CHAPTER12 カサンドラの正体

 スカーレットはカサンドラに導かれるまま歩いていた。2人は一切会話をしていない。案内された場所は彼女の伯母が住んでいた実家だ。家は既に見覚えのない建物に変わっており、しかし問題はどうしてそこに案内されたのか検討もつかない。

「アンドリュー?ヒカリちゃん!?」

「スカーレット?」

「よくわかんないけど私も呼ばれたのよ…」

 建物内は武器やら戦闘に役立つようなものばかりが集まる宝庫だった。一体何故?

「役者は集まったわ」

「一体どういうことなんですか!?」

 アンドリューは興奮状態でカサンドラの胸ぐらを掴もうとするが彼女に止められる。

「カサンドラ…まさかあなたは!」

 カサンドラはずっと被っていたマスクを脱いだ。彼女とアンドリューは見覚えのある顔に絶句する。

「スカイラー…伯母さん…?」

「先生…!?」

 何とカサンドラの正体はスカーレットの母親であるルース・グリフィンの姉、スカイラー・エヴァンス。アンドリューの高校生時代の教員で当時の担任教師。卒業を見届けた張本人だったのだ!伯母の年齢をすっかり忘れてしまっていたが、母親が殺された当時の母は44歳で存命なら54歳。伯母は2歳上のはずで56歳だ。確かに伯母は高校教師であることは知っていたが、まさかアンドリューが当時の教え子であることは予想もしていなかった。しかし伯母がGreen Roseのボスであるなら組織を創設したのも伯母本人ということになる。

「教えてください…どうして組織を創ったんですか?」

 アンドリュー以上に気が立っているのは彼女の方だ。近くに置いてあったナイフを喉元に突き立てる。しかし彼女の手は赤子の手を捻るように受け流されると膝蹴りを喰らう!ザラとの戦いで傷があるせいか動きは鈍っているが、彼女が一撃で動けなくなってしまうほどの強烈な威力だ。

「悪い子ねスカーレット…話聞く前に死にたいのかしら?」

 痛みで悶える彼女を冷酷に首を絞めるカサンドラ。折ってしまうほどの握力で絞めるカサンドラに一切手加減が見られない。

「やめてくださいボス…!」

「お願いやめて!」

 アンドリューとヒカリの叫びを受けてカサンドラは手を離した。

「ゴホッゴホ…!」

 組織の最強と呼ばれるスカーレットがボスにあっさりとやられる姿にゾッとするアンドリュー。彼女に駆け寄るとまず落ち着かせるが、身体の震えが止まらない…やっと彼女が落ち着くと、ようやくカサンドラから次々と真相が明かされることになる。

「スカーレット、死にたくなかったら言うことを聞きなさい」

 伯母に挑発される彼女は再び怒りに任せて殺人級のキックを横に振る!しかし片手でそれを受け止めてしまった!今度こそ殺されてしまうと誰もが思う状況だったが彼女が喰らったのは平手打ち。この瞬間に彼女は幼い頃に悪いことをして叱られ、母親に平手打ちされた過去を思い出す。やはりここは伯母に従うしかないのだろう。そんな彼女は母親に叱られた過去を思い出したのか、自然と涙が溢れてしまっていた。そして無意識に問いかける。

「伯母さん…もしかしてパパとママが殺されたのは伯母さんのせいなの!?答えなさいよ!!」

「落ち着け!」

「うぅ…ぅぅ…」

 既に彼女は1リットル近くの涙を流し、眼鏡に涙が溜まる。アンドリューも彼女がこんなに泣いている姿は見たことがない。しゃっくりが止まらない彼女を前にカサンドラは静かに事を話し始めた。カサンドラ、スカイラーの経歴をまず説明すると、たった今案内された場所はスカイラーが住んでいた実家で、夫と息子と一緒に暮らしていた。確かにスカーレットには従兄がおり、彼女が小学生の時以来会っていないが顔と名前は思い出せる。従兄の名はフェリックス・エヴァンスだ。ここまでは彼女が知っている範囲であるが問題はその後。彼女が組織に拾われたのは17歳のとき。10年前の2015年。彼女は11月生まれのため26歳だが、アンドリューは当時30歳。この頃から彼の階級はキャプテンで組織にスカウトする人材だった。Green Roseが創設されたのは2013年。スカイラーはカサンドラに名前を変えて一切の素性を隠し、プロの暗殺者集団として世界に暗躍する組織となった。

「元々Green Roseは私と夫で結成した組織だったの。夫の願いでもあったから…」

「エド伯父さんが、一体何故…?それよりエド伯父さんは!?」

「当初ボスの座は夫のはずだったけど、私が継いだの」

「そう…」

 スカイラーの夫だったエドは組織を創設した数カ月後に病死していた。ボスになったことでかつての教え子だったアンドリューをスカウトしたのは、当時彼が働いていた会社が倒産して行く宛がなかったためだ。元々成績優秀でオリンピック選手にも引けを取らない運動能力の持ち主だった彼は適任だった。

「けど思い出したわ!エド伯父さんは元特殊部隊で、確か…」

「よくあの人から遊び感覚で軽い訓練に付き合ったものね…何せ海兵隊だったから」

「ボスの旦那さんが、元海兵隊?」

「あの人はテロ対策部隊としてGreen Roseを創った」

「でも何で暗殺者集団になったの?」

「単純よ。私が暗殺のプロだと気付いたから。天からの才能かしら?」

 エドが存命ならテロ対策部隊として機能していたかもしれないが、カサンドラはあえて暗殺者集団へと塗り替え、世界をテロやクーデターから救う組織に成長させたのだ。

「待ってよ…じゃあ、ママが殺されたのって…?」

「たまたま…だったのよ」

「クゥゥ…!」

 その瞬間彼女の頭の中の何かが切れた!再び怒りに任せパンチ!しかしそれは届くことはない。

「まだネタバラシが終わってないわ」

「何よたまたまって…」

「あなたのママを殺した犯人は私が殺した。そいつは元々組織が目を付けていた麻薬密売人よ。通り魔って世間に知られている理由は、キマってたからよ…」

 カサンドラの言う通り、当時彼女の両親を刺殺した通り魔の正体は麻薬の密売人だった。麻薬を売りすぎて多くの人の人生を狂わせたことによりカサンドラから目を付けられた。

「でもそれは私の責任でもあるの…殺される前に奴を殺れなかったから」

「じゃあ、私を組織に入れた理由って…?」

「私がアンドリューに命令したのよ」

「どういうことなの…?」

 アンドリューを見詰めるとうろたえた表情で立っている。

「すまん…お前に声を掛けたのはボスからの命令だったんだ。理由は教えてくれなかった」

「私はあなたの親ではないけど、伯母として責任を果たすためだったの…」

 久しぶりに見る伯母の優しい笑顔。姪っ子を殺し屋という犯罪者にしてしまうことに葛藤があったのだろう。泣き続ける彼女を抱き締める。それは母に抱かれたときと同じ感覚だった。

「ごめんね…」

「伯母さん…!」

 涙が枯れるまで泣いた彼女は伯母を抱き締め返した。泣いて伯母を抱き締める姿にアンドリューとヒカリも涙した。しかしこのまま感動的な瞬間はすぐに崩れ去ることとなる。

「幹部を倒してくれたことに感謝するわ。後は伯母さんに任せなさい」

「なっ…ボス?」

「フレデリックは私が倒す。あなたたちは引っ込んでなさい」

「結局はそれかよ…」

 スカーレットは涙をハンカチで拭くと立ち上がった。フレデリックとの最終決戦を誰にも譲るわけにはいかない。彼女は一気に戦闘態勢に入る。

「伯母さんだろうが誰だろうが、あいつは私の獲物よ」

「また歯向かうつもりね…?なら私も力で止めるしかないわ」

 彼女は本来使わないはずのナイフを手に取り、得物のUSPを持つ。

「(スカーレットちゃん…手が震えてる)」

 伯母に叩きのめされた恐怖にやっぱりまだ震えを抑えられない。

「(マズイ…!確実にどっちか死ぬ!)やめるんだスカーレット!ウワァ!」

 静止するアンドリューを殴った彼女にもう迷いなどなかった。

「たとえ伯母さんを殺してでも私は行く。私は手加減などしない!」

「やっぱり悪い子ね…」

 迷いを捨てた彼女は凄まじい踏み込みを見せる!銃を撃ちまずは回避に誘うと凄まじいスピードでナイフを振り上げるもその一撃は空を切る。しかし彼女はこの瞬間を狙っていた。

「(さっき喰らった膝蹴り)」

 彼女はカサンドラの胸を目掛けて放ったのは膝蹴りだ!しかし間一髪で躱され、勢い余ってしまったのか前のめりに怯む。隙を見せてしまったら的になり、カサンドラのハイキックが顔面にめり込む!

「ウウウゥー…!」

 その一撃で唇を切る。しかし彼女は倒れない。次に仕掛けたのは足元を狙ったスピンキック、執念に圧倒されたカサンドラは反応が遅れ左脚に命中!

「やっと一発喰らわせたわ…(わかってきた)」

 彼女は26歳ながら歴戦の猛者。組織のボスであろうが最終的に実力は上回る。こうなれば彼女の独壇場だ!

「ハァァ!」

 繰り出す打撃にカサンドラは反応が遅れ続け、順調に連撃が入るが、当然カサンドラにとっては想定内だ。

「ウゥゥ…!」

 右ストレートを喰らわせようとした彼女の右手に突然激痛が襲う。何と人体すら簡単に切り裂いてしまうワイヤーをストレートする右手をスライド式に縦へと貫通させてしまったのだ!これで右手は使い物にならない。右手は縦に切り裂かれ出血もヤバい。

「まだまだぁ…!」

 使い物にならなかったら次は左ジョブ、そして回避に誘う。その次に繰り出す攻撃はキック、と思いきやカサンドラのつま先を踵で踏み潰したのだ!

「グゥ…!」

「これでつま先は粉々ね…」

 右手が使えないスカーレットと右脚を上げられないカサンドラ。殴り合いすぎて両者共限界が近い。

「もうやめてください!ボスも…お前も死んじまうぞ!?」

「やめて!本当にやめて…!」

 2人は必死で戦いをやめるように静止させようとするが、耳を貸す気配はない。しかし彼女には秘策があった。

「そろそろ決着をつけましょう…」

「そうね…」

 そして再び2人は殴り合いを始める!状況から見るにカサンドラの方が圧倒的有利だ。何とか左手だけで攻撃を続けるが顔面を何度も殴られるスカーレット、痛みに耐えながら狙っていたのはカサンドラのスタミナ切れだった。しかしスタミナ切れを狙っても彼女の顔は腫れ、瞼を開けているにもやっとだ。組織のボスと言え彼女を倒そうとする者は誰もが焦って攻撃をし続ける。カサンドラが殴り続けて10分。そして…

「ハァハァ…」

「今だ…!カァァーー!!」

 スタミナが切れたのを見切り、そして渾身の左エルボー!

「ヌウゥゥー…!?」

 鳩尾にエルボーを喰らって大きく怯む。そして!

「ハアァァァー!」

「ガハァァ〜…!」

 脳天にネリチャギを諸に喰らったカサンドラにもう体力は残っていない。カサンドラの連撃以上にスカーレットの一撃が上回ってしまったのだ!彼女の秘策とはつま先を粉々にすることで足をうまく動かせないようにし、回避スピードを低下させることにあった。キックを連発しなかったのは必殺技に使えるようにするためだ。

「なんてことだ…」

 こんな地面が揺れるほどの勢いで繰り広げられた戦いを今まで見たことがあったのだろうか?先にダウンしたのはカサンドラ。スカーレットの勝利は明白なものになった。戦闘力未知数と言われたカサンドラは、姪のスカーレットによって倒された。脱力感から彼女も膝をつく。

「ボス…!」

「スカーレットちゃん!」

 ヒカリは彼女に駆け寄り、アンドリューはカサンドラに駆け寄った。

「可愛い姪に…負けちゃったわね…すぐにあの子の傷を癒やしてあげて…」

「わかりました…!ボスも早くこっちへ!」

 カサンドラはそのままアンドリューにおんぶされて医務室に運ばれた。

「ハハハ…ハハハハ…」

「スカーレットちゃん…?」

 笑い声の次に溢れたのは泣き声。

「伯母さんをこの手で殴るって…何でこんなに痛むの…?教えてよ…ねぇ教えてよヒカリちゃん!」

 血だらけの手でヒカリの肩を触る彼女。ヒカリの白い服が一気に真っ赤になる。戦いを終えて再び彼女は涙を堪えきれなくなった姿を見ると、ヒカリは無意識にキスをする。

「そんなの痛いに決まってるわ…確かに私も伯母さんと殴り合うのは信じられないとは思うわ」

 やはりヒカリも理解はしてくれなかった。

「でもさ、スカーレットちゃんは伯母さんのことが大好きだから、戦ってでも止めたかったんでしょ?」

 その言葉を聞いて顔を上げる彼女。

「あなたを暗殺者にしたのは確かに伯母さん。でも暗殺者だとしても、未来を変えるのはスカーレットちゃん自身なのよ」

「私…?未来を変える?」

「あなたが、伯母さんの未来も担ってあげなさい!これで、あなたにとっての親孝行ができるんじゃない?」

 ヒカリは娘を持つ一人の母親。親になって注がなければいけない愛情がヒカリにはわかっていた。両親を亡くして10年が経った今、暗殺者になったことで親の愛情をすっかり忘れていた。

「やっぱ伯母さんは、ママに似てた…」

「それよりまずは傷を…立てる?」

「うん…」

 彼女はヒカリの手を借りながら何とか医務室まで歩くと、そこには頭に包帯を巻いたカサンドラがいた。

「アンドリュー、ここにメディックを呼んで。あと、スカーレットと2人だけで話したいの」

「承知しました。ごゆっくりお話ください」

 ヒカリにアイコンタクトで2人きりにさせるよう伝え、メディックが到着するまでは一旦姪と伯母の家族との会話を楽しむとしよう。

「ごめんねスカーレット…伯母さんも強いでしょ?」

「全くよ…ムカつくほどにね!でも、伯母さんのおかげで何が大切かわかった…」

 あれだけぶちのめされたのに一体何がわかったというのだろうか?

「伯母さんに殴られた痛み、私は自分の強さにしか頼ってなかったってことよ」

 組織の人間でスカーレットに勝てた人物はいなかったため、自分の強さに頼ってしまうのは自明の理であったのだろう。しかしこれで組織の最強エージェントはスカーレット・グリフィンであることが証明された。

「私の負けよ…あなたの好きなようにしなさい」

「恩に着るわ」

「けど今は傷を治しなさい。今フレデリックと戦うのは流石に自殺行為ね…」

「確かにね…」

 フレデリック・ギレスピーとの決着は彼女に託された。しかしザラとの死闘に続き、カサンドラとぶつかり合って彼女はボロボロの状態だ。他愛もない会話をして30分するとメディックが到着し、優秀な人材によって彼女は治療を受けることができた。顔は結構腫れているが瞼は普通に開けられるようになり、ワイヤーで切り裂かれた右手はよっぽど強い衝撃が加わらない限り開くことはないが、しばらく右手で攻撃することは難しいだろう。1日の最大限治療を受けて右手が普通に動かせるようになり、出血と内出血を抑えるのが精一杯だった。

 1日後、治療を終えたスカーレットはストレッチで身体の動きを確認するが、全身がやはり痛む。本来はもっと時間を掛けて治療を受けたいが、そこまで時間に余裕はない。

「本当に行くのね?」

「ええ。みんなと、フレデリックのためにもね…」

 今の状態で行ったらフレデリックに負ける確率の方が高い。一度覚悟を決めたことには、自分がどうなろうが突き進むのは彼女の良いところであって悪いところでもある。カサンドラもよく理解しているようだ。

「ありがとう伯母さん…絶対帰ってくるから」

「ちょっと待って…」

 そのまま向かおうとする彼女の腕を掴むとキスをした。伯母とキスをするのはもう20年前だろうか。

「ママもよくキスしてくれたかな…」

「知っているわ…私も小さい頃あなたのママとチュウしたわ」

 彼女が愛情表現でよくキスをするのは母親の影響だった。伯母もどうやらよくキスをするようだ。

「気を付けてね…スカーレット」

「恩に着るわ…ありがとう」

 傷を負った状態でフレデリックとの最終決戦に挑むスカーレット。世界の平和をかけた未来への最終決戦が、遂に始まる!

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