第7話 創立祭、開幕

 創立祭がやって来る!

 噂に聞いた創立祭。わたしの村から首都までは遠すぎて、貴族でもない限り参加することはできなかった。

 冒険は首都とは縁遠いもので、参加するきっかけがなかった。

 今年は参加できるぅ!


「バカかお前。王女殿下がほいほい城下に出られたものか。増してや城の中での行事もあるだろう?」

 あ、と思う。アントワーヌには創立祭の記憶がほぼない。いつもベッドの中で遠い花火の音を聴いていた⋯⋯。

「わたし、創立祭に参加する! アントワーヌの分も!」

「だからどうしてお前はそう前しか見ないで突っ走るんだ!? 少しは落ち着いててくれよ。俺の心臓がもたない」

 わたしは侍女たちに祭りの期間中、交代で休暇を取らせることにした。

 実家に帰れると喜んだ者もいたし、わたしのように祭りに参加するという者もいた。

 わたしはというと、なんだかいいことをした気分になった。

「こんなふうに言うと現金ですが、姫様がお元気になられて本当に良かったです! 姫様も創立祭、楽しんでくださいね」

 ――それからが地獄だった。


 ◇


「いつもと同じでいいです!」

「そんなわけには行きません! そもそも姫様はパーティーにほとんど参加されておりませんから、ドレスもなにもかも足りないんです!」

「だからって超過密スケジュールはぁ」

「ラカム様だって、試着の間は外に出ていただきますからね! ご自分の衣装も作らなくてはならないでしょう!」


 元気になってから、アントワーヌにはマナー講師が着いた。今までももちろんいた訳だけど、レッスンについていくにはアントワーヌの体力がギリギリだった。

 そこで健康になった今、本格的な講師が来たわけだ。要は世話人だ。

 ひとついいことがあったとしたら、もう婚約者はいたのでお見合いに悩まされないこと。これで更にお見合い話までされたら沸騰ものだ。


 講師はマギー夫人と言った。

 なんでもアントワーヌの親戚筋の人らしい。よくわかんないけど。悪い人ではない。厳しく見えるけど、いつもきびきびしてるだけ。せっかちなんだ。

 言うことを聞けばいいのだけど、それが難しかった。

 特に大変だったのは、レディとしての歩き方とダンスの練習。

 元々、身体の弱かったアントワーヌもあまり受けたことのないもので、お陰で上手くできなくてもお叱りは軽かったけれど、できないわけにもいかなかった。

 レッスン後もひとりで練習するしかなかった。




「きゃ!」

 夕食後、部屋に戻るといきなりラカムが現れて深々と、マナーに則ったお辞儀をした。

「王女殿下、最初のダンスを私と踊っていただけませんか?」

 ドキッ!

 婚約者なんだから当日の練習も兼ねてなんだろうけど、それにしては声音が本気で。

「⋯⋯喜んで」

 わたしは彼の差し出した手に自分の手を乗せて、最初のステップを踏んだ。テンポは妙なくらいスローだった。

「ラカム⋯⋯踊れたの?」

 不思議なことにこうして向き合ってるだけで頬が熱くなる。この想いのことは、いつだって保留。弾け飛ぶといけないから。

「お前と同じ。講師がついてる。お前よりずっと厳しいぞ。アントワーヌの記憶なんかないからな、食事の作法から貴族の名簿、なんでアイツらあんなにぞろぞろいるんだ?」


 ステップは時々もつれたけれど、ランプの灯火がたまにゆらっと揺れるくらいで、周りの音はまるで聞こえない。わたしの心臓の音が聴こえないように、息を潜めた。

「⋯⋯俺の、心臓の音、聴こえる?」

 ズルい。ラカムは片手を離すと、わたしの頭を自分の胸に押し当てた。

 彼の鼓動は、力強く打っていた。

「暗いのが良くない。アンと踊ってるって、見えない分、意識する」

「ラカム⋯⋯わたしを本当に」

「本当に?」

「本当に⋯⋯。想ってくれる?」

『愛してくれる?』とは訊けなかった。恥ずかしくもあったし、思い上がりだと思われたくなかったから。頬の熱が耳まで達する!

 ラカムはわたしをギュッと抱きしめると「命を懸けてって言いたいところだけど、悪い、ひとつしかなかった」と笑わせた。

「バカ⋯⋯」

 言い終わるか終わらないうちに、ラカムの唇が頬に触れた。チクリ、と痛いようなそのやわらかい唇の感触はわたしの頬に残った。


 その晩、心臓の鼓動は弾んだままだった。


 ◇


 創立祭の式典は地獄のようだった。

 長々と続く国王の建国の伝説の話。

 後を絶たない貴族からの挨拶――これは避けようがない。アントワーヌがこんな席に出ることは滅多になかったのだから。

 そして、ダンス!

 一曲目は約束通りラカムと踊った。今度はちゃんとしたテンポで。どの曲にするか、マギー夫人とも話し合って程々に華やかでステップの易しい曲を選んだ。

 ラカムの顔は緊張に満ちていて、わたしも他人のことは笑えない心境だった。

 その後、ダンスの申し込みも殺到した。婚約者がいたとしてもアントワーヌ程の美姫なら、是非とも踊ってみたいものだろう、けど、がんばっても三曲だった。靴擦れができた。アントワーヌのやわらかい踵では仕方ない。

 ラカムも令嬢たちにモテモテだった。わたしのなのに⋯⋯とうっかり思ってしまい、違う、そういうのじゃないんだからと落ち着こうと努力した。


 ⋯⋯舞踏会は美しかった。

 眩いシャンデリア、飾るところがなくなるほど埋め尽くされた装花、色とりどりに揺れるドレス。ああ、あの中に入れればいいのに。

 見られただけでもラッキーなのに、中に混じりたいなんてわたしは本当に贅沢だ。


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