第4話 消えない魔法陣
お茶会はその後、和やかに進み、最後にラカムだけを残してふたりは王宮の馬車で帰って行った。
ラカムには特別な客間が与えられ、滞在が許された。
「お嬢様、お疲れじゃないですか? 顔色があまりよろしくないように見受けられますが」
エイミーがそっと尋ねてくれる。ブラウンの髪にブラウンの瞳のエイミーは少し心配症だ。
「では姫君は俺にお任せを」
横からすっとやって来て、うわわわわ⋯⋯また抱き上げた。
「歩けます! 歩けますぅ! もう回復したんです!」
「⋯⋯どうして俺の花嫁を大切にしたらいけない?」
いやー、ラカムがいい男に見える! やめて! 変な光線出さないで!
「ラカム様、少しでも歩いた方が身体のためにいいと医師にも言われていますから」
「ふーん、つまらない医者だな」
と言いつつ下ろしてくれる素振りはない。この、見慣れたはずの逞しい身体が魔王を倒したのだと思うと感嘆しかない。その布石を自分が築いたのだと思うと⋯⋯。
「見過ぎですよ」
「え!?」
「横顔がチャームポイントだとは気付きませんでした」
「そ、そんなことは言っておりません!」
「そうですか? いかがですか、腕の中の居心地は」
「⋯⋯悪くないです」
「以前からずっとそうしたいと思っていたのに、近くても遠い人、でしたからね」
侍女たちが柱の影から見てるぅ。絶対に噂になる!
お嬢様は勇者様の横顔がお好きのようよ、とか、勇者様が腕の中の居心地を訊いたのよ、とか。
ああーッ! 勝手に『ロマンス』が増殖する!
――それにしても、近くても遠い人って? えーと、わたしは近かったけど、アントワーヌは遠かったってこと、かな?
アントワーヌは本当に人形のように美しかった。ただ身体が弱かっただけで。
わたしは身体は強かったけど見た目は十人並。量の多い赤毛に、緑の瞳。白い、というより顔色が悪く見えてそばかすがその肌に目立った。
貧しかったので、ふくよかな頬とも縁がなかった。最期まで、ガリガリで炎のような髪をしたわたし。
アントワーヌがうらやましい。
⋯⋯ラカムも、アントワーヌみたいな貴婦人を抱き上げられる喜びを感じているのかもしれない。わたしなんかじゃなくて。
魂を縛るなら、アントワーヌにすればよかったのに⋯⋯と言っても、身分が違いすぎたか。そうしたらアントワーヌを花嫁としていただけたのに、残念なヤツだ。
一時の感情で、他人の魂をこの世に縛るなんてまったくバカげてるよ⋯⋯ほんと。
「本当にそう思うの?」
ビクッとして目を上げると、そこにはラカムの顔が間近にあった。
「わ、わたし、なにか言いました?」
「うーん、ブツブツとね。そのうちのひとつに答えると、アンの魂を縛ったのは、もう一度アンに会うためにはもうほかに手段が思いつかなかったから。だって毎日見ていた顔を、見られなくなるのは悲しいだろう?」
「⋯⋯ラカム様は不思議なお方ですね。わたしの顔など見ずとも、こうして麗しい女性を一生、身近に置くことができたではありませんか?」
「彼女は亡くなった」
――確かに。その場合、ほかの王女が代わりになるはずだったんだろうか? でもアントワーヌ程の美姫はいなかったはず。
「このブロンドの髪より、爆発しそうなくせっ毛の赤い髪が懐かしいよ」
「ねぇ、わたしは別に恩着せがましいことをしたかったわけじゃなくて」
ラカムは人差し指を立てると、わたしの唇に触れた。
「しっ! おしゃべりはまた今度。噂が大きくなりすぎるといけないから。どうせ結婚すれば嫌ってほど――」
「結婚!?」
思わず大きな声が出てしまい、慌てて口を押える。侍女たちが急いで駆けつける。
「バカ、相変わらずだなぁ」
バカと言いながら、その目はやさしく笑っていた。
◇
翌朝から侍女たちはわたしの前ではいつも通り、むしろ大人しく、わたしが席を外すと話が弾むようだった。
王女の婚約者という立場は微妙な位置で、まだ王室の一員ではないし、もちろん一般市民でもなかった。
なので彼はその中途半端な身分を活用して、あちこちブラブラ散歩しているようだった。
大体、結婚と言っても、もう皇太子は存在するので、わたしたちは結婚を機に辺境に吹っ飛ばされるのだ。その方が偽物のわたしには暮らしやすいかもしれないけど。
「⋯⋯王女殿下、なにを一生懸命お描きですか」
びくぅっとなる。小枝で温室の地面に書いていた魔法陣を一生懸命隠す。
「な、なんでもないのよ」
「ふぅむ、魔力適正ありですか?」
「あ、あります?」
ここでラカムはにっこり微笑んだ。
「王女殿下にとってはどちらがよろしいのでしょうか? 魔法が使えることと、使えないこと」
「それはもちろん!」
「もちろん?」
ふわっと抱きすくめられて身動きが取れなくなる。ジタバタ足掻いたところで相手は勇者だ。
「ないよりなんだってあった方がいいでしょう! 離してください~」
「不正解! 俺の嫁さんに危ない真似はさせられませんから、魔力なんていりません。静かに今度こそ守られて下さい」
「正解も不正解もないです。あればある、なければない、じゃないですか」
「ない! はい、そういうことで⋯⋯あっ」
地面に描いた簡単な魔法陣から、綿毛のような小さな生き物がふわふわと溢れ出した。まるで、タンポポの種子のように――。
「⋯⋯おい」
「はい?」
「冗談にならないぞ。これくらいの魔力なら城の魔法使いたちに探知されるだろう? 一体何を呼ぶつもりだった?」
「⋯⋯もっふもふのホワイトフェザードラゴンです♡」
ラカムは頭を抱えてしゃがみこんだ。そしてなんとか魔法陣を消そうとするんだけど、一度発動した魔法陣は焼印を押したように、簡単に消えたりしない。こいつは困ったぞ、と思っていた矢先⋯⋯。
「アン・ブリッジ。遊びがすぎるぞ」と後ろから凛とした声が聞こえてきた。
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