CHAPTER10 失いたくない
「少し痛むが、俺はこんなとこで止まるわけにはいかない」
フレデリックに負わされた傷を癒したが、顔の腫れが少し引いたところでまだ肩には激痛が走る。彼はキャプテンでありながらスカーレットに追い越されてしまっていることや、フレデリックに一切敵わなかった劣等感で頭がいっぱいだった。彼は傷も癒えぬまま立ち上がろうとした瞬間、彼にとって意外な人物が声を掛ける。
「随分傷を負ったようねアンドリュー?」
「ボス?」
声を掛けてきた人物はなんとカサンドラだった。彼女はPANSYのアジトの場所を知っていた。
「どうしてボスがこんなところに?」
彼は正直モニター以外でカサンドラを見るのは初めてだ。しかし顔はマスクで隠れており、声もボイスチェンジャーのようなものを使って加工されている。身長は170cm前後だろうか、スカーレットと同じような身長にも見える。しかし不思議とフレデリックのような殺気は感じられなかった。
「あの子、本気でフレデリックと戦うつもりね…それにあなたはあの子に全て任せることに決めたようね」
「はい…あいつはフレデリックの過去を知った途端、自分だけで決着を着けたいと言ったんです。ボス、あいつのこと、あの子って言いませんでした?」
「つい癖が出てしまったようね…」
「俺は初めてボスとお会いしましたが、ボスにお子さんでもいるのですか?」
マスクで顔は見えないが、話し方はどこか一人の子供でもいるかのような雰囲気だ。スカーレットの母親なのかと考えたが、既に彼女の両親は殺害されている。
「息子がいるわ。どこにいるかわからないけど…一つ教えとくけど、息子の年はあの子と大して変わらないわ」
彼は非常に驚いた。まさかボスにも子供がいるとは予想だにしなかったが、ボスたるカサンドラの息子なら相当な実力者であることは容易に想像がつく。もう一つ想像できることは、カサンドラはおそらく本名ではない。
「教えてくださいボス…あなたは何者なんですか?」
「言えないわ…もし明かすなら、役者が足りないわね」
役者とは一体誰なのかと考えるが、息子がいるというなら組織の工作員の誰かが息子なのだろう。思い当たるのはポールぐらいだが、本人から聞いた話では母親は既にいない。詳細は教えてくれなかったが、不思議と彼は納得していた。いつかは話してくれるかもしれないという確信が持てたからだった。話し終えたカサンドラは口元だけマスクを開けて煙草に火を付けた。彼女が去った後、彼は肩が傷む状況でも戦いに出ることを決めるのだった。全てはカサンドラのために。
同刻、フレデリックは自宅へ戻っていた。ザラとヴィッキーはどこかへ出掛けているようだ。モルモットでしか見ていないマルコの姿もなかった。蜘蛛男になれたことで自分の力に酔っているマルコは単独で行動しているに違いないが、実際奴はフレデリックにすら想像できないほどの悪行を行っているのだった。しかしフレデリックにとってそこまで興味はない。何故なら、究極の個体が誕生したからだった。
「遂に完成した…私の究極の存在たる遺伝子、バット。これで、サマンサとケヴィンへの償いが、やっとできる…」
フレデリックは試行錯誤を重ね続け、沢山の犠牲を生んでしまったが、バットを完成させたのだった!本来すぐにでも試したい気持ちがあると思いきや、何故かすぐ使おうとしない。フレデリックは心に決めていた。バットとして覚醒させる瞬間はスカーレット・グリフィンと戦うときのみ。彼女が唯一フレデリックの辛い過去と心を人一倍知る人物であり、何より彼女は自分を敵ながら理解しようとしたからだ。本心では彼女に甘えたい気持ちもあり、サマンサの次に女性の優しさに触れたからだ。しかしスカーレットに勝つことこそが究極の存在となり、死んだ妻と息子への償い。止まるという選択肢は既になかったのだ…
一方この男は裏で何をやっているか気になるだろう。マルコ・フィダルゴ、蜘蛛男の力を使いながら奴は10歳未満の子供たちを誘拐していた。この行動はフレデリックですら予想していないことだ。フレデリックが一切マルコに興味を向けていない理由もあるが、かえって奴の行いはスカーレットとフレデリック両者の怒りを買うことになってしまう。奴がどうして子供たちを誘拐しているのかは、DAの運営とキメラの個体を開発させるには金が必要であることだ。フレデリックの手段としてはシンプルな銀行強盗、もしくは麻薬密売など犯罪行為ではあるが無益な殺生まではしない。それと違って奴のやり方は反吐が出るほどの悪行だ。奴が誘拐した子供たちは偶然発見した廃工場に監禁し、何と内蔵を摘出して闇ルートで売買していたのだった!確かにDAの資金にする目的もあっただろうが、やはり子供の臓器は高値で取引されるため、ほとんどの金は自分用の武器を調達するためだ。蜘蛛男になったとはいえ、スカーレットやアンドリューと戦うには武器は多くあった方がいい。だが奴が誘拐した子供の中にある重要人物がいた。何とヒカリの娘、セツカだ!セツカはまだ3歳で自宅以外の環境、特に廃工場という不気味な場所に慣れているわけがなく、涙出し切らんばかりの泣きじゃくりだ。セツカが誘拐されたのは丁度スカーレットとヒカリが殴り合っている時間帯だが、本来なら自宅で護衛によって世話と保護されているはずだった。奴は強引なやり方で護衛に噛み付いて毒殺し、そのまま泣いているセツカを連れ去ってしまったのだ。当然母親がPANSYのエージェントとは知らず。
「ガキってやっぱうるせぇんだよなぁ…お前からやってやろうか?」
奴はセツカにナイフを振り下ろす…しかしその瞬間!
「プルプルプル!」
奴のスマホに着信が鳴る。連絡してきたのはフレデリックだ。
「クソ…こんなときに…はいマルコです!ボス、どうされましたか?」
「貴様、今どこにいるんだ?私からのメール見ていないのか…?」
フレデリックの声は少し怒りで震えているようだ。奴は慌てて電話をスピーカーにし、メールの内容を確認すると、ヴィッキーと合流してアンドリューとその場にいる彼女の仲間を襲撃しろという指示だった。メールにはスカーレットの文字は入っていないため、彼女を襲撃させようとは考えていないようだ。ヴィッキーからマルコが来ていないとの報告を受けたフレデリックが気になって電話したことにより、セツカは難を逃れることができた。奴はフレデリックの呼び出しを当然無視することができず、購入しておいたW870カスタム(ショットガン)とMP7A(サブマシンガン)を持って慌てて飛び出した。
「遅いじゃないマルコ!ったくボスの指示に気付かないなんて危機感のない奴!」
「すいません!ちょっと野暮用でして…」
奴はフレデリック相手には当然頭が上がらないが、どうやらヴィッキーにも頭が上がらないようだ。蜘蛛男になって力を獲得したと思い込んでいるが、DAに寝返ってから逆に小心者と化している。
「ザラはいないんですか?」
「ザラは相変わらずどこかほっつき歩いてるわ!まああいつがいなくても私にはトカゲの力がある。アンドリューなんてパクっと捕食しちゃうわ」
「いいですね!俺は自慢の糸であいつを縛り付けてやりますよ!」
アンドリューは肩に傷を負っているため、攻め込むなら今しかない。奴らはチャンスを逃さまいとアンドリューを探しに行くのだった。
PANSYのアジトを出たスカーレット、ヒカリ、ポールはDAの人間等を狩りに行こうと出撃。だが戦いの前にヒカリは一旦自宅に戻ってセツカの様子を見に行こうと彼女らに提案。
「ごめんスカーレットちゃん、一回家戻っていいかな?ちょっと娘に帰りが遅くなるとか言いたいし」
「そうね。私もセツカちゃんの顔見たいし!」
アジトからヒカリの自宅まで徒歩15分程度と近い。戦いが長引くことを考慮して愛する娘には挨拶だけでも済ますべきだ。しかし自宅に着くと血の匂いが漂う。
「セツカ?それに護衛の人はどこいったのかしら?」
電気は当然点いたままだが、しかし台所の水が出しっぱなしなのは流石に不自然だ。
「うわぁ~!死んでる…!」
ポールの声を聞いた彼女とヒカリは目を向けると、そこには護衛の死体が横たわっている。明らかに生気がない状態だ。
「死んでるわ…それに何か毒でも盛られたみたいに。まさか、セツカちゃんは!?」
「どうして…どこにもいないわ!セツカー!どこいったのよ…!?」
「見付からないのか!?家にいないなら、運良く逃げた?」
「あの子はまだこの家以外の環境に慣れていないわよ!逃げれるわけないじゃない!」
当然だがヒカリは興奮状態。セツカはまだ自宅以外の環境に慣れていないのもそうだが、自分から歩いて逃げるなんて100%考えられない。
「ヒカリちゃん落ち着いて!今は言い合っている暇はないわ!もしかしたら拉致されたかもしれない。フレデリックが実行犯ってことはないだろうけど、間違いなくDAの誰かよ。首に人間の歯型があるし毒のあるキメラ人間に噛まれたことがおそらく死因ね…」
「次は何のキメラなんだよ…!?」
「とにかく今は考えている暇はないわ…DAの誰か捕まえて聞き出すしかないわね。取り敢えず今は行くわよ!」
彼女の号令を聞いたヒカリとポールはひとまず考えることをやめ、急いでセツカの捜索に移る。
「ヒカリちゃん!セツカちゃんの特徴は!?」
慌てて自宅の中を探していたため、彼女はセツカの写真を見ていない。3歳の女の子だけじゃ特徴は一切わからず、髪型や着ていた服を聞いてまずは特徴を予め知っておかなければならない。3人は走りながらだが、息が切れそうでもヒカリに質問をした。
「髪型はショートで色は、ちょっと暗めの…じゃない!ダークブラウン!確か着てた服は、ピンク色のTシャツで下は赤っぽいスカートよ!」
「よし覚えた!」
彼女は走りながらアンドリューに電話をかける。
「アンドリュー!ちょっと緊急事態よ…!ヒカリちゃんの娘さんが行方不明なの!ダークブラウンのショートヘア、ピンクのTシャツを着て赤色のスカートよ!年は3歳!名前はセツカよ!」
「何だって!?取り敢えずわかった!俺たちも探す!」
アンドリューは外に出ている工作員全員に電話を掛け、セツカの特徴を説明。DAと戦うのを後回しにし、セツカの緊急捜索に入った。
10分以上走ったところで3人の前にDAを名乗る10人の雑魚等が通せんぼする。ロングソードやナイフなり持ち、明らかに臨戦状態だ。
「クソ!こっちは構ってる暇はねぇんだよ!」
「もしかしたら知っている奴がいるかもしれないわ!」
「死ねお前らー!」
雑魚等は一斉に襲い掛かるが、当然彼女やヒカリの相手になるはずもなく、打撃一発で戦意喪失させられる。ポールも訓練を重ね続けた甲斐あってかすり傷さえ負ったが、奴らを捻じ伏せるのだった。
「(ポール、いつの間に強くなったようね)」
倒れた雑魚等はまだ命を奪われていないため、一人ひとりに質問を投げる。
「言いなさい!女の子を誘拐したのは誰!?」
「誘拐…いや!知らない…!女の子を誘拐なんてボスは絶対に頼まない!」
「私の娘が拐われたの!セツカって名前に聞き覚えはない!?」
「本当に知らないんです…!」
10人とも嘘を言っていないだろうし嘘をつく余裕もない。一人がボスは絶対にそんなことを頼まないと聞けたため、やはりフレデリックの指示ではなく、誰かが勝手にやったことであることに間違いない。
「手掛かりなしね…わかったわ。あなたたちは殺さないであげる。ただし警察にすぐ行きなさい…」
「おいあんた!嘘だろ?」
「行きましょう」
幸い10人共命を奪われなかったが、警察に自首したらおそらく10年以上の懲役刑は免れないだろう。
「おい!何で殺さないんだ!?」
「奴らの罪は知らないけど、私はただ命を奪う価値もないと思っただけよ」
やはりポールは彼女の優しさに納得がいかないことが多いようだが、ヒカリはどこか納得している様子だ。彼女たちが捜索して約2時間経ち、時刻は19時でまだそこまで空は暗くない。本格的に暗くなってしまう前にセツカを見付けたいところだが、未だ手掛かりが掴めていないため、また時間が過ぎていく。手掛かりを掴もうと先を急いでいると、意外な人物が彼女のもとへ姿を表す。
「待ちなさい、あなたたちが探しているのは、誘拐された子供たちじゃないの?」
ザラ・ベネットだ。本人に会うのは初めてで、予想以上にサイボーグに見えてしまう容姿に彼女は息を呑んだ。
「そうよ。この子の娘さんを探しているの。あなたは子供たちって言ったけど、他にも誘拐された子がいるのね?DAはきな臭いけど、あなたは別のようね?」
「私は気分屋なの。組織の命令に従うことはあっても、私の気分次第で何でもする」
ぽつんと立つザラを見ていると何故か彼女たちも気持ちが落ち着いたようだ。気分次第で何でもすると言っていた通り、手掛かりを教えてくれるかもしれないと考えたからだ。そう感じた彼女は冷静に質問を投げる。
「教えて!今は一刻を争う事態なの…」
「その娘がいるかはわからないけど、子供たちを拉致したのはあなたのお仲間のマルコよ。しかも、殺して内蔵を闇ルートで売っているわ」
「マルコが…!まさかセツカちゃんも!?」
「子供たちは州外れの廃工場に監禁されているわ。今マルコはヴィッキーと出ているはずだから、助けるなら今よ」
思いも寄らないことで手掛かりを掴めたが、取り敢えずはザラに感謝したい。彼女たちは急いで廃工場に向かおうとするが、ザラは一つストップをかける。
「待って…!スカーレットよね?あなたはここに残りなさい。そこの2人は行きなさい」
ザラは彼女のみを残らせた。
「取り敢えず行こうヒカリさん」
「えぇ!あの子がいるかもしれない」
ヒカリとポールは廃工場の方向へ走り出す。去って行く2人の姿が見えなくなると、ザラは彼女へ何かを語り始める。
「ボスからあんたのことは聞いているわ。スカーレット・グリフィン」
「私もあなたのことは調査済みよ。あなたは婚約者を事故で亡くし、そしてあなたは機械心臓で蘇生した」
「そうよ。私はサイボーグでありタコ女よ。ちなみに事故を起こしたトラックの運転手は、この前私が殺した」
当時ザラと婚約者のマットをトラックで轢いてしまった犯人のトラヴィスはザラに首を折られ殺害されていた。タコの力を使って力いっぱい絞められたのだろう。確かに容疑を認めていても全く反省をしていなかったのは当然の末路ではあったのだろう。しかしザラは気分次第で動いてもDAに所属していることは少しわからないところがある。
「あなたの目的は何なの?どうしてフレデリックと一緒に居続けるの?」
「私とボスは家族もしくは家族になる存在を失ったという過去がある。それに結婚する前だったけど、私のお腹には子供もいたの。悲しみという点では私たちに共通している。サイボーグになってから私は仕事もなかった…けど私にも生き甲斐が欲しかった…」
当時ザラが妊娠していたという事実は彼女も知らなかった。婚約者を亡くしお腹の子も失う。自分だけが生き残ったのは不幸中の幸いでも、ザラの心は殺されてしまったも同然だ。
「それでお互いの悲しみに共感して、フレデリックに仕えたってことね?」
「そうよ。私は強くならなければならない。タコ女になった今でもまだ足りない」
ザラは誰かに守ってもらいたかったのかもしれない。人間ではなくサイボーグになり、社会はザラを守ってくれなかったのだろう。あのとき事故に巻き込まれることなく結婚して幸せな生活を送っていたのなら、インストラクターとして社会生活を続けられていたのだろう。
「私は気分屋。今はあなたと戦うつもりもないわ。余計なことまで喋っちゃったし…」
ザラは戦う気力もないと告げるとそのまま彼女のもとから去って行った。どういうわけか、彼女が放つ殺気は並の戦闘員なら戦慄してしまうほど狂気的であるが、表情がほぐれると自然と悩みなどを打ち明けてしまいたくなる包容力を感じさせる。フレデリックですら話してしまったほどだ。ザラの寂しい背中を見ればもう追おうなんて気力は彼女にも起きなかった。できれば助けてあげたいが、今はヒカリとポールのことが心配だ。それにマルコが裏切り者でさらに子供たちの内蔵を売っていたことは当然許せることではなく、怒りが沸点を超えてしまいそうな感覚。組織から命令されていなくても、彼女にとって抹殺の対象となった…マルコが生きられるのも後数日だ。
例の廃工場までは徒歩だと2時間以上かかってしまうため、ヒカリとポールは無人タクシーを捕まえてできる限りのスピードを出させると1時間以内に到着した。料金を払って慌ててタクシーから出た途端、彼女たちは生臭いものをいきなりに感じ始めた。
「何だこの匂い…?血の匂いしかしねぇな…」
「嫌な予感がするけど…私たちが行かないわけにはいかないわ…」
人の気配も感じるため、奇襲に備えて2人は銃を持ちながら恐る恐る前へと進む。工場の防音は完璧に近いが廃工場になったことによって少しの音は漏れるかもしれない。そしてヒカリが僅かな泣き声を聞き取る。
「待って?今何か聞こえた?」
「いや、俺には何も」
「間違いないわ…これは子供の声よ!」
恐る恐る歩いていたが2人は一気に走り出した。そして声のする方向へ辿り着くと、ポールはあまりの光景に嘔吐してしまった。
「こ…これは…?」
手錠で拘束されている子供たちが20人は軽く越え、さらに内蔵を抜かれている子供たちの遺体まで転がっている。腐敗し始めた子供もおり、見る者の頭をおかしくさせてしまう。とにかく今は生きている子供たちを助けるのが最優先だ。
「セツカ!」
「ママぁ…!」
セツカは無事だった!まだ殺される前であったとはいえ、同じ子供たちが殺されてしまう光景を見てしまった以上心はトラウマだろう。無事助け出せたら心療内科に通わせなければダメだろう。
「よく頑張ったね…!今助けてあげるから」
「ママ、あの子たちも一緒に助けて…」
「勿論よ!ポール君、キャプテンって人に電話して救助の手配をお願い」
「了解!」
ヒカリは自慢のピッキングで繋がれている子供たちの手錠を全て外し、ポールはアンドリューに電話をかける。
「キャプテン!誘拐された子供たちが見付かりました。州外れの廃工場です。救助をお願いします!」
「わかった!俺もすぐそっちに行く」
娘が無事で安堵しているが、無念の死を遂げてしまった子供たちを見ると涙が出てしまう。
「ポール君、マルコって男はあなたの組織にいるのね?何でこんなことを…」
「俺にもよくわからない…確かにキャプテンにすら反抗的だった。だがどうして子供たちが犠牲に…?」
電話から20分でアンドリューと組織の救助隊が駆け付け、しばらく時間はかかるかもしれないが、打ち解けて話すようになったら名前を聞いて親元へ返すしかないだろう。アンドリューより少し遅れてスカーレットも到着した。
「ヒカリちゃんポール!それにアンドリューも無事?」
「スカーレット!身体に問題はないが、心はもうボロボロだぜ…」
「これは酷いわね…これを全部やったのは、マルコね?」
「そうよ。ポール君も同じ考え」
「マルコめ…!」
スカーレットとアンドリューの心は既に怒りが頂点に達している。何の罪もない子供たちが殺され、殺されなかった子供は心に大きな傷を負ってしまった。
「取り敢えず子供たちは組織で保護しよう」
生き残った子供たちは無事救助され、取り敢えず救えた命があって良かったのは喜ぶべきかもしれない。廃工場にはスカーレット、アンドリュー、ヒカリ、ポールが残り、このまま幹部の2人の捜索を考えたが、それ以前にマルコを許せることはできない。殺すべき対象はまずマルコだ。
廃工場を出ると突然何者かの銃撃が襲い掛かる。誰だろうか?
「誰だ!?」
「どうやら見付かっちまったようだな!」
「マルコ!やはりあなただったようね!?」
マルコは銃撃をやめると口から蜘蛛の糸を吐き、その糸はポールを拘束する。粘性があって中々解くことも難しい。アンドリューが痛む肩を押さえながらナイフで糸を切る。4人相手では流石に分が悪いと踏んだのか、マルコは一旦退避を選ぶ。
「待ちなさいマルコ!」
マルコは蜘蛛のような四つん這いと凄まじいスピードで退散し、4人もすぐに追跡するがヴィッキーの妨害が入る。
「こんなときに、誰だ!?」
「私はヴィッキー・スティルマン!トカゲよ」
ヴィッキーの動きも速い上に爪がまるでブレードのように伸びている。喰らったらひとたまりもないだろう。
「ここは私に任せて!あなたたちは行きなさい!」
ヴィッキーとの戦いを引き受けたのはヒカリだった。
「ごめんね、絶対死なないでよ!」
「任せなさい!」
ヴィッキーとの戦いはヒカリに任せることにし、彼女たち3人はマルコが逃げて行った方向へと向かう。
ヒカリは両手にメリケンサックをはめ、ボクシングのようなスタイルをとる。一方ヴィッキーは鋭い爪とわざと舌から毒が混じる唾液を垂々と落とす。ヒカリはPANSYで特殊訓練を受けた猛者、ヴィッキーは半グレ組織に所属していた食人鬼。もはや人間VS食人鬼、ヴィッキーの見た目は人の形をした化け物にしか見えていない。まず攻撃を仕掛けたのはヴィッキーだ。しかしメリケンで爪攻撃を防御するが、明らかにヒカリの方が間合いが狭い。隙を見てヴィッキーの腹にメリケンパンチを一発喰らわすが、どうやら皮膚も硬くなっている。
「トカゲは皮膚が硬いのね?」
ヒカリはナイフを持っていないため、近接武器はメリケンのみだ。ヒカリは銃を素早く抜き、その銃弾はヴィッキーの右腿を掠る。だがヴィッキーも素早い爪攻撃を止めない。そしてその一振りが左手の甲を深く切り裂いてしまい、痛みのあまりメリケンを落としてしまう。左手の出血だけでも相当な量で今は止血している暇はない。左手が動かない状況でも、ヒカリはあるチャンスのときを待っていた。それはヴィッキーがキスをする瞬間、このときが迎撃の大チャンスだ。ヒカリはヴィッキーの能力を完全に知っているわけではないが、トドメはキスをするに違いないと踏んだのだ。
「左手やられたわね!?」
挑発するヴィッキーの攻撃は一切止まないが、ヒカリは持ち前の身体能力で避け続ける。連撃が空を切り続ければヴィッキーのスタミナも消耗するため、攻撃のスピードが少し落ち始めた。
「(隙が見えた…)」
横薙ぎに振り払った大爪は大きく空を切ると、ヒカリの迎撃は左脚の蹴り上げ!その一発は顎に命中、運悪く舌を出し気味だったため、その勢いによりヴィッキーは豪快に舌を噛む!
「トカゲのベロで運悪かったわね!」
「クゥゥ…!調子乗んなクソ女!」
ヴィッキーは舌を噛んだことで口から微量に血が流れている。舌を噛む痛みはかなりのものだ。しかしヴィッキーの執念も凄まじく、仰向けに倒れたと思いきや素早く立ち上がり、右脚のつま先に爪を突き刺す!いとも簡単に靴を貫通し、親指は特に痛みを感じヒカリもダウン。つま先を突き刺されたヒカリと舌を噛んでしまったヴィッキー。ヒカリは左脚だけで立ちながら勢いでメリケンパンチを顔面に目掛けて振り払うが空を切ってしまい、隙を生んでしまったヒカリは顔面を袈裟に切られてしまう!
「ガハァ…!」
何とか後ろに退避していたことで深くはいかなかったものの、血で視界が眩み、左脚のみではもう立てなかった。舌の出血が治まったヴィッキーはゆっくりとヒカリのもとへ歩み寄ると、口を少し開く。
「どうやら私の勝ちね?」
勝利を確信したヴィッキーはヒカリの髪を強引に引っ張り、唾液をためたキスでトドメを刺そうとする。このままじゃヒカリは毒で殺されてしまう!と思いきや…
「フン…このときを待っていたわ…!」
何とヒカリが窺っていたチャンスはまさにこのときだった。ヒカリはパワーマックスのワンインチパンチの体制に入る。それもメリケン付きだ!
「ハアァー!」
隙だらけのヴィッキーはストレートにワンインチパンチを喰らう!
「グウぅぅ〜!」
全体重を乗せた一発を喰らい腸や内蔵はもう完全に破壊された。当然トカゲ女でも立つことすらできない。数m吹き飛んだヴィッキーの身体は痙攣が止まらず、喋ろうとするが声もまともに出ない。
「ヵヵヵ…」
数分苦しむと、そのままヴィッキーは内蔵破裂により息絶えた。そしてヒカリも出血多量により、その場で意識を失ってしまう。
既に息絶えたヴィッキーと隣に倒れているヒカリの前に歩み寄る一つの影、2人の前に現れたのはザラだ。ザラはしゃがむとヴィッキーの亡骸に話し掛ける。
「ヴィッキー…あなたとはもう少しお喋りしたかったわね。同じ女同士、あなたはまだ若かったのに」
そう話しかけた後で次に話し掛ける相手はヒカリだ。
「あなたの強さは本物のようね…日本人も中々興味深い。助けてあげる」
ザラは医療経験がないにも関わらずヒカリの傷を治療し始めた。それも医療従事者のような手際の良さだ。傷が少し癒え始めるとヒカリも徐々に意識を取り戻した。
「あなたはどうして私たちを助けるマネなんてするの?私たちはいずれあなたを倒そうとする」
「人を助けるのに理由なんてない。私は婚約者を亡くして生きる理由なんてなかったから、ただ生き甲斐が欲しかっただけなの」
優しいサイボーグの姿。その姿はとても人間的で機械的には見えなかった。
「それにしても完璧な手際ね?インストラクターだったんじゃないの?」
「私は心臓だけじゃなくて脳も機械に変えたの。だから必要な情報は状況に応じて閲覧できるの。それよりもつま先は相当深くいってるわ。しばらくは歩くだけでも痛いわ」
ザラの治療を受けたヒカリの出血は完全に止まり、つま先は相当な深手であったため、歩くだけでも痛いという。松葉杖での生活を勧められた。
「今は退きなさい。娘ちゃん助けられたんでしょ?」
「感謝するわ。けど、いつかあなたを倒すわ…」
ヒカリは片足を引きずりながら歩き、タクシー専用アプリで無人タクシーを手配させる。脚に大怪我を負った今は運転すら難しい。自動運転技術に頼れるのは便利なものだ。ヒカリはスカーレットたちの無事を祈りながら、悔しいが一旦は戦線離脱を選ぶ。だが、今は助かった愛しいこの手で娘を抱きしめたい。
彼女たち3人はマルコを必死に追いかけたが、速過ぎるスピードで既に見失ってしまった。マルコが逃げた先はフレデリックのもとだった。
「大変ですボス!スカーレットたちがこちらに攻め込んできました!」
「そんなことより貴様…何をやっていたんだ?」
フレデリックに睨まれたマルコは一気に恐怖で萎縮する。マルコがやっていたことはフレデリックにすら報告していない。内容によっては怒られるだけじゃ終わらない。しかしDAの運営とフレデリックの実験に必要な金を得るためにやっていたことは事実であるため、認めてくれることを願って全てを打ち明けることにした。
「金のためにガキを拉致して内蔵を売ってました…」
それを聞いたフレデリックはマルコに銃口を突きつけた。非常に冷たい眼差しだ。
「私は自分自身の意に反した奴を許しはしない。それも子供の命を奪うとはな…」
フレデリックは息子を失った過去がある。悪魔と呼ばれる男にも小さい息子がいた。フレデリックは子供の命を奪ったことなど一切なく、それも子供には非常に優しいのだ。当然マルコの悪行はフレデリックですら許せなかった。
「テメェまで何なんだよ…どいつもこいつも俺ばかりよぉ…!」
ついにマルコはフレデリックにすら歯向かい、スカーレットとフレデリックの両方を敵に回してしまった。マルコはビビるあまり蜘蛛の糸を明後日の方向へ飛ばすが、それに呆れて脱力してしまったのか、フレデリックは既にマルコを見ていなかった。その隙に脱出。逃げ足は誰よりも速いものだ。
ヒカリがいないとはいえスカーレットを含めてまだ相手側は3人いる。ヴィッキーは死んでザラは一切連絡がつかない。マルコは圧倒的に不利だ。そんな状況の中で気付いていなかった能力を獲得していることに気付く。足元に注目しているとそこには猛毒を持つ蜘蛛が数匹集まっていたのだ。蜂男のアンソニーに似た能力だ。蜘蛛を操れば一気に毒殺に追い込めるかもしれない。特に蜘蛛はスズメバチよりも小さく、うまく視認できなければ一匹一匹の駆除は非常に難しい。まず相手は誰でもよく、一人だけでも戦力を削れればいいと考えた。スカーレットは殺せなくても、せめてアンドリューだけは始末したい。ただ自分勝手に持った恨みだけを晴らすために。
少し走り疲れてしまったのか走ることから歩きに変わってしまった。スカーレットとザラは内密でSNSで繋がっているため、スマホを確認するとヒカリは無事に娘のもとへ帰ったという報せが届いてた。安堵した彼女はつい座り込んだ。
「珍しくもう疲れたのか?まあ仕方ねぇか、飲むか?」
その言葉を受けた彼女は静かに首を縦に振った。
「今日は俺の奢りだ。好きなだけ食え」
今日はマルコのおぞましい悪行を知り、さらに犠牲になった子供たちの亡骸を天国へと見送った。それにマルコを追い続けて走り疲れてしまった頃にはもう22時だ。夜ご飯を食べてお酒を飲んでも今日のところはバチは当たらないだろう。脂っこい食事は少し胃に悪いだろう。3人が向かったのは肉と魚も楽しめるイタリアン寄りのレストラン。みんな初めて行く店のようだ。
「何にする?俺の奢りだからな」
「じゃあ、ワインのボトルもいいのかしら?」
「いいぜ!飲み切れるならな」
「冗談よ。3人で飲も」
彼女がオーダーした料理はデミグラスハンバーグでアンドリューはスパイシーなサラミピザ。ポールはボロネーゼパスタだ。相変わらず彼女はハマり癖が強いようだ。
「好きだよなぁハンバーグ?」
「子供の頃から好きだからやっぱり美味しいわね。ポールはボロネーゼね」
「やっぱあんたの作る味に勝る料理はないって改めて感じるよ。また作ってくれよ?」
「勿論よ。何でも作ってあげるから」
ボトルワインを3人分注ぎ、乾杯をする。暗殺者たちの幸せな食事の時間。いつまで続くかわからない平和であっても今は存分に楽しみたい。彼女が心の中で願うことは唯一つだった。
「(もう誰も失いたくない…失うならせめて私だけ)」
彼女の切なる願いは自己犠牲を覚悟することに等しい願いでもあった。しかし彼女の願いは、非情にも破られることになる…
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