第6話 魔力底なし
最近の侍女たちの話題はもっぱらわたしたちのことだ。特に話題に上がっているのは、ラカムがわたしを『アントワーヌ』ではなく、愛称『アン』と堂々と呼んでいること!
知り合ってから日が浅いのに、もうそんなに仲がいいとか、姫様の顔色もとても良くなったとか、ふたりきりの時には近づいたらいけないとか、そんなのばっか!
⋯⋯元々『アン』なんだってばぁ。
この城の人たちはアントワーヌをアンとは呼ばない。生まれつき虚弱だったアントワーヌは早々に跡継ぎレースから外され、誰も、親族ひとりでさえもアントワーヌに見向きもしなかったからだ。
日当たりのよい部屋と病人の相手ができる侍女たちを与えられ、箱のようなその部屋から出ることはなかった。
アントワーヌは生きていることに絶望を感じていた。
でももしわたしがいなくてラカムが登場したらアントワーヌの人生は変わったんじゃないかな?
わたしの人生に師匠が現れたように、人生はガラッと色を変えて彩りに満ちた華やかなものになったかもしれない。
ラカムは優しいし、親切だし、男前で腕っぷしも立つ。爵位だっていただいたし、アントワーヌも人生を不幸なものだと思わなかったんじゃない、か、な?
「良くないこと、考えてた顔してる」
椅子に座って本を読んでいたところ、気がついたら至近距離にラカムがいた。軽く頬をつねられる。痛ッ!
この痛みもラカムがいてくれなかったら⋯⋯。そう思うとさっきまでのアントワーヌを思う気持ちは消えて、自分の人生がまだ続いていることに感謝する。
「お前、悪いこと考えてる時、こう、口が尖ってるんだよ」
「くちばしみたいに、ってこと?」
「そう、アヒルの口みたいに」
失礼な、と思いつつ、救われた相手にこっちこそ失礼な真似はしかねる。ふん、と拗ねた顔をした。
ラカムはふっと得意げに笑った。
「さぁ、姫君、少しは運動をしませんと。俺と一緒に外に出ませんか?」
「王女殿下、その方がよろしいですわ。最近の顔色は以前とは比べ物になりませんもの」
「⋯⋯そうかしら? でも外に出たらそばかすが」
「傘をお出ししましょうね」
隠れるようにしてラカムは笑った。
◇
「他人のコンプレックスについて笑うのは大変失礼なことよ」
「申し訳ございません、王女殿下。すっかり王女が板に付きましたね」
「⋯⋯そういうのってさ、あんまり口に出さない方が良くない?」
「うん、そうだな。神の話なんて毛ほども信じてくれそうにないしなぁ。王家が神の教えを取り仕切ってるのに、中身はこんなものか」
「だーかーらー、そういう批判的なのやめた方がいいって、ほんとに」
「アンが言うならね。確かに魂を乗っ取ったとか、そういう話になったら面倒だ」
「わたしなんか火あぶりよ。もしそれでも神との契約で生き残ったら、今度は幽閉だわね。『赤毛の魔女』って有名になれる」
すっと後ろから誰かの近づく気配がして、わたしは後ろから抱きしめられる。驚いてレースの日傘が芝生の上に落ちた。
「今の話、誰にも聞かれてはいけないよ。どうしてもするなら、密閉魔法を使いなさい。ただし、魔法を使うには対価が必要だ。王宮の魔導師たちが魔力探知して一斉に押しかけてくる」
ふふふ、とわたしと師匠は笑った。そんなことはないのはわかってるからだ。
「笑い事じゃないだろう? 緊急時に魔法を使えないじゃないか」
「ううん、違うのよ、ラカム。魔力を隠蔽する方法がちゃんとあるの。この前のもふもふの時は探知できる人がいると思わなくて油断してたのと、察知できたのは師匠だけだったの。
もっとも、普通の魔導師はわざわざ隠したりしないわね。それだけ魔力が惜しいもの」
ラカムの目が点になった。
なにか、理解不能なことがあったらしい。
「ラカムくん、アンの魔力は底なしだったんだ」
「ああ⋯⋯なるほど。昔のパーティーで一緒になった魔導師はすぐにMP切れしてたな、そう言えば」
「アンはそんなことなかっただろう? 特別な人材なんだ」
わたしはなんだか恥ずかしくなって、ドレスの裾を見つめていた。今日のドレスはラカムの瞳に合わせた淡いブルーで、水飛沫のように歩く度に裾が揺れる。
花壇にはビオラやチューリップが春の賑わいを見せ、なにもかもが浮かれて見えた。
「⋯⋯そういうわけで、今日の会話も魔法で聞かれないようにしている。周りからは仲睦まじく話しているように見えるだろう」
「あ! でもさっきアンタ、アンに抱きついたじゃないか! しかも魔塔の主とアンが親しいのもおかしくないか?」
「記憶の改ざんなんてお手の物。私と仲のいいのは君ということにすれば、もっとアンに会えるだろう?」
「そういうのは困りますー。わたし、普通に暮らしたいんです」
「じゃあアントワーヌの魔法人形を置いて、家に帰ろう。君は変身魔法で本来の姿に戻ればいい」
その発言にはわたしもラカムもギョッとした! 考えたことがなかったからだ。
「くせっ毛の赤毛か。見かけたらかき回してやるよ」
「なんて酷いことしか言えない勇者なの! ここが王宮じゃなかったら、ファイアボールをお見舞いしてあげるのに!」
「勘弁してくれよ」
アントワーヌの記憶が喋った。久しぶりにこんなに身体を動かした、と。それはどこから聞こえてくるのか不思議な感覚だった。
「君がアントワーヌのためになってることもあるんだよ」
心の内が読めたのか、師匠が日傘を拾いながらそう言った。⋯⋯本当にそうなのかな? それは都合のいい考え方じゃないのかな?
そう思っても、アントワーヌの健康な姿を見て喜ぶ人はきっといるだろうと、ポジティブに考えることにする。
もっと丈夫にならなくちゃ。
したいことができるように。
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