第9話  無許可飛び入り参加

 カタリーナとミリアムは代わるがわる北部について面白おかしく話してくれた。北部がいかに寒いかということを。

「失礼ですが、殿下、殿下の来ていらっしゃる今日の可憐なドレスを北部で着られるのは二ヶ月程かと思いますわ」

「⋯⋯そんなに寒いんですの?」

「厳冬期も同じくらいの期間なんですけど、まず外に出たいとは思いませんね。吹雪くことも多いですし、正直国王陛下はなぜ王女殿下を⋯⋯あ、余計なことを」

「いいんです。みんな噂してますもの。身体が弱いのに北部に行って、子供だって満足に産めないんじゃないかって」


 わたしは苦笑した。


 国王派の貴族たちは遠回しにわたしに聞こえる声でそう言った。「そもそも勇者などに下賜した病弱な姫君」と。

「そんな言い方ってないですわ! 子供ができるかできないかは神の御心次第です。信心深いアントワーヌ様はきっと子供を授かりますわ」

 アイリが一生懸命、そう言ってくれるので、わたしは少し照れくさくなった。

 でも『神の御心』というと話は別で、神がわたしにもう一度奇跡をくださるかは微妙な気がした。

「確かに――神の御心次第だと思いますわ。信仰が誰よりも深い殿下にはコウノトリが訪れますとも」

 ティーカップを傾けながらシャロンはそう言った。

 嫌なヤツ!

 わたしが神に会ったことがあるって言ったら⋯⋯気狂いと呼ばれるわよねぇ。


「お嬢様方、なにを楽しくお話し中ですか? 私が仲間に入っても?」

 ラカムだ! ラカムが現れるとシャロンまで頬を赤く染めて俯いた。そしてそれぞれ挨拶を始めた。

「ディケード伯爵にご挨拶申し上げます」

「ちょっと待って。伯爵っていうのは名前ばかりだからまだ慣れないんだ」

 だーかーらー、そういうとこだよ。爽やかな笑顔でサラッと感じのいいことを言うな。

「で、では。ラカム様と」

「うん、いいね。元々平民なんだから気を遣わないで」

 あー、みんなメロメロだぁ。

「殿下がうらやましいですわ。こんなにお優しい方が婚約者だなんて」

「そうですよ、わたくしの婚約者なんて気が利かなくて会いに来る時に花さえ持ってこないんですよ」

「ああ、忘れてた。アントワーヌ、これを君に」

 嬌声が一気に上がる。

「さっきここに向かってた時、ジャックに会ってね。この開きかけのバラを一輪くれたんだ。先の方だけ淡いピンク色で美しいだろう? 俺のレディにきっと似合うからって」

「ラカム、ありがとう! すごくうれしい」

「ここは花で溢れかえっているだろうからどうかな、と思ったんだけど、喜んでもらえてうれしいよ」

 お茶を注ぎに来たマリアが、ラカムに小さくグッドのサインを送った。ラカムはウインクを軽くした。


 シャロンはちっともラカムがこっちを向かないことに耐え兼ねたのか、話題の中心になれないことに我慢ならないのか「お先に失礼いたします」と言って席を立った。

「そんなこと仰らないで」と引き止めたけど、彼女の気持ちは固かった。⋯⋯別に意地悪をしたかったわけじゃないのに、と思うと少し残念だ。

「シャロン様はああやって気を引きたいだけですわ。いつもそうなんです。ご自分が主役になれないと席を立たれて。

 有名な話ですから、殿下の名に傷が付くことはないですわ。お気になさらずに」

 そんなことってあるだろうか?

 余程、両親に甘やかされて育ったのかしらと思うと、なんだか少しうらやましい気がした。


「失礼。席が空いたようなので、私も同席してよろしいですか?」

 キター!  満面の笑顔の師匠なんて見たくないっ!

 下心見え見え。

「ここはお嬢様方の秘密の集まりですよ」

「ほう、大変興味深い。お嬢様方のお気持ちは魔法でも解き明かせない神秘ですから」

 長い黒髪は風になびき、漆黒の瞳はすべての光を吸い込むごとく大きく見開かれた。

 師匠は迫力ある男前、なのよね。

 嫌じゃないけど、じっと見られると怖いような。まるで魔法にかかってしまいそうで。

「魔法を使われるんですか!?」

「ご挨拶が遅れました。王立魔法研究所で首席魔導師をしております。ユーリ・ジェラルドと申します」

「まぁ! どうして殿下とお知り合いに?」

「ちょっとしたことで殿下をお助けしたことがあるんです」


 師匠は魔法陣を描くこともせず、持っていた杖で地面を突くと、ふわふわちゃんたちがそこを中心に飛び出した。

 ただし、量は加減して。

「これは下級の魔物ですので触れても大丈夫ですよ。殿下がこれの大群に遭遇した時にたまたま居合わせたんです」

 わたしとラカムは目を合わせた。

 どうしてそういう話に!

 絶対これも噂になる⋯⋯。

「雪虫みたいでかわいいです」

「そうですね、種としては非常に近い。お持ち帰りになっても大丈夫ですよ。自然の中の魔法エネルギーを取り込んで生きていますから。消える時にも空気中に溶けてしまうだけです」

 令嬢たちはもふもふちゃんに夢中になって、カップを手に持つ人は誰もいなかった。


「おい、呼んだのか?」

 ラカムが小声で話しかけてくる。

「ラカム以外の男に声をかけてたら変に思われるでしょう?」

 わたしも小声で返す。まったくなにを考えてのご登場なんだろう?


「王女殿下には強い神聖力があることはお聞き及びかと思いますが、微妙に魔力もお持ちなんです。これがごく微量なもので扱い方を私がご指導しているというわけです」

 なるほどー。

 と、令嬢たちは赤い顔で頷いた。

 わたしはすっかり慣れちゃったけど、師匠、イケメンだからなぁ。女の子騙すの上手いんだわ。

 くわばら、くわばら。

「そうなんです。自分でも知らないうちに身についていて、それを探知してわたしを見つけてくださったんですよ。最初はわたしも驚きましたけど」

「魔力が暴走して健康を害するということは、割によくあることです。殿下の場合、元々、お身体が弱くいらっしゃる。気をつけるに越したことはない」

「魔力のある人がいると、離れていてもわかるということですか?」

「ええ、高位の魔導師ともなれば」

「首席魔導師なんて初めて聞きました! どんなお仕事なんですか?」

 ここで師匠は一瞬、眉をひそめた。気に入らない質問だったようだ。

「例えば城や王陛下など貴賓の方の警護などです。そのほかは主に研究をしています」

「はぁ~、研究職ですか」

 ミリアムがうっとりした。

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