CHAPTER7 止まらない殺意

 フレデリックの計画に参加することを決めたマルコは早速仕事内容の説明を受けていた。まず1つ目は現在開発中のセアカゴケグモの遺伝子を融合させたROBOTICSの被験者となり、蜘蛛男になるための実験を受けること。2つ目は組織のNo.2アンドリュー・トンプソンを抹殺すること。プラスαでスカーレット・グリフィンの抹殺だった。当然フレデリックの本心は1つ目の仕事をさせることしか期待しておらず、2つ目とプラスαは建前上の仕事にしか過ぎなかった。フレデリックの予想通り蜘蛛男計画は成功し、蜘蛛男となったマルコは口から糸を出すことが可能になり、スパイダーマンのように壁を四足歩行できる他、標的に噛み付いて猛毒を注入することができる。唯一の弱点は口からしか糸を出せないため、口を開ける際に隙が生まれやすい欠点がある。

 しかし元天才科学者たるフレデリックが連続で欠点が存在する個体を造るのだろうか?ただ単にミスなのだろうか?それとも意図的に欠点を存在させているのだろうか?事実蜂男のアンソニーは飛べる能力を持っていない。タコ女のザラには腕を伸ばすことはできるものの、タコなら必ず持つ吸盤を持っていない。だが考えたところで現時点ではフレデリックにしかわからない。

 フレデリックによって蜘蛛男となったマルコは能力を楽しむかのように口から糸を出し壁を歩きまくって楽しんでいた。

「俺が蜘蛛男に…こいつ最高だぜ!この力があればアンドリューのクソ野郎相手でも朝飯前で殺せる…!」

 既に遊び続けて2時間経過した頃、水を差すかのようにフレデリックが口を挟む。

「それはどうかな?貴様が蜘蛛男になれたのは意外だったが、組織の下っ端が何を調子に乗っている?」

 マルコの戦闘力の低さやまともに努力もしていないことを加味して考えればアンドリューに勝てないなんてことは誰でもわかる。

「ボス…?いえいえ!あなたのもとで全力を出させていただきます!アンドリューのことは僕に任せてください」

 自分を蜘蛛男に変えてくれたことへの礼儀なのか完全に媚を売っている状態だ。確かにその言葉に嘘は見られないが、フレデリックの表情は笑っているがその笑顔の中身は「良いモルモットになってくれよ」の感情がこもっていた。

「期待しているぞマルコ…?やり方は任せる」

 フレデリックはマルコの肩を軽く叩いた。今までアンドリューにはあれだけ悪い態度をとっていたはずなのにフレデリックには完全に降伏している理由は、フレデリックからは殺戮のオーラが尋常じゃないほどに感じられ、歯向かったら抵抗せず殺されてしまうと思っているからだ。マルコはアンドリューを探しに行くかと思いきや、フレデリックですら予想しない行動に出る。


 キャーレント記念病院での調査を終えたスカーレットは自宅に戻り、調査結果の書類を作っていた。

 "キャーレント記念病院の外科医、ティムは2022年9月5日に起きた10tトラック轢き逃げ事件に巻き込まれたザラ・ベネットの治療を担当。ザラが最初に機械心臓を使う蘇生法により命を繋いだが、肝心のティムは機械心臓を使った場合、容姿動作共にサイボーグに変えてしまうことをザラ本人は望んでいないかもしれないと考え葛藤。だがどうしても必死で生きようとしているザラを見てどうしても救いたい気持ちが勝り、機械心臓を埋め込みザラを機械人間へと変化させた。

 ティムはその後10人以上の患者さんの命を機械心臓により蘇生してきたが、サイボーグへと変化してしまった患者さんを見続けたことで機械心臓による治療の継続を絶つことを決意した。キャーレント記念病院に機械心臓を取引しているのは大口の取引先であったため、取引を絶った途端に病院は赤字経営にはなるが、ティムは自身の手腕のみで患者を救う決意を新たにした。"

「これでよしっと」

 調査報告書を書き終えた彼女はシャワーを浴び、まだ夕方の時間だったがワインをグラスに注いだ。

「やっぱり家で飲むのが一番飲みやすいわね」

 いつアンドリューから出動依頼が来るかわからない状況ではあるが、今日は「調査お疲れ様」と書かれたメッセージが送られていたため、実質休日だ。しかし奴らはいつ街に攻め込んでくるかわからないため、決して油断はできない。カサンドラは自分からは基本動かない、今動ける大戦力はアンドリューとスカーレットでは攻めてくる勢力によっては人手が足りなくなってしまう。やはり心配になった彼女は無意識にアンドリューに電話をかけた。

「何だスカーレットか、今日は休暇だろ?」

「そう言われて完全に放っておくと思う?」

「確かにそうだな。まぁっ…黙っておこうと思ったが、奴らがどうやら次の戦力を動かしたようだ」

「もしかして、ザラ?」

「いや、どうやら違うようだ」

 ザラについて調査するばかりでつい忘れてしまったが、ボスの周りにはザラを含めまだ4人の幹部が残っている。さらにまだ奴らがどんなキメラとなって攻め込んでくるかもわからないため、束になって攻められたら命がいくらあっても足りない。

「次の戦力もまだ身元はわからないが男のようだ。だが厄介なことに動きが速すぎて付近の防犯カメラはボヤケててうまく写っていないが、体格で見たら明らかに男だ」

「動きが速すぎる?次はチーターの類かしら?」

「笑いごとじゃない。付近にいたFBIの死体は顔面が原型を留めないほど酷く潰れていたらしい」

 動きが速くて顔面を破壊させるほどの威力、ゴリラだろうか?いやゴリラのパワーなら確かに顔面を破壊させることはできるかもしれないが、動きは速くも遅くもないため、ゴリラとは考えにくい。

「お前のキックより強力かもしれん。用心しろ」

 次に動き出した幹部に関して気掛かりではあるものの、取り敢えず次の日に単独で調査しようと決め、この日はもうベットに横たわった。いつものように電気を消灯させ、ぐっすり眠る。はずだった…

 彼女が眠ってから3時間後、彼女の家の前に不審な影が忍び寄る。その人物は鍵が閉まった扉をバールでこじ開け、彼女に悟られないように気配を消してはいるが、彼女は僅かな気配を察知する。

「(誰か入ってきたわね…?ここは来るまで待ってから動こうかしら)」

 彼女は名演技で小さい寝息を出し、いかにも眠ってますアピールをする。そのおかげで眠っていると相手は錯覚し、彼女に目掛けてナイフを振り降ろす!

「ハァァ!」

 彼女はナイフがぶっ刺さる前に腕で振り払う。明らかにかすったような感覚があるが何故か出血していない。しかし振り払った左手は痺れに襲われる!

「騙されたのはあんたのようだったね?俺はあえて気配を消さなかったんだよ。それと、ただのナイフじゃなくて残念だったね?」

「手の込んだことしてくれたね?それと家のドアの修理費、高くついちゃうわね!」

 彼女は丸腰のため男に殴りかかろうとするが、奴は上半身裸の背中から6本の触手を伸ばす。キメラの正体が判別しない以上迂闊に手を出さない方がいい。彼女が起きて左手で振り払ったのはあの触手で間違いない。

「(触手?それにこの手の痺れ…クラゲかイソギンチャクで間違いなさそうね)」

 厄介なことに男はかなり器用のようで、物理攻撃と触手攻撃を併せて行うことができる。この状況で隙を突くのは部屋が暗いこともあって一筋縄ではいかない。

「さてどうする?これは俺の方が有利だぜ」

「(銃がなくて裸足の今は迂闊に攻撃できない。ここは何とか奴を撤退させる!)」

 彼女は攻撃するのを諦めキッチンへと走り出す。料理で使用する耐熱手袋を右手にすると刺身包丁を手に取り、少しでも刺されるリスクを軽減させる!

「流石天才暗殺者…だが刺せればこっちのもんだ!」

 だが奴が出す触手は彼女の刺身包丁捌きに切り落とされるが、彼女も左手の痺れがまだ出ている。触手を切り落とした彼女は左手でフライパンを窓に目掛けて豪快に投げる!

「バリィーーン!」

 大きく音を立てて割れたガラス、触手を切り落としたもののいつ再生するかがわからない。彼女は男にタックルし、足の裏に割れたガラスが突き刺さって血が出まくっているが、痛いのは気にしていられない。ガラスの音につられた付近の警官が音がした方向へ向かう。

「一体何の騒ぎだ?おい!そこで何をしている!?」

「クソっ!天才とは狡猾な野郎だ…覚えてろよ!」

 警官の声に気付いた男は彼女を一旦逃がすことにした。彼女も痛い足を引きずりながらしばらく家に帰らないことを選ぶ。今の状況を警察たちに見られるわけにはいかない。彼女の家に駆け付けた警官は割れたガラスと荒らされた部屋を見て強盗が入った仕業だと見た。しかし彼女はガラスを踏んで出血しているため、現場には彼女の血痕がかなり残っている。ただ現場とその周辺に彼女が発見されなければ誘拐事件か、殺人事件を疑うだろう。誘拐なら美しい彼女を無理矢理連れ去ったと仮説しても不思議に思う人も少なくないだろう。何とか警察の目から逃れることができたが足の裏の出血はまだ止まっていない。しばらく歩けば家からはかなり距離が離れたため、"迎え"が来るまではしばらく待機することにした。

「ポール、ちょっとしくじっちゃった。迎えをお願い」

「スカーレットさん?わかった!今向かうから取り敢えず待っててくれ!」

 15分後にポールが到着し、足の裏に包帯を巻いて完全に止血すると、まず事の経緯を説明する。

「さっき私の家まで襲撃してきたのはクラゲだと思う?背中から触手なんてもん出してたし」

「クラゲだって?もし毒があるなら厄介だな…」

「おそらく毒があるわ。左手にかすったとき、痺れを感じたし。それに物音を聞き付けて警察が私の家を強盗事件か何かで捜査しているわ。DAと決着を着けるまで帰れないわね…」

 ホテルを利用すれば履歴やクレジットカードの使用履歴から居所がバレてしまう可能性もあるため、本意ではないがしばらくセーフハウスに寝泊まりしようと考えた。特にホテルなら他の宿泊客をも巻き込んでしまうおそれもあるため、どうしても人を巻き込みたくはない。

  

「どうしたホフマン、女を逃がしたか?」

「クソっ…!あぁそうだよ!あの女、暗殺者のくせに狡猾なマネしやがった!」

 クラゲ男の正体はホフマンという44歳のドイツ人男性。ホフマンは姓であるが名は明かされていない。ホフマンがスカーレットの家に忍び込んだ際、あえて気配を消さなかったのは彼女が意識のある状態で触手を刺し、毒で悶え苦しみながら死ぬ姿を見るためであったが、それは返って逆効果になった。

「次こそは俺の毒で悶えて死んでもらうわ!フレデリック、俺に抹殺を任せたことを、後悔するなよ?」

 殺意を込めた視線でフレデリックを睨むが、一切の顔色を変えていない。

 スカーレットに逃げられたことを深く自分を責めているホフマンは周りの物に八つ当たりしながら歩いている。プライドを大きく傷付けられているホフマンに一人の男が駆け寄ってくる。

「なぁホフマン、俺とお前は兄弟同然の仲だ。ここは俺たち、手を組まないか?」

 声を掛けてきたのはニコラスだ。ニコラスはホフマンと同じドイツ人であり、年齢は45歳でホフマンの先輩だ。

「ニコラスじゃないか!?やっぱり落ち込んだときはお前がいつも声掛けてくれるよな?心の友だよ」

 あの銀行強盗以来ニコラスとは会っていなかったが、少し日にちが空いて会うニコラスの身体はかなり分厚くなっているように見えた。元々ニコラスは100kg近い巨漢であるが、その肉体がより分厚くなっていればボディビルダーにしか見えない。

「俺はクラゲだが、お前は何を投与したんだ?」

「おおっ!俺はチンパンジーだ。身体能力が上がったのが投与する前よりの何倍もなんだ!」

 誇らしげに発言するニコラスは、壁のレンガブロックに右ストレートを叩き込む。するとレンガブロックは綺麗な円形に陥没し、この威力のパンチなら人間だとひとたまりもないだろう。

「ニコラス、スゲェじゃねえか!ならこの方法イイぜ!触手に気を取られているときならあの女も対処に限界があるはずだ。そしてお前の必殺パンチを喰らわせれば奴の内蔵は…ドカンだ!」

「決まりだな!現に俺はFBIの男の顔面、身元がわからなくなるほどのミンチ状にしたんだ。それもパンチ一発でな!」

 ホフマンとニコラスは再び兄弟の誓いを結び、次の作戦はスカーレットを2対1の戦いに持ち込み、連携しながら彼女に傷を負わせ、そのまま殴り続けて殺すというシンプルな計画を立てた。お互いに顔を見合わせると、スカーレットの居場所へと歩きだすのだった。


 クラゲ男に襲撃されたスカーレットはその翌日、セーフハウスでアンドリューと会っていた。

「大丈夫だったのか?お前にしては珍しく血を流したと聞いているが…」

「そりゃ私だって割れたガラスの上を裸足でなんて歩いたら血は出るわよ」

「それは痛ぇな…ってより何があったんだ?」

「私を襲った奴は例の防犯カメラに写っていたのではなかったわ。攻撃を見ればすぐわかったけど、間違いなくクラゲね」

 ナイトクラブで戦ったのがカマキリでアンソニーは蜂。そして彼女を襲ったのがクラゲならまるでキメラの個体には一貫性がない。

「それよりもう一回防犯カメラの映像見せてくれない?」

 アンドリューはパソコンを立ち上げて問題の映像を見せる。写っていた時間は夜の20時。真夏日なら夜になったばかりの時間帯だ。確かに動きが速すぎるし、動作も非常にすばしっこい。彼女は男の動作と移動方法など、細かく見続けていたら何の動物かわかったみたいだ。

「この動きができる動物はおそらくあれよ。チンパンジー…もしくはマントヒヒかな。けどマントヒヒはマニアックだからおそらくチンパンジーね」

「チンパンジー?チンパンジーはそんなに危険な動物なのか?」

「そんなに…なんてものじゃないわ」

 実際過去にボストンで一人の女性がチンパンジーによって顔面を潰されたという痛ましい事件が報告されており、チンパンジーは霊長類でもトップクラスの危険生物だ。本来サルは人間の食べ物に依存しやすい性質で、日本では観光客の荷物からお土産など奪い取って食べるのはよくあることだ。しかしチンパンジーはニホンザルとはワケが違い、チンパンジーは別の種のサルの肉をも食べる雑食性だ。

「そんなに危険な動物なのか…?それならキメラに扱う個体としては十分過ぎるか」

「チンパンジーは大人になると握力は300kgだわ。人間からしたら襲われたら十分な脅威よ」

 チンパンジーの脅威について話し合った彼女は椅子から立ち上がる。セーフハウスに着いてから今に至るまでの時間は下着の上に白い服を着ていたため、外へ出るまでに彼女スタイルの黒に染まらなければならない。彼女は更衣室で着替え終えると、周りに眼鏡がないかと探すが見当たらなかった。

「丸メガネってなかったっけ?」

「あるぞ。いつものこれでいいか?」

「バッチリね」

 アンドリューから眼鏡を受け取ると、トレードマークを身に付ける。

「相手はどこから攻めてくるかわからないぞ。奴らは元々裏社会の猛者たちだ。キメラになった分厄介だ」

「わかったわ。引き続きボスの調査をよろしくね」

「了解だ」

 これまでアンドリューは彼女からの頼みを一方的に引き受けることはなかったのだが、戦いを経ていく中で彼女との仲を構築していったのだろう。

 これまで彼女の前に姿を現した幹部は蜂男のアンソニーとドイツ系のクラゲ男。そして次に動き出すことが予想されるチンパンジー男。まだザラはどんなキメラかがわかっておらず、もう一人の方は男なのか女なのかも未だ不明。おそらく攻撃を仕掛けてくるなら再び同じ場所を訪れる可能性が高いだろうと考える。だが今スカーレット宅は警察の管轄内で頻繁に捜査が行われているため、消去法で自宅から徒歩圏内の距離、市長が住む豪邸かストリップ劇場で戦うことを考えるだろう。

「ストリップ劇場は周りにオブジェがありすぎる、だとしたら市長の豪邸の側に奴が現れる可能性が高そうね」

 ただ厄介なことに今の時期は市長が会議を開いていることが多いため、場合によっては生放送を妨害してしまうかもしれない。彼女は勿論本意じゃないが、クラゲもチンパンジーも街で暴れられたらかなり厄介だ。

「クラゲ男…顔は覚えてるわ。覚悟しなさい…」

 彼女が自宅の側に辿り着いた時間は朝の9時。急いで駆け付けたせいか朝ご飯は食べていないため、少しお腹がグゥと鳴る。

「終わったらご飯食べよ…けど私は誘拐か死んだことになってるんだったわ」

 丸メガネは濃い黒のサングラスに変え、下ろしている髪はツインテール、口紅は黒に変えるなど軽いゴスロリ系のファッションに仕上げた。やはり彼女の変装も黒尽くめ、潜入捜査ならキツイが戦闘なら全く問題ない。


 スカーレットがセーフハウスを出たのと同じ時間、ポールは組織から預けられたハッキングデバイスで周辺のスーパーマーケットや公共施設の防犯カメラをハッキングし、キメラが写っていないかを確認していた。そのときアンドリューから着信が入る。

「聞こえるかポール?今スカーレットが出向いた時間だ。おそらくあいつの家の近くが場所だろう。お前もあいつと合流するように向かってくれ。俺も後から向かう」

「了解しました!でもキャプテンもですか?」

「今は説明している暇はない!とにかく合流するぞ」

 アンドリューの声はどこか焦りを感じる雰囲気だった。どうやら今回の事態はかなり大きいようだ。不運なことに今は車で来ていないため、徒歩で30分以上かかる距離を走り出す。しかし走り続けるポールの襟を引っ張る手によって後ろに引っ張られる。

「うわっ!クソ…何だ貴様は!」

「行動だけでGreen Roseの工作員であることがわかっちゃうなんてな。残念だが俺の兄弟に会うことはできそうにないな」

「貴様…まさかDA!?キャプテンが言ってたチンパンジーの類か!」

「正解!俺はDAのニコラス。早くしないと捕まんないよぉ?」

 まず互いに銃を抜いたがニコラスの方が一足速い!だがポールも組織の訓練を活かして紙一重で銃弾をかわす!銃撃戦はその一発のみで終了のようだ。

「攻撃は銃だけとは限んないよ!?」

「何!?」

 ニコラスはチンパンジーの能力をポールにお見舞いし、ポールも必死で打撃戦に持ち込むが拳を掴まれ、300kgを超える握力が襲いかかる!

「ほら、早くしないと潰れるよ?」

 いくら殴ったり蹴ったりしてもニコラスの手は離れる気配がない。掴まれた右手はもう使い物にならなくなりそうな絶望的な状況で、救いの手が舞い降りる!それは一発の銃弾だった。

「大丈夫かポール!?」

「邪魔が入ったか…まあちょうどいい、お前も殺す!」

 ポールを救ったのはアンドリューだった。実はニコラスと遭遇したポールは運良く持っていたハッキングデバイスで近くのドローンをハックして状況を撮影し、アンドリューにメッセージを送っていたことで即座に駆け付けることができたのだった。

「ポール、お前は早くスカーレットと合流しに行くんだ。ここはキャプテンの俺が食い止める!」

「すいません…任せます!」

 ポールは潰されそうになった右腕を抑えながら彼女のもとへと向かう。アンドリューは自前の大型リボルバー拳銃、S&W M500とコンバットナイフを取り出し、いつもの穏やかな表情から獣の顔に変わる!

「舐めんなよ!ここでお前を殺して、そしてあの女も殺す。待っててくれよ兄弟、すぐ終わらせるからな!」

 アンドリューは銃を向けるが発砲しない。これはフェイントだ。だがフェイントに気付かずニコラスは素早いバックステップで距離を詰め、心臓を目掛けて飛び蹴りを放つ!だがその攻撃は歴戦の猛者たるアンドリューには届くことなく、その脚は掴まれる。

「戦闘はな、相手の策に引っ掛かったら足元を取られるんだぞ?」

 その言葉の後奴のズボンのベルトを掴み、相撲の技のように大回転。そしてコンクリートに奴の頭がドカァーンとめり込む!

「クソ…貴様…!まだだ!」

 だが奴は目の前に彼が見える以上立ち上がり続ける。そして最後の力を振り絞った奴は彼の両腕を掴む。

「これで貴様も動けねぇだろ?このまま折ってやる!」

 チンパンジーの握力を再び出すと今度は両腕を折ろうと100%の力で腕をへし折ろうとするが、彼の顔は一切焦りが見えない。そして飛んで来てのは全体重を乗せた頭突きが奴の顔面にめり込む!

「グハァ…!」

「ニコラス、俺の圧勝だ」

 脱力して崩れ落ちるニコラス、そして彼の銃弾が奴の生命を完全に絶つ。

「バァン!」

 DAのチンパンジー男、5大幹部の一人であるニコラスは、Green RoseのNo.2アンドリュー・トンプソンによって倒された。これで残る幹部は3人。


 スカーレットは簡単な変装だが警察は彼女を見ても本人だと一切気付いていない。意外にも彼女は表情と服装を変えただけで変装が成り立ってしまうようだ。

「スカーレット、聞こえるか?チンパンジー野郎は俺が始末したぞ。俺とポールも今向かってる」

「あら、私の獲物取られちゃったのね?けどさ、クラゲ男は私に任せてくれない?」

 彼女はかなりの負けず嫌いだ。特にチンパンジーの個体には一度も会ったことがなかったため、その結果不戦勝になったことは少し悔やまれる様子だ。

「まあいいだろ?俺とお前の仲だろ?」

「それとこれとは…別よ」

 彼女はアンドリューとの仲を否定しなかった。10年近い付き合いだからこその仲であるが、彼女を組織に招いたのはアンドリュー。いわゆる竹馬の友だ。

「だが油断するな。クラゲ男を倒しても2人残っているからな」

「わかってるわ。だけどこれだけは約束して。ザラには一切手を出さないでほしいの。あの女は私の獲物よ」

「わかった、約束しよう」

 そう言って電話は切れた。彼女の心にはザラを救ってあげたいという感情が芽生え、悲しい過去を共に背負うことができたら人の命を奪うことをザラはするはずがないと彼女は信じている。

「意外にのこのことやって来たものね?軽い変装くらいは私を見抜けたのかしら?」

「昨日は逃したが今日は逃さねぇ!お前はここで終わりだ…もうすぐ俺の兄弟が来るからな!」

「あらま?その兄弟なら…来ないわよ?」

 彼女はニコラスの死体を写した画像を見せ、それは助太刀など現れないことを証明する1枚だ。兄弟同然の存在が殺されたことを知ったホフマンは、昨日の冷静さを一切忘れ、6本から8本に増えた触手を伸ばし、絶え間ない攻撃を仕掛ける!今の時間は午前11時前、明るい時間帯なら細い触手でも用意に視認できる。彼女の予想通り近くに市長宅があるが、奴が焦ってて視野が狭い状況なら近付かせる前に始末できるかもしれない。奴が仕掛けるのは触手による一方的な戦いだ。

「(触手の動きがわかってきた。ここで一気に距離を詰める!)」

 触手を躱した彼女は凄まじい踏み込みを見せ、ゼロ距離からの右ストレートが突き刺さる!

「ぐわぁ!」

 奴が大きく怯めばもう勝ったも同然だ。彼女は触手を凄まじい早撃ちで撃ち落とすと、奴のコメカミに銃口を当てる。

「死になさい。クラゲちゃん…」

「ま…待てぇ!」

「ピュゥン!」

 サイレンサー付きのUSPで撃たれたら静かに殺されることに等しい。奴は命乞いも虚しく脳ミソをぶち撒けてうつ伏せに倒れたのだった。

「大丈夫かスカーレット!?」

「ええ、この通りよ。クラゲちゃんは死んだわ」

 ホフマンが死んだ直後、アンドリューにポールと合流した。チンパンジー男のニコラスはアンドリューに倒され、クラゲ男のホフマンはスカーレットに倒された。これで残る幹部は2人、ザラと性別不明の人物となった。だが安心しているのも束の間、DAが小飼にしている半グレ組織が新型のAKを彼女たちに向ける。

「武器を捨てろ!そして手を頭に置いて跪け!」

「チッ!奴らは半グレを小飼にするほどのコネがあるってことか」

 ポールを除き、彼女とアンドリューは無傷だが戦いの疲労は溜まっている。彼女も雑魚敵とはいえ複数人の男を相手にするのはあまり気が乗らないようだ。

「仕方ないわね…ワインタイムは片付けた後みたいね?」

 彼女は早撃ちで半グレ共を狩り取ろうとしたその瞬間!

「バァン!バァン!バァン!」

 響いたのは彼女やアンドリュー、半グレ共が放った銃声ではないもっと別の銃声だった。

「何なの?」

 瞬く間に彼女の目の前には半グレ共が力なく崩れ落ちていく。半グレ共の命を一瞬にして奪い去った銃声の正体は、彼女にとって感動の再会となる存在だった。

「あなた?もしかして…」

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