第15話 もし、お前が

「殿下、こちらでよろしいですか?」という言葉をここ三日の間に何回聞いただろう?

 その度にわたしは「夫人に訊いて」とか「伯爵ラカムに許可をもらって」とか、答える人を割り振った。要は自分で決めるのは飽き飽きだったからだ。


 クロスの色、カーテンの色、ナプキンの色。おまけにナプキンには手刺繍も入れさせられた。一介の国の王女殿下がこれくらいできねばと、夫人は強く言い張った。いやいや、王女殿下だからこそ侍女に任せられるんじゃないの、と思いつつ、泣きながら刺した。

 刺繍の腕前はアントワーヌのお陰で素晴らしかった! 夫人も感嘆した程。へへーん、見直したか、と自分の手柄でもないのに鼻高々になる。

 それから料理を決めて、料理に合うお酒を選んだものに許可を出して、お菓子を決める。

 ではどのプレートを使いましょうかって、勝手知らぬキッチンでわかるものか、と思う。結局、派手好みの夫人が投げ出したわたしの代わりに、レース模様を浮き彫りにしたプレートを選んだ。


 最大の難関はドレス選びだった!

 なにしろわたしの物が決まらないとラカムの物をペアで作れないという。無理難題だ。

 白、白、白という布を何枚も見た。悔しいことに色合いと触り心地がみんな違う。

 ドレスの形は侍女も交えて選んだ。誰かが「殿下はいつでも清純であらせますから、慎み深いイメージのものはいかがでしょう」。はい、それ採用。

 シンプルなイメージながら一国の第一王女としての気品も必要で、シンプルなドレスにダイヤモンドを細かく散らした。

 ああ、もう限界というところでアクセサリー選びが始まる。「ラカムに似合うものにしたいの!」という一言で、青を貴重にしたものに決まる。


 ⋯⋯誰だ、結婚式が楽しみだと言ったヤツ。


 招待状は何枚も書き直したけど、シャロン、カタリーナ、ミリアム、アイリにも忘れずに書いた。

 そして親愛なるヒューとガイにも心を込めて書いた。ガイは今頃、事の真相を聞いて驚いているだろう。なにしろドワーフの頭は固い。

 ふふふっと、羽根ペンを手に持ちながら想像だけで笑っちゃう。

 ああ、こういうのが楽しいのかなぁと思いつつ、難題が降りかかる!

 アントワーヌが! 寄りによってアントワーヌの記憶が邪魔をしてくる!

 お見舞いに来た客の中でも同情心を見せつつ、するりと皇太子を持ち上げることにしたヤツらを何故か彼女は一人残らず覚えていた。そして、招待状を書こうと思うと「うっ!」となる。

 でもそこは意思を強く持って、健康になったところを見せつけてやろうよ、と励ましてなんとかクリアした。


 結局、最大の問題はになる。


 平民出身と、虚弱体質のダンスはギクシャクしてどうにもならないと思えた。

 でもラカムの持ち前の運動能力でわたしをリードしてくれるようになって、難しいステップにも挑戦できるようになった。

 曲もあらかじめ三曲決めておいて、アントワーヌは三曲も踊れば体調の関係で断っても問題なかろうということになった。

 ラララ~と鼻歌がうたえる程には上達した頃、ラカムがやって来た。

「体調はどう?」

「最悪よ! どうしてパーティーは女性が仕切るのかしら。今までも準備の仕方は学んできたけど、どうして初めてのパーティーがこんなに大掛かりなの! 国王陛下を恨みたい!」

「⋯⋯やっぱり陛下を父上だと思えないの?」

「思えないわよ! 子供を産んで亡くなった母を持つ虚弱体質の娘になんの愛情もかけてくれなかったもの。わたしにとっても父親と言えば⋯⋯」

「わかってる。悲しいことを思い出させてごめん」

「いいのよ。⋯⋯本当なら招待状を送って、一番に喜んでほしかった人だけど。仕方ないわ」

 ラカムはわたしの顎に手をかけて、丁寧に優しいキスをした。

 わたしは何故か泣きたくなった。

「さぁ、プリンセス、ビギナー同士、踊りましょうか?」

「そうね! ゴマすり大臣達をギャフンと言わせてやらないと! わたし、気品あるダンスをするわ」


 踊って、踊って、踊った頃、国中からお祝いの贈り物が届いてどんどん当日が近づいてきた。

 そんなある日、陛下から直々に執務室に来るように呼ばれた。アントワーヌにとって、初めてのことだった。


「アントワーヌ、当日はゆっくり話せないだろうから時間を取った。座りなさい」

 陛下の部屋はやっぱりソファも特別で、紅茶もどこの物なのか特定できない特別な茶葉だった。

「アントワーヌ、私を恨んでいるか?」

「いいえ」

「勇者風情に嫁に出したことを怒っていないのか」

「はい。彼はとても誠実で、いかなる時にもわたしを尊重してくれますから」

 陛下はお茶を口に含み、眉根を寄せた。

「その勇者についてだが、妙なことを言っているヤツがいる」

「妙なことですか?」

「そうだ。なんでも反乱を起こすつもりだとか」

 わたしは思わず高笑いしてしまった。アントワーヌあるまじき、大失敗だ。こんな下品なこと、彼女がするわけがない。

「陛下、考えすぎですわ。わたしたち、結婚したら北部に行くんですよ。首都から遠い土地で反乱だなんて! 雪国の暮らしだけで大変でしょう。わたしだって病に伏せるかもしれません。

 ご存知かと思いますが北部は貧しい土地です。山間部がほとんどで、主な産業は林業。鉱物はドワーフとのやり取りで儲けが決まります。そんな食べるのに困る土地でなにができるでしょう? 陛下直々、北部行きをお決めになったんでしょう?」

 最後は責めるような口調になってしまった。

 これから生きるのも大変な土地でどう国を転覆させようと言うんだろう?

 そんな余裕、あるわけがない。


「それもそうだな。私も歳だ。判断が鈍ったのだろう。確かに北部は厳しい。困った時は王室を頼りなさい。寒ければ王宮に戻ればいい。私だってお前にひもじい思いをさせたいわけじゃない。⋯⋯もし、お前が。いや、よしておこう。下がっていい」

 もし、お前が⋯⋯その言葉が大きな渦を生み出すことにわたしはまだ気付いていなかった。

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