CHAPTER13 漆黒と真紅

 DA5大幹部が全滅し、下っ端の構成員もほぼほぼ全滅している。バットの薬品を眺めるフレデリックはスカーレットとの戦いを待っていた。

「遂に、このときがやってきたか…」

 家族写真を眺めながら最終決戦に向けてノートにあることを書き出した。それは、もしスカーレットに負けてしまったときに備え、家族への思い出の記憶を誰かに伝えるための日記だ。普通に見れば非常に変なことだが、自身の墓を作ってくれるのなら遺品としてスカーレットに預け、成仏してほしいと考えている。フレデリックにとって決着は今となってはどうでもいい。ただ自分が正しいか、それともスカーレットが正しいのか証明できればよかった。悪魔から人間に変わったのだ。

「あのときサマンサと一緒に過ごせたら、ケヴィンが生きてたら、私は狂っていなかったのだろうか…?それに、もっと早くスカーレットに出会っていれば…」

 明らかに道を間違えたのは社会がそうさせてしまったのだ。社会は冷たくても、人は自分が思っているより優しいということをスカーレットは教えてくれた。 動物園で起きた凄惨な事件、逆恨みによって殺害された妻、考えてみるだけで胸が張り裂けそうな出来事だ。フレデリックはザラと同じように、大切なものを失って生き甲斐を見付けたかったのだ。力を追い求め、究極のバットになることはまず自己目標だ。そして人間と動物が同一個体になることによって獣害事件を一つだけでも減らすことこそが大きな目的だが、今になって考えればただの生物災害に等しい。

 しかし、フレデリックには唯一つ確実にやることがある。当初定めた目的は目の前のことを終わらせてから考えよう。

「待っているぞスカーレット…お前こそが、最後の相手に相応しい」

 フレデリックは自室から一切出ようとしなかった。そしてザラから教えられたスカーレットのSNSのアカウントにメッセージを送る。

「ブラウンドタワーで待つ」

 州最大の高層ビル、ブラウンドタワーの屋上を最終決戦の場として選んだ。スカーレットよ、フレデリックを救うのだ!


 フレデリックのメッセージを受け取ったスカーレットは相変わらずUSPとワイヤーのみを持ってブラウンドタワーへ向かって歩いていた。やっぱり装備は軽い方がいいのかもしれない。右手は痛むが銃を握ることはできる。強いて痛いところは右手のみに留まり、内出血まで治癒されたのは流石組織最強のメディックといったところだろう。

「おいいたぞ!スカーレットだ!」

 ブラウンドタワーの入口にDAの残りの構成員。入口にいるのは4人だが、おそらくフレデリックが余興で彼女の敵として用意したのだろう。ビルの中に何人いるかまでは予想できない。

「肩慣らしに良さそうね?」

「ボスを護るんだ!やれ!」

「立ち向かうのに声を出してどうするのよ?」

 声を出して掛かって来るのなら攻撃なんてわかりやす過ぎるものだ。彼女に向けて発砲しても、彼女の目はあらゆる攻撃すら把握する。銃を握る敵の視線、リズム、敵は一斉に彼女へ撃つ!

「フンッ!」

 4人がまとまって撃っても一箇所にしか銃弾は飛ばない。

「まとまって撃ってどうするのよ?」

「速っ…!?」

 4人の視界から一気に彼女が消える。そして、一人はワイヤーで一瞬にして絞殺。そして死体を盾に銃弾をガード、リロードする隙に死体を敵を目掛けてぶん投げる!男性一人を投げ飛ばすのはなんて怪力だろうか?命中した敵は死体の下敷きになって動けない。そのまま脳天を撃たれた。次は銃がダメなら刺し殺すしかないと考えたのか勢いでナイフを突き立てる。当然そんな攻撃は通用せず、奪われて刺されればもうおしまいだ。

「何なんだよこの女…!?」

 最後に残った構成員は恐怖で失禁。

「やめてくれ…」

「ごめんね?今日の私は優しくないのよ…硬いので死になさい」

「ピュゥン!」

 4人をあっという間に撃破した彼女だが、フレデリックと戦うには屋上へ行き、当然襲い掛かる構成員を倒さなければならない。入口の銃声が耳に入った者は既に物騒な武器を持って待ち受けていた。銃にナイフ、チェーンソーやバールなど威力の高い工具を持った奴もいる。

「撃てぇ!」

 ビル内なら隠れる箇所は柱なりデスクなり沢山ある。10人以上が一斉にぶっ放しても彼女は至って冷静だ。周囲をよく観察しろ、何が設置されているのかよく探してみろ。突破口はどこにもある。彼女はデスクに重なった書類を撃つことで紙をばら撒かせ目眩まし。混乱したのならもう的だ。驚異的な早撃ちで何と一瞬にして葬り去ったのだ!構成員など楽勝だが、銃を撃つだけでも右手はズキズキと痛みが走る。彼女は立ちはだかる敵を次々と撃破し、ビルに入って約30分後に屋上へ辿り着くのだった。ここまで一切傷を負っていない。

 屋上へ辿り着くとフレデリックは煙草を吸って待っていた。

「フレデリック!」

「やっぱり来たか?待っていたぞ、スカーレット・グリフィン」

「あなた、キメラを使って、一体何をするつもり?」

「決まってるだろ?人間と動物が同一個体になり、獣害事件をなくすためだ」

 煙草を消すとフレデリックは淡々と話し続ける。

「私の時間はあのときから止まった…そして、全てを失った瞬間だった。お前にわかるか?親よりも、子が先に死ぬっていう辛さを?」

 彼女はつい何も言い出せなくなる。彼女は両親を失ったという過去があるが、フレデリックは先に息子を失った。それもまだ4歳で遊び盛りの年齢もまだまだ残っているのにだ。

「あのときから私は社会の表で生きるのが怖くなった…」

「人を信用することができなくなった…から?」

「そうだ。社会が妻と息子を殺した!私は一人で生きるしかないって確信したんだ!」

 彼自身は社会の冷たさよりも恐怖を強烈に感じたのだろう。人の優しさではとても心を塗り替えることはやはり無理なのだろうか?

「私は究極になり、あいつの無念を償う」

「やっぱり、あなたはバカね?」

「何!?」

「あなたは逃げてるだけ…あなたなりの努力は私にもわかる。けど、人の命を犠牲にして何が報われるっていうの?ザラと同じように、あなたはその人の一生を左右させて、不幸にさせてでも世界を平等にしたいの?」

「ク!?」

「私も多くの人の命を奪ったからわかる。けどあなたがやっているのはただの侵略よ!」

 彼も頭の中ではわかっている。本当は自分が正しくないなんてことを。それでも今はやるべきことがある。自身が究極の存在としてスカーレットに勝ち、倒すこと。Green Rose最強のスカーレット・グリフィン、今彼が決着をつけるべき相手だ。そしてDAの最強ボス、フレデリック・ギレスピー。彼女が決着をつけるべき相手だ。

「私は究極になるのだ!」

「そんなことをして、何になるの?」

「何だと…?」

「大切なものは、自分が大切と思ったらそれで大切なものなの。あなたは大切なものを間違ってしまっただけ…生きている限りいくらでもやり直せるわ。それでもあなたがやり直せないなら、私もあなたを殺すしかない」

 この言葉が彼女が告げる最後の情けだった。誰でも生きていれば大切な人、もしくは物を失う経験をする。彼女も両親という大切な家族を失ったが、今いる大切な人を失いたくない。アンドリュー、ヒカリ、そして伯母さん。彼女にとってフレデリックも大切な存在だ。しかし、大切なものを間違ってしまった彼をこのままにしたら、もっと彼を苦しめてしまう。だからこそ、ここで殺す!

「ハハハ…ハハハハハ!貴様が言うと何とも似合うものだ!いいぜ…私もここで貴様を殺すだけだ!!」

 高らかに叫ぶ彼は遂にバットの力を取り入れた!一気に筋肉が膨張を始め、顔の血管が浮き出る。爪が伸びると牙まで生えたのだ。叫び声を上げ続けるフレデリック、人間の外見では既になくなっていた。

「来いスカーレット!お前が私を止めてみるがいい!」

「ここで終わらせるわ!」

 黒尽くめのスカーレットに赤い服とバットによる影響で赤みを帯びたフレデリック。これはまさに"漆黒と真紅"。最強と最恐の戦いの火蓋が切って落とされた!

 スカーレットは普通の人間、フレデリックは究極のバット。いくら何でも分が悪すぎる。元々彼はグリーンベレーのエリートだった男、バットになる以前から相当強い。アンドリューをボコボコにした戦闘力だ。

 まず彼女が御見舞したのは3発の早撃ち!本来避けるなんてことはできない。しかし

「…速い!?」

 何とフレデリックは残像が発生するほどの高速移動で一瞬にして距離を詰め、爪を立てて腕を切り裂く!しかし彼女も超反応で直撃を避ける。こんな高速移動じゃアサルトライフルで撃っても当たることはないだろう。

「本物のバットマンね…」

 銃じゃ埒が明かない。ここは素手とワイヤーで戦うしかないだろう。

「どうした?何故ナイフを使わない?」

「趣味じゃないからよ!」

 そう言うと彼女はワイヤーを束にするように持ち、手を切らないように戦闘用の手袋をはめる。絞殺用のワイヤーであるが実は刃物のように切れ味が鋭い。フルパワーで首を絞めたら切断できてしまうほどで、カサンドラが彼女の右手を切り裂いたものと同一だ。彼女はあえて攻撃される瞬間を狙う。高速移動すると同時、ワイヤーをムチのように回して当たったのは顔面だ。当たればひとたまりもないが、しかしダメージはまともに入らない。何故なら傷はすぐに修復させてしまうのだ。

「残念だったな」

 傷はすぐに治っても痛みは感じている様子。ザラは痛覚が鈍っている強敵だったが、痛みを蓄積することができれば勝算があるかもしれない。しかし肉眼では捉えられない高速移動では攻撃がうまく当たらない。彼女は脚に神経を集中させ、バックステップの体勢をとる。彼女の予想通りフレデリックは高速の体当たり。しかしバックステップで回避し一瞬で背後に回る。そのまま絞殺を狙うが盲点があった。それはコウモリが持つ超音波音声だ。瞬時に反応されたことによって、ワイヤーを首に回す前に爪で腹を刺されてしまう!

「グゥゥ…!」

 爪は反しになっていて簡単に抜けない!それでも何とか強引に抜く。足元にぴちゃぴちゃと滴り落ちる血、そこまで鋭くない分抉られたりすればかなり痛む。痛みで怯んだ彼女に容赦なく、フレデリックの猛攻は止まらない。何とか反撃のチャンスを狙おうとするも両手の爪で彼女の太腿を突き刺す!

「グワァー…!!ぬぅ…離れなさい!」

「どうした?力が全く感じられないぞ?」

 現時点で出血が止まらないのも相まって、もし吸血されてしまったら100%命はない。彼女は着ているシャツを脱ぐと引き裂き、両太腿に巻いて何とか止血させる。元々防弾チョッキなどは装備していない。ブラジャー姿になった程度では影響しない。しかしシャツのサイズ的に腹部までは押さえられなかった。

「ハァァ!」

 彼女はスピードを落とすことなく距離を詰め、ワイヤーをムチにして縦に叩き込むのかと思いきや、次に仕掛けたのは手刀!喰らえば喉が完全に潰れて窒息死する威力だ。フレデリックは左に避ける。これは彼女の想定内だ。肉眼で見えないスピードでフレデリックの喉を貫く!

「んッ!?」

「遅い…!ハッ!!」

「ウオォーーゥ…!?」

 当たったがまだ体力を削り切れていない。だがフレデリックにも効果は絶大だったようだ。そしてワイヤーを放し、右手の痛みを必死で堪えながらキックボクシングの技を叩き込む!これにはフレデリックも中々高速移動のチャンスを掴めない。

「調子に乗んなよ…!」

 しかし殴る度に右手の痛みが増えていき、パンチをする動作が鈍る。右手の手刀を次こそ喉元に叩き込み一撃必殺を狙う!しかし…

「鈍ってきたなぁ!!?」

 右腕ごと掴まれた瞬間、一瞬で彼女の右腕がへし折られてしまう!

「ガァァァァーーー!」

 激痛に襲われる中、折られた腕を解放すべく喰らわせたのは金的!しかし膝を立ててガードされてしまうが、何とか引き離すことに成功する。

「残念だったなぁ。痛みで判断が鈍ったら目で攻撃なんてわかるんだよぉ…!」

 腹部と両太腿を刺され、さらに右腕を折られてしまった彼女がまともに動かせるのは唯一傷一つない左腕。これではキックやネリチャギでトドメを刺せない!

「もう勝負はついた!!スカーレット・グリフィン、最後はお前の血を一滴も残さずに飲み干してやるよ…!!」

 激痛に悶える最強と呼ばれるスカーレット、しかし彼女は倒れなかった!

「勝負はこっからよ…!私はどんな敵が相手だろうと勝ち続けた。アンドリューにザラ…そして、スカイラー伯母さんにもね…!!!」

「面白い、まだやるってのか…?なら、今度こそ終わりだ!!」

 激痛に加え止まらない出血、打撃によって右目も開けられない。相打ちしかできないのだろうか…!?しかし後ろに回した左手にはUSPが握られていた。

「これでトドメだ!死ねぇスカーレット!!!」

 やはり高速移動による攻撃に痛む身体では回避しきれない!そして…!!

「ガハァァァァァー…!!」

 フレデリックの爪が上半身を袈裟に切り裂く!そのまま仰向けに倒れそうになる彼女…もはや命の炎は消えかけている…倒れ込む彼女の首元を持ち、そのまま血を吸われ殺されそうになる。しかし!

「このときを待っていたわ…」

「何…!?」

 彼女はこのときを狙っていた。それは左手に隠したUSPを眩む視界の中、弾倉に残っている8発をぶっ放したのだ!トドメを刺そうとした瞬間に銃弾など避けられない。

「ウワァァァーーー!!」

 絶叫しながら撃ち続ける彼女。8発の銃弾を右胸と腹部に喰らったフレデリックは完全に致命傷だった。そして、銃を投げ捨てると手刀を一撃!それは完全に喉元を貫いた!

「ヌワァァ…!!」

「ハァ……ハァ…ハァ…」

 完全に力が抜けたフレデリックをこの目で確認すると、彼女も両膝をつく。フレデリックが倒れた数分後に歩み寄る。まともに手刀を喰らったものの、まだ息をしていた。

「ハァ…ハァ…あなたの負けよ…フレデリックっ…」

「そう…みたいだな…」

 赤みを帯びた肉体は徐々に肌色に戻る。どうやらバットの力が抜けたようだ。

「思い込みだった…私は究極でも何でもない…私はお前に負けた。なんか…安心したよ」

「……」

「お前に負けて、初めてわかった…ただ償いをしたいだけだったが、私は正しいと信じみたかった」

「あなたは…一人で償いをしようとした。人を信じなかったのよ…人は一人では生きていけない…」

「ハッハハハ…そうかもな…」

 フレデリックは倒れている身体を起こそうとする。彼女もトドメを刺すべきなのか迷うも、死が迫っている彼を見るととても実行に移せなかった。

「さあ…トドメを刺すんだ!お前こそ、私の最後に相応しい唯一人だ!」

「できないわ…あなたにもうバットの力はない。時間はかかると思うけど、まだやり直せるわ…」

「…やっぱり…お前は甘いな…フンっ!」

「グゥ!?」

 フレデリックは最後の力を出し切り彼女の腹にパンチ!そしてフラフラの状態でタワーの屋上から身を投げるために手摺に登る。

「お前がやれないなら、私は自ら手を下すまでだ!」

「待ち…なさい!フレデリック!」

 既に彼を追う体力はない。一切立てなくなった彼女は見届けるしかできない。

「ありがとな…スカーレット……」

 フレデリック・ギレスピーはスカーレットと死闘の末、ブラウンドタワーから身を投げて自ら命を絶った。42歳だった。家族を失い、社会への復讐と亡き家族への償いのために生き続けた男の最後は身投げとなった。真っ逆さまに落ちて頭部を強く地面に打ったフレデリックは即死。救急車のサイレンが屋上にも響く。そして、彼女も意識を失った…

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