第3話 凱旋式はわたし抜きで
長い間目を覚まさなかった王女が目覚め、魔王を倒した勇者一行のパーティーの凱旋パレードが遅ればせながら行われた。
剣士であるラカム、僧侶のヒュー、ウォーリアーのドワーフ・ガイが花でいっぱいに飾られた馬車に乗り、王宮までの大通りを凱旋した。
沿道沿いの人々は口々に祝福を述べ、トランペットが空高く響いた。
突き抜けるような天井知らずの青空だった。
王宮で三人はそれぞれ改めて爵位と宝物を受け取り、王は威厳ある声で三人を讃え、志半ばで倒れた魔法使い(わたし)の死を悼んだ。言葉の上で。
正直なところ、国王陛下はアントワーヌのことは国政の道具としか見ていなかったし、志半ばのアンはいてもいなくても同じだった。
まぁその件に関しては、街で数日ゴシップになったとしてもそろそろ忘れられることだろう。
わたしの父母は幼い時にモンスターに襲われ、わたしは小さな村で育てられた。今わたしが文字通り生きていたら、村人たちにもなんらかの恩恵があったかもしれないと思うと悔やまれる。
それにしたって国王。
ムカつくお父様、だ。
王室の者に特有の紫色の瞳と、豊かなプラチナブロンドの髪を肩まで伸ばし、偉そうな王冠を被っている。式典なんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど⋯⋯冷たい人だ。
アントワーヌは目覚めた後、自力で歩いて国王陛下に挨拶に行った。病弱な姫のことなどどうでもいいんだ。
なにしろ、どこの馬の骨かわからない男にポーンと⋯⋯ポーンと⋯⋯あげられるのは誰?
恐ろしい考えが頭を過ぎる。も、もしかしてお嫁に行くのって、わたし!? アントワーヌの時には姫として育った以上、どんな粗野な男が来ても諦めるしかないと思ってたけど⋯⋯アン? あんたはどうなの?
「お嬢様、お部屋に戻りましょうか? お顔が赤いようです。またお倒れになったら事ですから」
エイミーに促され、自室に下がる。
刺激、強すぎ。
その時、国王陛下の声が耳に入った。
「この者は生まれつき病弱でお前に苦労をかけるかもしれない。それでももらい受けてくれるか?」
「王女殿下をいただけるとはなによりも有り難きしあわせと思っております」
ラカムは一体、なにを考えてるんだろう? 中身はわ、た、し。アンだってわかってるのに。
つい吹き出しそうになって、危ない、危ない。
◇
わたしは城でいちばん豪華な応接室で彼らを待っていた。これから、王女として勇者パーティーのもてなしをする。
こういう王女としての知識はアントワーヌのまま身体に残っていて、わたしを助けてくれる。
怖い顔をして緊張している三人に席に着くよう促し、自己紹介をした。
「勇者の皆様、長い間の魔物の討伐、お疲れ様でした。国をもって皆さんに感謝の気持ちを表したいと思い、お茶の席をご用意させていただきました。どうぞ、お寛ぎになって」
にこっと微笑む。アントワーヌは笑うとえくぼができる。陶器のような白い肌、紫色の瞳はアメジストのようだ。
「ア、アントワーヌ王女殿下、お招きいただき光栄です」
多分、年齢を考慮してヒューが挨拶する算段になったんだろう。ガイの左頬には大きな傷痕が増えていた。僧侶のヒューが治療しても残ったのなら、強い魔力による傷に違いない。痛々しい。
「⋯⋯姫様?」
わたしは席を立つとガイの隣に腰を下ろし「じっとしてください」と告げた。侍女たちの視線を受けながら、傷に手を当てて祈る。
眩い白い光が手のひらから溢れ出る。神聖力は祈りの強さ、すなわち集中力を必要とする。魔法で手のひらからファイアボールを生み出す要領だ。
アントワーヌは王家の者だけあって、神聖力は並外れたものがあった。
「おお、二度と治らないと思っていた傷が!」
「まぁ、せっかくの勲章を許可なく消してしまって怒っていらっしゃる?」
「王女殿下、王女殿下が信心深いというのは有名な話ですが、まさかこれ程の神聖力をお持ちだとは」
えっへん。
アントワーヌの強い神聖力にわたしの魔法の技術を応用したのだから、普通じゃないのは当たり前なのだけど。
「生まれつき身体も丈夫じゃありませんし、神に祈ることくらいしかできませんから」
ふふっと笑うと、ラカムが吹き出しそうにしていてそっとテーブルの下で手をつねる。
その後、彼らはは冒険譚を延々と、時にはユーモアを交えて話してくれた。――懐かしい、あの日々。あの小さな村を出ようと思ったあの日。小さな魔法しか使えなかったわたしに魔法を教えてくれた師匠。
それから勇者募集に応えて、酒場でパーティーを紹介され⋯⋯最初は女だからって嫌がられたっけ。
「まぁ! 聞いたことも見たこともない、想像も及ばない冒険をしてらしたのですね。大変なご苦労でしたでしょうに」
「殿下こそ魔王の瘴気に当てられて、生死をさまよったとお聞きしております」
魔王の瘴気?
神はそんなことは言ってなかったのに⋯⋯。これだけの神聖力を持っていたら瘴気に対する反応も激しかったに違いない。アントワーヌも命を削って。
「わたしはこうしていられるだけでしあわせですわ。皆様のお陰です」
ラウルが一言、はっきりこう言った。
「いや、俺たちを生かしてくれた魔法使い、彼女がいたからこそ国中にしあわせが戻ったのです」
そんなつもりじゃなかった。
わたしはただ、この三人を生かしたかった。国民のことなんて、頭の中にちらりともなかったのに。
「そう、アンがいてくれたからここにいられるのです、殿下。私たちはアンを忘れてはいけない」
「アンの笑顔がワシらの唯一の楽しみだった」
お茶の席はすっかりしーんとしてしまった。静まり返った空気の中で、どれくらいみんなの気持ちをありがたいと思ったことか⋯⋯。
「そうなんですね。その話はわたしも聞き及んでおります。⋯⋯彼女の縁のある者たちにもなんらかの形で報奨が行き渡るよう、陛下に進言いたしましょう」
アンが愛されていたことをこんな形で知ることになるなんて、わたし、バカだ。
涙を隠すように次のお茶を頼んだ。
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