「ご主人様が奥様を寒くさせたりしませんわ」
「そうね。あの人、いつも暖かいし」
「まぁ! 惚気ですか」
くすくすとほかの侍女たちも笑った。わたしは頬に熱を持ち、ムートンのコートを手に持って俯いた。
「見せてくるわ」
「それがよろしいですよ」
タタッと、貴族の女性とは思えない速さでわたしは走り出した。心はラカムに向かっていた。
「ラカム!」
執務室のドアを開けると、リーアムが怪訝な顔でこっちを見た。それはそうだ、わたしがいたらラカムは仕事をしないだろう。
「アン! その、気に入った?」
「すごく暖かいの。こんなの初めてよ! 王宮は暖かかったし」
ラカムは机を離れてこちらに向かって歩きながら、小さな言い訳をした。
「本当はもっとキレイな品物がたくさんあったんだ。でも俺は少しでも寒い思いをさせたくなくて。手足の冷えたアンなんて、さ」
冒険中は寒い冬も野営を何度もした。そう言えば、初雪が積もった時、寝てる間に誰かがマントをかけてくれたことがあった。
繕いだらけの手袋が、ポケットの中で新しくなっていたことも――。
誰がやったのかと聞くと、みんな、声を合わせて笑った。
ああ、どれもこれもラカムだったんだ。そう思うと胸の奥から感じたことのない暖かさが込み上げてきて――。
「ありがとう。いつもわたしをいちばんに考えてくれて」
「いいんだ、そんなこと。だって俺にとっていちばんはいつもアンなんだから」
「わたしもなにかお礼をしなくちゃね。考えてみる」
「いいよ、そんなの」
リーアムの眼力がどんどん鋭くなってくる。
「楽しみにしててね」と一言残して部屋を出た。
「奥様とご主人様はいつでも仲がよろしいですわね。お付き合いが長いわけではないでしょう?」
ん、痛いところを突かれる。
「王宮にいる時にも良くしてもらったじゃない? わたし、そういう経験がなかったから」
「そうですね、奥様は殿方にお会いするチャンスもありませんでしたものね。でも、ご主人様で良かったじゃないですか! なにしろ国一番の勇者ですし、美男子でいらっしゃいますし、なにより奥様にベタ惚れ!」
エイミーの言葉にマリアも続く。
「見てるこっちが暑くなってしまいますわ。私も結婚するならご主人様みたいにやさしい殿方が好ましいです」
「あら、マリアは次の夏の休暇にお見合いするんでしょう?」
「そうなの?」
マリアは子爵家の出だった。
「お兄様が結婚なさるんです。それならお前も的な。いい加減ですよね、親って」
マリアは首まで真っ赤になっていた。
冬が来る。
白い雪とともに閉ざされる雪が。
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