CHAPTER11 花火

 レストランで食事を終えた3人はホテルに宿泊することはなく、路地裏で野宿して朝を迎えた。夜ご飯を食べて短時間でも睡眠をとれば不思議と1日の疲れの半分以上は開放されるものだ。ボトルのワインを一人で飲み干したのなら二日酔いに襲われるだろうが、3人で分けて飲めば二日酔いに襲われない。今は朝の8時。現段階でDAに残る幹部は機械人間でありタコ女のザラのみ。大将のフレデリックと抹殺対象のマルコ。彼女はフレデリックとザラとの戦いは譲れない気持ちが強く、マルコ相手ならアンドリューに任せるのが適任だろう。そしてアンドリュー自身もマルコが悪魔になることを止められなかったという責任を感じていた。元々目に余る態度であったといえ、奴の暴走は多くの命を奪ってしまった。その責任は指導者の自分自身であるということを意味していた。

「マルコはDAを追放されたみたいよ」

「何だと?」

「ザラが教えてくれたの。フレデリックは息子いたし、子供の命を奪った行為は彼の逆鱗に触れたようね…」

「なら今がチャンスですねキャプテン!」

「待て、奴がどんな能力を持っているかはまだ判別としない部分がある」

 彼女らが目撃したのは糸を口から吐く攻撃、四つん這いで高速移動ができること。蜘蛛の類であることは間違いないだろう。だがヒカリ宅を護衛していた男性の遺体に咬み跡があり、毒によって殺されたと考えれば色々と辻褄が合う。毒蜘蛛の種類は世界で100種類程度とそこまで多くはないが、一咬みで人間を殺せる種も存在する。

「3人まとまって行動してもあまり手掛かりは見つからないわ。マルコはフレデリックの傍にはいない。ここはフレデリックを探す班と、マルコを探す班で分かれましょう」

「スカーレット、俺はポールと一緒にマルコを探す」

 3人の意見がまとまり、スカーレット一人とアンドリュー・ポールの2人で二手に分かれた。彼女はフレデリックと決着をつける前にザラと戦わなければいけないだろう。ザラは敵ながら手掛かりを彼女たちに教え、さらにヒカリの傷まで治療してくれた。一言で言えば命の恩人である存在、次は彼女がザラを救う番だ。

 彼女とザラはSNSで繋がっているため、連絡を取り合えばあっさりと合流ができた。ザラが着ている服はいつもの戦闘服のような堅苦しさはなく、ビキニトップに短パン、ビーチサンダルなどまるでサイボーグの自分を大きくアピールしている。初めて見るザラの身体は心臓を摘出した手術痕、臍の近くの皮膚は剥がれて機械の部分が露出。改めて可哀想と思う気持ちが生まれ始める。

「また2人きりね?元々あなたに話したいことが沢山あったから…」

「私も、あなたを調査した日からずっと面と向かって話し合いたかったわ」

 2人は少し歩くと大きな公園に着き、ベンチに腰掛ける。親子連れで賑わい、キャッチボールや遊具で遊ぶ子供たちを眺めて彼女に続きザラにも笑顔が見え始める。

「ねえ見て、私もあのことがなければこうして遊んでたかな」

「絶対そうよ」

 ザラは母親になるはずだった人間、遊んでいる子供たちを見ると思うことが沢山あるだろう。スカーレットはザラと戦い、救うことが目的。しかしザラの目的はまだ聞けていなかったため、聞かないことには何も始まらない。彼女は静かに問いかける。

「あなたの心境は私にもわかるわ。私はあなたを救う権利がある。あなたは私に何を望むの?」

「私はサイボーグとして自分自身を捨てた。勿論本当の自分なんかじゃないわ…」

 彼女はつい何も言い出せなくなる。

「私は機械心臓を取り出さない限り死ぬことはない。私の生命を終わらせるのにはあなたしか適任がいないの」

「私だけ?」

 あの轢き逃げ事件から機械人間に生まれ変わり、ザラは生き甲斐と生きる理由を一切見出だせていなかった。自ら命を絶つ選択も考えたが、機械心臓を自分で摘出することはできなかった。ザラは自分の生命を奪える存在を探し続ける目的もあってDAに所属し、敵対するスカーレットという女性と出会った。ザラにとって彼女が唯一終わらせてくれる存在。既に覚悟は決まっていた。

「あなたは私のことを理解してくれた。こんな優しい人に出会ったことなんて、マット以外いなかったし」

 話し終えたザラの表情は徐々に険しくなる。彼女は険しい表情のザラに何とキスをしたのだ。唇は人間、機械のような質感のない柔らかい唇だ。

「ちょっと!一体何のつもりなの…?(何だろう、この優しいキス…)」

「どうしてもあなたとキスしてみたかった…」

 キスの味はやっぱり金属の味を感じる。女性同士のキスで味わったことのない味。

「満足したの…?」

「ええ。これであなたと戦うことに悔いは残さないわ…」

「そうね…私もやっとあなたと決着をつけられる。でも、ちょっと場所を変えましょう」

 スカーレットとザラは決着をつけるための場所は砂浜だった。ザラがビキニトップとビーチサンダルで来た理由は砂浜で戦うためで、かつて婚約者のマットとはよく海水浴に行った。彼女に命を奪われるなら思い出の一つでも残しておきたかった。

「あの人とよく海で遊んだの…」

 ザラはビーチサンダルを脱ぎ捨て、それに続いて彼女もローファーを脱いだ。

「さあ…あなたが私を止めるべき女よ!全力でぶつけなさい!!」

 スカーレット・グリフィンとザラ・ベネット、暗殺者とDA5大幹部最後の一人。裸足同士の戦いは壮絶を極めることになる…!


「スカーレットがいないか。これで2人…!」

 マルコを蜘蛛を使役するうちに意思疎通が可能となっていた。観察しながら攻撃のチャンスを覗う。アンドリューとポールの2人なら今がチャンス。アンドリューはフレデリックにやられた肩の傷が痛んでいるはず。

 アンドリューとポールが足を踏み入れたのはとあるビル施設。注意深く気配を感じ取ろうと五感を研ぎ澄ませる。そんな中突然ガサガサという音が鳴り響く。

「待て!何か来るぞ」

 音がする方向へ視線を向けると、その先には蜘蛛の大群が襲い掛かってきたのだ!

「蜘蛛!?」

 よく見えないが毒を持っていたら非常に厄介だ。銃で一匹一匹始末するのはとても現実的じゃない。

「マズイです!奴らが外に出ます!」

「何だと!?伏せろ!」

 アンドリューは慌てて焼夷手榴弾を投げて何とか外へ出すことを阻止。火炎放射器があれば手っ取り速いが運悪く持っていない。蜘蛛の対処に追われる2人は視野が狭くなってしまい、マルコの襲撃を許してしまう。

「グゥ!」

 マルコの放った銃弾はアンドリューの左腕に命中。口径の小さい拳銃は威力があまり強くないが、銃弾が腕の中に残っていて出血が止まらない。

「キャプテン!」

「俺は大丈夫だ!」

 マルコがようやく姿を現し、糸を吐くが二度も同じ攻撃は猛者には通じない。しかしマルコはアンドリューじゃなく標的をポールに変更。吐いた糸はポールを縛り付け、グルグルに巻かれて壁に貼り付けられてしまう!縛られたポールに蜘蛛がゆっくりと忍び寄る。早く振り解かなければ蜘蛛の餌食になってしまう!

「ポール!」

「どこ向いてんだよマヌケ!?」

 マルコはナイフを持ってアンドリューに襲い掛かる中でも必死に片手のみでガードする。しかしマルコの悪い癖は歴戦の猛者にはどうしても見抜かれる。その悪い癖は周りが見えなくなること。アンドリューは咬まれないように渾身の右ストレートを歯に目掛けて一発殴り込む!その一発はのみでマルコの歯は一瞬で折れた。これで毒を注入することはできなくなったはずだ。

「痛ぇなぁ…!」

 歯を折られた怒りで動かせない左腕に追い打ちをかけるようにナイフを突き刺す!出血量はこのままじゃ致死量に達してしまう。ポールは糸を振り解けないまま蜘蛛に数か所咬まれ、激痛に襲われる。

「クゥゥ…!ウワァ!」

 ポールを雄叫びを上げながら全力のパワーを出し切って糸を解く。アンドリューは左腕の出血で意識が遠のきそうな絶望的状況だ。ポールはもう自分の命を投げ出す覚悟だ。蜘蛛がアンドリューのもとへ行かないように焼夷手榴弾を自分の足元へ落とす。ポール自身も大火傷を負っているが、キャプテンのために最後の役に立とうと走り出す!マルコはトドメにナイフを振り上げる…

「死ねアンドリュー…!」

「キャプテンっ…!」

 ポールは毒が回って意識はもう途切れる寸前だ。だがポールの執念はアンドリューを救うことになる。

「グサっ…!」

「何だと?」

「キャプテンは…俺が絶対に殺させねぇ!」

「ポール!?」

 ナイフはポール心臓の近くに突き刺さった…それでも最後の力を振り絞り、喰らわせた一発は全体重を乗せた渾身の頭突き!アンドリューに教わった技だった。頭突きを喰らい脳震盪を起こす。

「キャプテン…!」

 合図を聞いてアンドリューはフラフラ状態で口を開けたマルコにM500を撃つ!大口径のリボルバーで撃たれたマルコは即死だった。マルコが死ぬ直前まで使役していた蜘蛛はアンドリューに襲い掛かろうとしていたが、宿主が死んだことによって蜘蛛は彼らを見逃した。アンドリューは倒れたポールに駆け寄る。

「ポール!ポール…」

「よかった…キャプテン」

「今救助を呼んだ、頑張るんだ!」

「いいんですキャプテン…俺はもう助からないです」

 たしかにポールの言う通り既に蜘蛛の毒が回り、心臓の傍をナイフで刺されたことによって出血量も絶望的だ。誰が見ても助かる可能性はもうないだろう。

「俺、ちょっとでも強くなれましたか…?スカーレットさんの役にも立てましたか?」

「まだまだだよ…!お前はまだ弱ぇんだよ!生きてもっと強くなれよ…」

「やっぱ…弱ぇか。でも、最後にキャプテンの役に立てて、嬉し…かったぁ…で…」

 その言葉の直後にポールは喋ることはなく、完全に息をしていなかった。

「ふざけんなポール…!ポールぅー!ポール!」

 Green Roseの新入工作員ポール・フィーダーはまだ20歳の若すぎる死だった。最後までスカーレットとアンドリューの強さに憧れながら、アンドリューの腕の中で静かに息を引き取った…


 一方、スカーレットとザラの戦いは熾烈を極めていた。互いが無傷の状態で始まった戦い、両者とも素手の戦い合いながら血を流している。彼女が戦いで血を流しているのは非常に珍しいほど、ザラはかなりの強敵だ。ザラはサイボーグで痛覚が鈍っているため、彼女の強力な攻撃でも怯む気配がない。

「どうしたのよ…?全力をぶつけなさい!」

 サイボーグ+タコ女。細身とはいえタコのようにザラの肉体は筋肉に覆われているため、もはや打撃でダメージを与えるのはもう無理だろう。

「こんなんじゃ私は倒せないわ!」

 ザラは両腕を伸ばして彼女の両手両足を拘束し、そのまま一気に絞め上げる!このままでは彼女の血の流れが止まってしまう。彼女は両腕と顎に力を集中させ、何とか両腕を絞める腕に咬み付く!何とかザラに痛みを与えることができたのか、チカラが弱まった隙に何とか両腕を解放させることに成功する。両足も解放させると次に彼女が仕掛けたのは心臓部を集中的に攻撃する打撃。一方的な打撃は通じないかもしれないが、彼女独自の殺人拳なら通用するかもしれない。彼女は持ち前の踏み込みで一気に距離を詰める。だが彼女が放ったのは打撃じゃなく飛び蹴りだ!ザラも口から目潰しのスミを吐く。だがそれを上体を反らして回避、そのまま左胸に直撃する!全体重を乗せたキックはザラを怯ませた。

「うぅ…やっと本気を出したようね…?」

 口で言っているが実際には機械心臓にまで達していない。こうなれば素手では機械心臓を摘出することはできない。彼女もザラの攻撃を何度も喰らってしまっているため、力尽きてしまうの最早時間の問題だった。明らかに彼女の方がダメージを負っている。

「(どうすればいい…?)」

 お互い素手で戦っていて刃物などの武器は持っていない。彼女は周辺に何かないかを探す。折れて落ちた木か?流れてきたペットボトルか?貝殻か?

「(貝殻…?)」

 考えているとザラが再び攻撃を仕掛ける。腕を伸ばして彼女の首を絞めようとする。しかし彼女はあえて両腕を差し出した!

「(足元がガラ空きね…)」

 そのまま両足を腕で縛り上げられる…と思いきや

「ハァァァーー!」

 何と両足を浮かせると両腕にフルパワーを込め、そのままザラを引き寄せたのだった!突然の事態にザラの反応が遅れる。彼女は流れてきた貝殻を拾い、手で割って先端を尖らせるとザラの心臓に突き刺す!

「ウウウゥ…!」

 この攻撃にはザラも痛みで声が漏れる。だがザラもスミを吐いて抵抗し、彼女の首に直撃!首に強い衝撃が加わるのは下手したら折れてしまう。しかし彼女は諦めなかった。

「(まだよ…!)」

 体力的に立っているのもやっとだ。貝殻を持つ両手に力を込める。

「ウワァァァーー!」

 そしてザラの胸を斜め上に抉り上げる!

「ガハァァ…!」

 貝殻はもう完全に折れかけている。そして再び胸に突き刺すと、殺人キックを心臓部分に放つ!貝殻は鋭利に尖っているため彼女の足も血が流れる。しかし彼女の一撃はザラにとって致命傷となった。ザラは力なくそのまま仰向けに倒れる。

「ザラ!」

 彼女は倒れるザラのもとへ駆け付ける。

「……ゥ…スカーレット、ありがとう…」

「ザラ…」

 ザラは泣きながら彼女に感謝すると、彼女にも涙が溢れる。切り裂いた胸からは機械心臓が見える。初めて見る機械心臓はあまりにも機械そのもの。

「これでよかった…最後に、あなたという友達に会えたから…」

「私もよザラ…友達なんてものじゃないわ!あなたは…ゥゥ…」

 ザラはもう抵抗する気力はない。このまま機械心臓を摘出すればザラの命は消える。しかしザラには生きていてほしかった…

「ザラ…やっぱりあなたを殺せないよ。でも、あなたのためにならないのよね…?」

「お願い…殺して…!」

 彼女はザラの願いを叶えるべく胸に手を入れる。

「最後にお願い…もう一度あなたとキスがしたいの…」

「勿論よ…」

「生まれ変わったら、またあなたに会えるかな…?ありがとう…スカーレットちゃん…」

 その直後に交わされる濃厚なキス。そしてキスをしながら、彼女は機械心臓を摘出し、ザラの生命を静かに終わらせるのだった…摘出した瞬間機械音とともにザラは停止。その表情は涙を流しながらも穏やかなものだった…

「あなたこそありがとう…ザラちゃん!」

 機械心臓だけはせめて自分で管理したい。手に持つと再びキス。彼女が去ると、去ったタイミングを待っていたかのようにザラの肉体は爆発。元ピラティスのインストラクター。サイボーグとして生きたDAの最強幹部ザラ・ベネットは、39歳でこの世を去った…

 ザラの機械心臓を持ったスカーレットは目的地もなく歩いていた。靴を履くことも忘れて裸足だ。突然彼女の前に現れたのはマスクを被ったままのカサンドラだ。一体何しに…?

「(どうしてカサンドラが…)」

 疑問だらけの彼女だが、うろたえる様子を見たカサンドラは声も発さず手招きをする。どうやらついて来いのようだ。

 カサンドラの正体が遂に明らかとなる。その正体は、何とも意外な人物だった…

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