第8話 社交活動開始!
「王女殿下にご挨拶申し上げます」
背中がピシッとなり、真顔になる。足が痛くて座っていたところに声をかけられた。
「シャロン・キンダーと申します。北部に父が小さい領土を持っております」
「まぁ、ではご近所になるというわけですね」
「ええ、そうなりますわね。
わたくしは今、首都のタウンハウスに来ているんですけれど、北部は本当に寒いところですので王宮育ちの殿下には寒さが厳しいのではないかと心配しておりますの。殿下は元々お身体が弱いと聞き及んでおりますから」
なんか嫌な感じぃ。
歓迎されてない感じがプンプンする。
貴族年鑑ならベッドの中で嫌ってほど読んだ。暇だったから。キンダー侯爵と言えば、北部ではかなり大きな領地の持ち主だ。謙遜? バカにされてる。
「まぁ、キンダー侯爵令嬢にご挨拶いただくなんて光栄ですわ。わたしも実はそれが怖いんですの。王宮は比較的暖かい土地にある上に、冬の間、暖房を欠かすことはありません。わたしに北部の女主人が勤まるかしら?」
シャロンは唇を噛み締めた。
彼女は今年、ラカムのお陰で流行している青いドレスに金のリボンをつけ、ブロンドの髪を巻き毛にし、同じく金細工の髪飾りを着けていた。かなりの財力だ。
キンダー家は北部でも有数の勢力、シャロンは北部の同等の貴族に嫁いで自分が北部の女主人になるつもりだったんだろう。魂胆が見え見え。もっともアントワーヌだったら、ぽやぽやーっと現生離れした笑顔を見せただろうけど。
「アントワーヌ、探したよ。足が痛いんだって? 王陛下に頼んで下がらせてもらおう」
ええ、とわたしは頷いた。シャロンはラカムを間近で見て、ポッと顔を赤らめた。わたしは心の中でほくそ笑んだ。ラカムはシャロンには手に入らない。ふふん。
「タウンハウスにいらっしゃる間に是非、遊びにいらしてくださいね。後で招待状を送りますわ」
ラカムは以前のことを覚えていたらしく、わたしを抱き上げることはなく、そっと手を取った。そしてシャロンに微笑んだ。
「アントワーヌに友達ができるのは大歓迎だよ。是非、会いに来て」
⋯⋯ええ、とシャロンは消え入りそうな声で答えた。
◇
人の目が届かないところに行くとラカムは彼の習性通り、わたしを抱き上げた。落ちないように首にしっかり腕を巻き付ける。
「あーあ、わたしもブルーのドレスにすればよかったかしら?」
「なんで?」
「⋯⋯流行ってるから。たくさんいたでしょう? ラカムが踊った子の中にも」
「ああ、流行りなんだ。アントワーヌにはその紫のドレスが一番似合ってると思うよ。って、もっと先に言うことだよな。今度から気を付けるよ」と彼はバツの悪い顔をした。わたしはほっぺをギュッとつねった。
「バカね、そういうことじゃないの! たくさんの女の子がラカムの気を引こうとしてるから⋯⋯」
「ヤキモチ?」
「⋯⋯バカ」
「青も紫も君に似合うよ。国内一の美姫じゃないか」
「でもそれはわたしじゃないわ。わたしに似合うのはせいぜい、瞳に合わせたグリーンのカーテンみたいなドレスしかないわ」
ラカムは壁際に置かれたソファのひとつにわたしを座らせると「見た目なんて関係ないさ。俺の望みは君の魂だけだよ。カーテンだって構わないけど、王国中の仕立て屋を呼んで、君に相応しいドレスを贈るよ」と抱き締めた。
「⋯⋯ワガママ言ってごめんなさい。バカみたい。アンの身体はもうないのに」
「あるよ、俺の心の中にね」
◇
翌週になるとラカムから薄いペパーミントグリーンの、レースをふんだんに使ったドレスが贈られた。
周りの者は「まぁ!」と感嘆し、ラカムのセンスを褒めたたえた。⋯⋯彼にセンスがあるかは謎だったけれど、少なくとも『アン』が着ても浮くことのないデザインだった。
首都にいる同じくらいの年頃の⋯⋯つまりまだ二十歳にならないくらいの令嬢たち何人かにティーパーティーの招待状を送った。北部の子ばかりだ。
なるほどこうして人脈を作ればいいのかと、シャロンのお陰で勉強になった。
パーティーの準備はマギー夫人が喜んで手伝ってくださることになった。夫人はわたしに装飾の提案をしてくれて、マリアやエイミーたちは首都で流行っているお菓子を教えてくれた。わたしがそれを厨房に伝えに行くと、パティシエはすっかり恐縮してしまい、悪い事をしたと思った。
パーティー当日はよく晴れて、早咲きのバラがガゼボを彩った。
シャロンを始めとして、カタリーナ・クロース侯爵令嬢、ミリアム・シラー侯爵令嬢、アイリ・ロイス男爵令嬢を招待した。
招待状を書く時はもうウキウキで、隣に付いていたマギーも呆れる程だった。
ケーキスタンドにはもりもりにデザートを用意した。エクレアやマカロン、ミニタルトなどを。それとは別にホールのケーキ、クッキーも用意。お持ち帰り用も用意。完璧!
わたしはラカムにもらったペパーミントグリーンのドレスを着てみんなを迎えた。「お似合いですよ」とエイミーが小声で耳打ちした。
空にも飛び上がりそうな気持ち!
みんな、それぞれ趣向を凝らしたかわいらしいドレスで現れた。中でもシャロンは青い小花模様のドレスを着て、わたしを威嚇するのを忘れなかったらしい。
「皆さん、よくお集まりいただけました。ありがとうございます。どうぞこれから北部の家同士として仲良くしていただけるとうれしいのですが」
「まぁ、王女殿下、もったいないお言葉ですわ」
「そうです。殿下よりわたくしたちが先にご挨拶申し上げるところですのに」
カタリーナとミリアムは家柄も近いせいか仲も良く、ふたりで同じことを言った。かわいらしい、わたしはそう思った。
アイリは父親の爵位が劣るせいか口数少なかった。わたしは彼女のプレートにイチゴのタルトを乗せてにっこり笑った。
「イチゴはおすき?」
「殿下自ら、申し訳ありません」
「いいえ、今日のホストはわたしですから恐縮なさらないで、ね」
わたしも貴族暮らしが板に付いてきたな、と思う。これもあの厳しくも愛しいマギー夫人のお陰だ。
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